ミユキはこの狂った世界を変える決意をした。
暖かい日差しの中をゾーイと二人で歩く。
涙はもう止まっていた。
舗装もされていない道路には誰もいない。
なんで手を繋いでるんだろうと思ったけど、気にしないことにした。
「ねえ、ゾーイ」
「なに~」
「嘘をつかないで教えてほしいんだけど」
「うん」
「本当は、メイナは私の姿でいかがわしいことしてたんだよね?」
私の言葉に、ゾーイは驚きながらこちらを見る。
アンリはそもそも、人の情事を盗み見る癖があったから、見たところで感情は動かない。
徹夜明けに吐きそうになりながらも見ていたというのは、私が映っていたからだろう。
「でも、それを知ってる人は、もう自分達しかいないから」
諦めたように答えてくれた。
相手を殺したんだなと思う。
メイナが自分を殺させようと依頼した相手なんて、きっと犯罪者だから相手に悪いなんてことは思わない。
それにメイナが私の姿で死んで死後もそのままだったら、元から牢屋にいたほうの私は調べられた後に釈放になるかもしれない。
死後の記憶は見られないだろうという算段であれば、捜査対象から自分達を外したいというメイナの行動も理解できた。
「幻滅した?」
「ううん。人を殺させちゃったなと思ってる」
「自分もウィリアムソンも、神殿から頼まれてそういう仕事してたから、別にミユキが落ちこむことはないよ」
「この世界は狂ってるね……」
「狂ってるのが普通だと、何も思わなくなるよ」
私とゾーイの間で、繋いだ手がぶらぶらと揺れていた。
止まって、ガードをかける。
「一個だけ約束してくれる?」
「うん」
「メイナは私の姿で王宮の門番ともそういうことしてたけど、それは私が無実だと分かれば誤解は解けるから殺さないで」
口をまげてこちらを見ながら考えている。
「あ~だから気付いちゃったのか。でもウィリアムソンが知ったら絶対殺すと思うけど」
「だから言わないでね。言わなかったら気付かないだろうから。ドロテアにも口止めしないと」
「二つじゃん約束~」
「今度ケーキ作ってあげるね」
「ドロテアじゃないんだから」
「じゃあなんか好きなもの作るよ。今度教えて」
「考えておく」
「じゃあ帰ろっか。ずいぶん散歩してたし」
ガードを解いて笑う。
ゾーイのおかげで気持ちの整理ができた。
瞬間移動をしてアンリのお屋敷に帰る。
アンリが不機嫌になっていた。
「さっき、ガードかけて何話してたの?」
透明になって見ていたらしい。
「お前、見てたのか」
「これがアンリの覗き見です。アンリもドロテアものぞき見をするという話をしてました」
「そうそう。人としてどうかと思う」
話を合わせてくれた。
アンリは本当か?という顔をして私達を見ている。
「別に覗いてない。遅いから迎えに行ったらデートしてたから浮気かなって見てただけ」
「デートじゃないだろ。ミユキが泣きそうだったから散歩してただけ!」
「手を繋がなくてもいいだろ」
「うわ嫉妬深。だってユラが泣いて不安定になったのを自分のせいだって思ってぽかったし、可哀想だろ」
「そうだよ。手なんて友達でも繋ぐんだから。そんなことより、私、やっぱり王様になってもいい?」
「うん……ん?! 別にいいけど」
私の告白にゾーイは簡単に返し、アンリは考えながらこちらを見ていた。
「ユラを助けるために?」
「メイナも。二人を助ける」
「メイナは死んで良いだろ。またミユに変身して他の男と寝るだろ」
「そのために法律も変える。いろいろやらないと助けられないから、私が王様にならないといけない」
本当は喫茶店とか気楽に家庭を作って、ゆっくり誰にも見られず楽に生きたかった。だけど、それはもう無理なことは分かっている。
アンリとリツキに挟まれた時も私はこうやってふわふわして、結果的に自分も相手も傷つけた。
今回のことだって、誰もやりたくなくて最適解が私なら、引き受けていればメイナもユラもこんなことにはならなかった。
中途半端に手を出して、相手に任せて中途半端に責任も取りたがらない。その結果が今だ。
自分が望む世界を作りたいなら、自分が責任をもって進めなければいけない。
「ミユが王様になるのはいいけど、その甘さだけは納得できない」
「本当にだめなら止めて。でもこのままじゃ、ゾーイのふりをして聖女を堕とす人間や、アンリのふりをして男を堕とす人間が出てくる」
「相手の性別がおかしくない?」
ゾーイが呆れながら言った。
「ミユは時々、僕がおっさんに襲われると思ってるし、頭がおかしいんだ」
「本人の意図してないところで勝手にって意味で言ってるから」
でも、相手が望む姿に変身して恋人のふりをしてくれるサービスができてしまったら、頼む人は絶対出てくる。
人それぞれ違う常識で動くからトラブルが起きる。本当に問題がありそうなものは法律で止めないとダメだ。
「確かに本人の意図しないところで不利益になることをされても困るから、法律で縛った方がいいかもね」
