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正しくもない正義

次の日、魔王城に行ってドロテアと話す。


メイナは禁呪も使っているし、沢山人を殺しすぎた。

色々な点を加味しても、他の犯罪者より罪は重いだろう。

けれども、大切なものをどうしたいかくらいは考慮してあげたい。


「ユラの罪をメイナが背負いたいって言ったら、それはアリなのかな。そうすればユラは貴族裁判に出なくてもいいんだけど」

「まぁ、正しくないことだけれど、私達が言わなければそれは可能でしょうね。メイナの記憶で決定的なところだけ見せなければいいんだし」

「じゃあ、メイナに聞いてこようと思う。メイナがしたことも、されてきた話も、ユラには耐えられないと思うから」


正しくないことだと思うけれど、正しさは時に人を殺す。

貴族裁判に立たされ、晒されて姉の事実を知らされ、自身の消された記憶に関しても言及されてしまえば、ユラの精神が耐えられないだろう。


「二人で会うの? 危ないわよ」

「大丈夫だと思う。メイナにも選択肢をあげたいから」


二人でメイナの部屋まで移動する。


「メイナが私にばけていかがわしいことした相手、全員アンリとゾーイが殺しちゃったよ」

「そうらしいわね。騙してごめんなさいね。でも二人が言うこと聞かなかったから」

「うん。ゾーイには殺さないでって約束したのに殺しちゃったし」

「ずいぶん懐いてるのね。ゾーイってそんな奴じゃなかった気がするけど。まぁわたくしも顔の良い神官も変わったし、そういうことかしら」

「どういうこと?」

「人に優しくされたから、嬉しくなっちゃったんじゃないってこと」

「そんな大したことしてないけど」

「人はね、羨むことはすぐにできるけど、物ではなくて労力から与えることはあまりないし、返してくれる人も少ないのよ」

「そんなことした覚えがないけどな。アンリなんて本当に何もした覚えがないし。こっちにお金も労力も出しっぱなしだよ」


アンリなんて最初から勉強を教えてくれて、いつの間にか恋人になってたけど本当に何もしてない。おかげで身体だけ求められてる都合のいい異性なんだろうなと思ってたくらいだ。実際は違ったらしいけど。


「ドロテアも別にお菓子作ったくらいじゃないかな」

「……それもそうね。なんで懐柔されてるのかしら。あなたが懐いたせいね」


少し笑って、扉を開ける。

中の中央のベッドには、メイナが横たわっていた。


「余計な神聖力は吸い取るようになってるから、今は療養するしかないの」


話すドロテアと私をジッとメイナは見つめている。

ドロテアは椅子を私に渡すと、部屋から出ていった。


「用件だけ話すね」


椅子に座りながらメイナを見ると、前より痩せて不健康に見えた。


「貴方は禁呪も使っているし、人を殺し過ぎた。だから処刑は免れないと思う」


メイナは何も言わなかった。


「単刀直入に言うけど、あなたがユラの罪をかぶれば裁判には呼ばなくて済むけど、どうする?」


私の言葉に、真顔になってジッと見られる。

そして腕で顔を隠して深く溜息を吐いた。


「私が全員殺したようなものだから、ユラは関係ないわ。できればその時の記憶も消してあげてほしい」


腕を戻して、メイナは少しだけ笑う。


「本当にいいの?」

「あの時。私が王宮に入らなければ何も起きなかった。ユラが連れていかれた時も私がパニックを起こさず瞬間移動をすれば助かった。私の落ち度よ」


静かに答えると、メイナは視線を外した。

肯定も否定もできずに、ただ沈黙だけが流れる。


「ただ、できる限り状況は話すし王族の裏切りなども話すから、あなたは美しいし場合によっては生き残れるとは思う。その時は禁呪のことは忘れてもらうし、他の刑も考えておく」


魔王は貴族の意見で決まると言っていた。

それならば気の毒で美しいメイナを殺すのは惜しいと思う人間もいるだろう。


「いえ。法廷に上がる時は私が望む姿にしてほしい。おそらく名前で私を引き取りたいという貴族はたくさんいるでしょう。フォーウッドが私に貴族の相手をさせていたのなんて、何年も前からなのだから。場所がガラレオに変わっただけで、昔から私の生活は変わらなかったし」

「二年前からじゃないの?」

「そんなわけないじゃない。ドロテアとゾーイはね。あの二人は賢いから私みたいにならなかったし、ユラはガラレオに行くまでは守れていたけれど。でも聖女なんて似たり寄ったりよ。だからこそ、私はあなたのことが羨ましくて憎かった。ごめんなさい」


素直に謝られて何も言えなくなる。


「だからこそ私はこの姿ではなく普通の姿で法廷に立ちたい。昔のことを思い出されるのもゾッとするし、美しいから引き取りたいといってくる貴族に身体を利用されるなんてもうしたくないの。ずっと死にたかったしね」


