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貴族裁判

次の日。貴族裁判が開廷された。


大きな会場は劇場のようになっており、傍聴席には200人程の人がいるように思えた。

最前列に七人の貴族が座っており、舞台の部分には私達がいて、魔王の近くには立ってちょうどいい高さの机が置いてある。

反対側にはメイナが拘束された状態で椅子に座らされていた。

メイナの姿は元の美しさはなく、平凡より少しだけ可愛くも見える茶色い髪の女性になっている。


床も壁も白色の会場は、裁判内容の正しさを証明させるように思えた。


「これから貴族裁判を始めるが、本件の話をする前に、この国はガラレオに占領されそうになっていたことを説明しなければならない」


よく通る声で魔王が話す。

拡声器を使っているようにも聞こえるので、神聖力を使っているのかもしれない。

突然の発言に傍聴席の貴族はざわざわと騒ぎ出した。


「この国は我が魔族領の一部であり、神聖力がいる人間が発生するため公平な共存関係を維持するために、こちらの好意で独立させた国家だ」


シン、と場が静まる。


「我が魔族領には聖杯というものがあり、これに神聖力を満たすことで魔族領の国民を静め、この国の国民を保護するという共存関係を築いているが、王族とフォーウッド、エリオット家が共謀し、聖杯へ献上するはずの神聖力を自身の懐に貯めていた」


杯は聖杯だったんだと考えていると、魔王は中央の床にポーションプールの画像を映した。

対比として大聖女姿の私も入っているので、その巨大さと黒々としたポーションプールの汚らしさが際立っている。


「これがその神聖力のポーションを集めていた場所だ。王城の地下にある。我が領地の聖杯から神聖力が枯渇し暴徒と化した魔族領の国民がこの国を襲おうとした時に、このポーションを使い自分達だけが助かろうとしていた。見学希望者がいれば、あとから言えば見学させよう」


場内はざわつく者と口を噤む者の二パターンに分かれていた。

まったく知らなかったものは汚いポーションプールに顔をしかめて自分たちも殺されるところだったと話し、裏切りに加担したものはそれでも自分たちは見捨てられ殺されるところだったと悟ったからだ。


「それどころか、国内だけではなくガラレオの貴族にも神官や聖女を性的な接待を強要し、自身のガラレオでの地位も築いていた。暴力行為も容認していたと報告が上がっている。人身売買も行っていたと言っても良い。今回のメイナ・レイナードもその被害者だ」


場内は、あまりのことにざわざわとしている。

国内だけでなくというところで、少なくない貴族の誰かが接待を受けていたのだと理解し醜聞を恐れているようだった。


「大聖女ニシダ。勇者リツキ。アンリ・ウィリアムソン。ここに」


言われて、一歩前に出る。

私の両脇にリツキとアンリが立った。


「この三名が、この国と魔族領の崩壊を防ぎ、ガラレオに占領するのを阻止してくれた」


傍聴席から拍手が起きる。

話が変わったことに明らかにホッとした顔をしている者もいた。

教わったとおり、三人で胸に手をあてて少し頭を下げる。


「大聖女ニシダは聖杯の神聖力を補い、二人と共にフォーウッドとエリオットを罷免した。フォーウッドとエリオットの両名は、ガラレオの地に逃げ、先のガラレオでの不幸な爆発事故に巻き込まれ亡くなったとのことだ」


傍聴席が騒がしくなった。フォーウッドとエリオットは表向きは行方不明ということになっていたのだが、ここで死亡が確定したからだろう。

大きな貴族や力があるものが消えると、その分巨大な損益が生まれる。横繋がりが強い貴族にとっては大きな問題だ。


「大聖女の活躍により、ガラレオに売られた神官と聖女も希望者のみ連れ帰ってきており、神殿は正常化している」

「ここにその共謀に関わったとされるフォーウッドが所持していた名簿がある。今回の裁判で殺されたとされる従者と侍女も、すべてこの名簿に記載されていた。この会場にいる者の中にも記載されている者はいるだろうが、今は責任を問わない」