「うん。だから覚悟をきめる。ちょっとユラの報告と一緒に魔王城に行ってくるね」
「じゃあ自分は一旦、聖女宮に戻る。仕事がわりと溜まってるから」
「次はいつ来るの?」
「今日の夜かな……ウィリアムソンのあの家、今日も借りていい?」
「いいよ。外からミユの姿が見えたらまずいから僕はあの家使わないし。気に入った?」
「聖女が夜に訪ねて来ないから気が楽。自分も外に家借りようかな」
軽い話をしてから、一旦別れる。
食事はアンリのお屋敷で作ってくれることになり、洗って返さなくても良いということになった。
魔王城に行って、ドロテアにユラの報告をする。
ドロテアもメイナの記憶を見ていたらしく、今の環境でユラが楽なら、しばらく放っておこうとなった。
やっぱり私が王様になろうと思うという旨をドロテアに話して、どういうことをしたいか考えていることを全て話した。
「やっぱりわたくしの親友だけあって、ミユキの考え方が一番優しいわね。貴方にプレゼントがあるわ」
ドロテアはそういって魔王の元まで連れて行ってくれた。
「私、ドロテアの親友でいいの?」
「嫌?」
「嬉しい!」
「なら良かったわ」
ドロテアは機嫌よく魔王の働いてる執務室に入っていく。
「ミユキが王になる決意をしたから、アレを渡したいの」
「やっとなる気になったのか! よしよし、あげよう」
魔王は上機嫌で机の中をごそごそとすると、漆黒の箱を取り出してドロテアに渡した。
ドロテアが箱を開くと、中には黒いダイヤ型の石がついたネックレスがあった。
黒い石のまわりは繊細な銀細工のチェーン飾りがついている。
「このネックレスをつけている間は、誰が妨害しても変身が解かれることはない。聖女ちゃんの意思で外そうとしないと外れない作りになってる」
「これをつける条件でなら、変身した状態で王になってもいいわよ。あと王は一人だけ。そこは譲れないわ」
ドロテアからネックレスを受け取る。
「ありがとう。私はあんまり上手くできるか分からないから、まわりを上手くできる人で固めるね」
「貴族裁判があるから、すべてを二週間くらいでまとめてね。結婚式にも間に合わせたいし」
「に、二週間!!!! さっき話した内容全部?」
「ええ。逮捕されてる方のあなたに変身してるジュディは、明日解放するように通達するから、手伝ってもらって処理しなさい」
「あと、王族の代わりに仕事をしてる奴にも通達出しておくから、近いうちに王宮に会いに行って。チハラサって奴」
「チハラサさん……わかりました。ペン貸してください」
ペンを借りて、手の甲にチハラサと書く。
「ちょっとミユキっ、紙も言ってよ! なに手に書いて! 子供じゃないんだから!」
ドロテアが笑う。
こんなことで笑われるとは思わなかった。
「あと、ミユキは四級聖女だから、大聖女としても登録しなさい。うまく登録できるようにはしておくから」
「住民登録が二つみたいになるってこと? 大聖女の名前は適当でいい?」
「いいわよ。二個になったら、二人と結婚できるでしょ。良かったわね」
……!
「王様になったら結婚問題が解決した!」
「魔王と一緒に、どうすれば醜聞が出ないか考えたのよ」
「二人ともありがとう!!!!」
「素直だなぁ。聖女ちゃんは。よろしいよろしい」
「あと、一個お願いがあるんです。姿を変えるネックレス、ゾーイの分も作ってくれませんか?」
「ゾーイの分も? 作るの時間かかるから、恥ずかしいとかの理由ならダメかな」
「ゾーイ、私には結婚できないからとかバカみたいな理由言うけど、たぶん違うんです。だってガラレオで兵器作ってたって言ってたから」
私は、自分に自信がないから一応人の話はちゃんと聞いている。
ゾーイが自分の処女がなくなったとかそういう話をしていた時に、口を滑らせたみたいに語ったことを覚えていた。
「ガラレオで兵器ってミサイルって言ってたアレ?」
「それかは分からないけど、それが本当ならガラレオの中心人物の何人かにゾーイは知られてる。でも私が心配するからとかで言いたくないのかも」
「まぁ、どっちの中心も知ってたら、普通にスパイを疑われるだろうし言いたくないだろうな」
「だからガラレオに脅されたりこっちに不利益がないように、見た目を変えたいんだと思います」
「なるほど、分かった。そう言うことなら作ろう」
「よかった! ありがとうございます!」
お礼を言うと、魔王は嬉しそうに手を振った。
私の横でドロテアは深く考え込んでいる。
「でも、そういうことなら、ゾーイには理解してることを言ってあげた方が気が楽かもしれないわね」
ドロテアの言葉に確かに、と思う。
スパイだなんて考えたこともなかったが、そう思われるかもと悩んでいたら可哀想だ。
ガラレオの爆発の後にゾーイは塔から消えたんだし、それが王の近くにいたら犯人は私達だと言っているようなものだ。
私は話を聞いてるけど、そこまで考えていなかった。
二人と少し話をしてから、家に戻る。
やることが多いなと思いながら、家に戻った。