見た目を変えることが許されるかどうかわからない。

罪人の言うことを受け入れるなんて聞いたことがないし、正しくはないだろう。

ただ貴族裁判の結果、彼女がそういった理由で貴族に引き取られるとしたら、それは別の犯罪に加担しているとも思えた。


「気持ちは分かったけど、受け入れるかは別の話だし、処刑されるとしても生き残っても、人身売買のようなことはしないよ」

「……そう」

「メイナ。私は、フォーウッドと仲間を殺したときも、実は個人的には自分の手を汚していないの」


床を見ていた目が、こちらを見る。

たぶん、彼女は自分が利用価値だけが全てで自分の命は軽いと思っている。

すべての人間が彼女を見捨てて、利用できる時だけは利用して自分の人生には関わりないとしてきたのだから。

だから、ちゃんと覚えている人間がいると伝えたかった。


「だから、メイナが処刑されると決まった時は、私がその役を引き受ける。ちゃんと貴方のことを覚えておくから」

「そう。楽しみにしてるわ」


自分が言いたかったことが伝わったかどうかもわからないまま、部屋を出る。

ドロテアがドアの外に立っていた。


「聞いてたの?」

「聞こえちゃったわ。本当に嫌な気分。最悪よ」

「ユラがいるなら、記憶を消してメイナに会わせてもいい? 裁判までもう日がないし、処刑になったとしても言わないから」

「記憶を消したら、いる意味がないから返すけど……少し相談してくるわ」


ドロテアが目の前から消えてしまった。

廊下の壁に背中をつけて考える。


(私のこの行為は、悪だ)


ユラを助けるために、メイナを犠牲にした。本人が良しとしていても、ユラは殺人犯だ。

でも、それを言うのなら、私だって、アンリやゾーイ、リツキだって全員殺人犯だ。


(何が正しくて、正しくないのか……でもドロテアも魔王もチハラサさんも、意外でもない感じだったから、よくある話なのかもしれない)


誠実に考えたいと思うたびに、反対側の意見がそれは誠実なのかと問いかける。

メイナは処刑されても仕方のないことをした。

人間に生きている意味なんてないと思うけど、たぶん多くの人は幸せに生きたいだけだった。

でも、私がゾーイやアンリが殺した人たちを殺されても仕方がないと思うように、メイナや同じような生き方をしている人達に対しても、そういう境遇なのだからと同じように仕方がないと思う人もいる。


(本当に人は信じたいものを信じるし、多分自分の都合が良いように考えて生きてしまう)


仕方がないことなのだろう。

だからといって被害は黙認し、犯した罪は全て自己責任だと裁く。

それがどうしても正しいことだとは思えなかった。


「記憶を消して会わせてもいいって」


ドロテアが目の前に現れた。

よく見ると疲れているのか顔色がよくなかった。


「ごめん。忙しいのに本当にありがとう」

「いいのよ。わたくしも、この件に関してはちゃんと関わらないと後悔しそうだから」


ドロテアに連れられて、別の部屋に入る。

中でユラが本を読んでいた。


「治療するために来たの。終わったらお姉さんに会って帰ろう」

「お姉ちゃんに会えるの?」


ぱぁ、とユラの顔が明るくなる。

その分暗い気持ちになった。


ユラを椅子に座らせて、神聖力を絡ませてあの夜の記憶を消す。

正しいことじゃなくても、ユラが正気じゃなくなったら相手を殺してしまうとしても、ユラはまだ保護されるべき年齢なのだからチャンスは与えたい。

だって、おそらく神官も聖女も、この国にとって神聖力が強い人間は兵器として利用してきたのだから。ユラだけではない。

私の愛すべき人達の全てが、簡単に人を殺してしまうことがそれを事実だと物語っている。


記憶を消すのは思ったよりも簡単で、短時間だった。


「もう終わりですか?」


ユラもそう言っていた。


「うん。お姉さんに会おうか」

「会う!」


ユラを連れて部屋を出る。

外にはドロテアがいて、一緒にメイナの部屋まで連れてきてくれた。

メイナの部屋のガードをかけなおして、中にユラだけ入ってもらう。


小さなのぞき窓から、メイナの元にかけよるユラが見えた。

良かったと思うと同時に、私が進むこの道は正しいと思えるようになるのかなと思う。


「ドロテアが望んだとおり国を壊したけど、私に望むような国が作れるのかな」

「分からないわ。でも正しい国を作りたい思って行動すれば、それに近づくのは確かよ。ミユキには辛い役を押しつけたわね」

「別に、望んで引き受けたから」

「少なくとも、聖女も神官も今は喜んで働いているし、診療代は下がったのに収支も上がっていて、みんな喜んでいる。誇りを持ちなさい」


こちらを見つめるドロテアを見つめ返す。

それは私以外の人が頑張ったからできたことだけど、そう言ったらいけない気がして、何も言えなかった。





面会を終えたユラを眠らせて、森の作業場に連れていく。

子どもたちは戻ってきたユラを喜んでいたし、眠るユラの寝顔をジッと見つめていた。

メイナが処刑されても、子どもたちもユラも何も知らずに生きていく。

それが良いことか悪いことか判断するのは未来のユラで、もし憎まれたとしても受け入れようと思った。


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