魔王が硬い紙に挟まれた名簿を取り出して振ると、また机の上に置いた。

拍手が止み、代わりに耐え切れないように会場がざわつく。


「王族の退位や処刑は国内外の混乱を避けるため、新しい国王が決まってからつもりだったのだが、今回の事件が起きた。事件概要を」


魔王の言葉に部屋の端から裁判官が現れた。


「事件概要を説明します」


裁判員は、事件当日の説明をする。

私がユラの記憶で見たことと同じ内容だった。ただ変身した事実は伏せられ、メイナが全員を殺したということに変更されていた。

変えられた事件に見た目の違う犯人。殺した人数すら違う。なんの真実味もない。

けれども、王族以外の被害者の遺族には裏切り者と分かっていながら王宮から少なくない金額がもう支払われている。

この裁判は、おそらく貴族を納得させるためだけに起こされたものだからこそ、魔王も無茶な要求を受け入れてくれたのかもしれない。


メイナはなにも話さずジッと床を見ている。


「犯人の気持ちは察するに余りあるが、九人を殺すという行動はあまりに短絡的であり、死刑を求刑したいと思います」


裁判員が結論を述べる。

求刑は裁判に詳しい裁判官たちの総意で出す結論なのだが、やはり死刑になってしまった。

そうなるだろうとは思っていたが、気持ちが暗くなる。

この国では弁護士はおらず、これから選ばれた貴族がメイナに質問をし、それをメイナ本人が答えるという形をとる。

その上で、個々人の判断で有罪か無罪を決めるのだ。


「では、選ばれた方は、質問があれば挙手にてお知らせください」


裁判官の言葉に、いくつか手が上がる。


「神聖力が高い聖女は、瞬間移動ができると聞いたが、なぜ九人も殺した?」

「ガラレオで二年ほど閉じこめられて接待をさせられていたため、パニックを起こして、逃げられるということを忘れておりました」


淀みなく、落ち着いた口調でメイナは答える。


「一人二人殺したところで、我に返るのでは? 故意だと思うが」

「妹を攫おうとしていたのと、それを止めてくる人間が多く必死だったため、力の加減を誤りました」


「なぜ王宮に入ったのか?」

「気持ちが沈んでいて誰かに意地悪をしたくなり、自分と似た聖女の私物を盗んで王宮の花を切り刻んで、その聖女の仕業にしようと思っていました」


そんな馬鹿なことをしようとしていたのかと思う。

こんなことになって、本当に後悔しているのはメイナ本人だろうと思うと、責める気持ちにはならなかった。


「性的な接待と聞いたが、それは何年前から?」

「何年前かは。胸が膨らむ前だったかと思います。そのくらいの方が先方が喜ぶとのことでした」


傍聴席で誰がその年齢の子を買ったのかと騒ぐ。

この国は成人の年齢は早い方だが、流石にその年齢は異常だ。メイナを見る貴婦人たちは心から気の毒そうな顔をしていた。

ただ、そんな視線すら当の本人から見たら不本意なものだろう。


「神殿は、君以外にもそんなことを?」

「頭が良かったり、能力がある者は違う仕事を与えられていましたが、私はパニックになってしまうと仕事としては使えなくなるので」


顔を伏せるメイナに傍聴席の皆が気の毒そうな目で見ている。

おそらく見た目の美しさが突出していたので利用されていただけなのだが、その特徴は今は隠されているから無能な人間に見えてしまっていた。


「君は、本当にメイナ・レイナードか?」

「私に会ったことがあるのですか?」


質問した貴族は、メイナの質問に口を噤んだ。

神聖力が強い聖女が表に出られないという話は、広く知られているようだ。

メイナの顔を知っているのなら、フォーウッドの地位を上げるために手を貸して見返りにメイナを利用した人間だろう。

だから本当の顔を知っていたとしても、言えるわけがない。



その質問を最後として、誰からも質問は出なくなった。

後ろ暗いことがある者は、なにかの理由で自分に火の粉が飛んでくることに気が付き、潔白な者も仲間の誰かが加担しているかが分からないことを察したからだ。


「では、質問が無いようですので、十秒以内に配られた札を上げてください。死刑なら赤を。それ以外なら白をご提示ください」


裁判員の言葉に、選ばれた貴族たちは緊張した面持ちでカウントダウンを聞く。

メイナはただ、静かに座っていた。

もう生き残らせたいなんて感情は捨てるようにしたけれど、それでも白が多くなってほしいと願う。


メイナ・レイナードかと聞いた貴族は、赤を出した。

後ろ暗い者はどこから話が漏れるか分からないから、この世から消えてもらった方が都合が良いんだろうなと思う。


赤と白、半々の札が上げられた。

途中決めた貴族は、どちらがいいかというよりは責任を持ちたくないから同率にしたいという感じだった。

あと一人で判決が決まる。


最後に残った白髪の貴族は、悩んだあと、白の札を上げた。


「赤3、白4で死刑は否決されました」


メイナの目がわずかに大きく開く。

傍聴席にいた貴婦人が手を叩いた。


(死ななくて良くなったんだ)


私は世論がメイナを殺すという結論を出すだろうと思っていたが、結果は生き残らせるという結論を出した。

美しさが無くても、生き残らせるという結果になった。

嬉しいというより、信じられないという感情何度も札を見る。


会場は次第に手を叩く数は多くなっていった。

メイナはぼうっとしたまま、椅子に座って傍聴席を見まわす。


「メイナ・レイナード。この国の結論としては、君は王族を殺しはしたが、君を殺しはしないという結論を我々は出した」


魔王の言葉に、場が静まる。


「だが死刑は否決されたが、赤が3なので僻地で十年の労役が課される。真剣に役目を果たすように。最後に言いたいことはあるか?」


メイナは少し考えるように俯く。


「私は」


頭を上げて、まっすぐに私を見た。


「ガラレオから助け出されてから、少し気持ちが贅沢になってしまったようです。憎むべき人間を間違えて、結果事件を起こしてしまいました」


椅子に座っていた身体を崩して、床に座る。

慌てて前に出ようとして、アンリとリツキに止められた。


「どうか妹をよろしくお願いします。思い出した時、何のために生きてきたのか分からなくならないように。私のように、ならないように」


崩れ落ちるように頭を下げた。


「では、外に」


魔王の一言でメイナは兵士に連れられて部屋を出ていく。

何か言いたかったけれど、この場で何を言ったとしても安っぽく聞こえる気がして、何も言えなかった。

僻地と言っても良い場所に送るとか、妹と会えるようにするとか、そんなことは今言えることではない。


メイナが私の私物を盗んで王宮に入らなければ、事件は起こらなかった。

そんなことはとっくに分かっている。酷い逆恨みをされたこともちゃんと理解している。

だけど。それでも。

なんのために生きてきたのか分からないという言葉に、あなたも幸せになるべきだと思ってしまった。





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