二人が幸せに生きられる世界を作りたいと心から願った。
魔王城から帰ると、ゾーイが聖女宮に戻った。
外泊の延長届を出しに行くのと一緒にユラに会うためだ。
私は万が一正体がばれたら、ジュディの身まで危なくなるとのことで、家に待機している。
立って窓の外を見ていると、リツキがソファに座りながら、自分の膝をたたく。
「こっちきなよ」
「みんなが頑張ってくれてるのに、そんな気にならないよ」
「ミューがそうしてたって、神聖力は増えないし、妹さんがどうなるわけでもないけど」
リツキの言葉にどんよりとする。
メイナが誰かを守っているとしたら、相手は妹しかいない。
王族が関係していて、どうして殺してしまったかも予想がつく。
だって、仮面舞踏会の時に、まわりに見目麗しい異性を侍らしていたのだから。
一介の聖女が断ったとしても、逃げられるはずがない。
記憶をなくしたとしても恐怖心は残っていて、錯乱して殺してしまったとしたら私は責められない。
(それに、発覚していないし、戦争回避したから許されているものの、ガラレオでのことと比べると私達がしたことの方が酷い)
まだ犯人がユラと決まったわけではないけれど、姉が消えてしまって自分は殺人の記憶があるとしたら、心が耐えられないだろう。
考えていると、リツキが立ち上がってこちらに近寄ってきた。
「ユラやメイナが罰せられるのは、おかしいと思うんだけど」
「俺は貴族を倒しただけで鞭打ちだから、王族を殺したことがバレたら罰を受けるしかないよ」
「わかってるけど! 王になってほしいと打診された時になっていたら、こんなことにはならなかった」
「ミューは自分の責任だと思いすぎだ。それにメイナはミューを嵌めようと思って私物を盗んだんだから、俺は死んでもどうでもいい」
確かにそうだ。メイナは間違いなく私を嵌めようとした。
どう考えてもそれは揺るぎない事実で、こんな風に同情するのはおかしい。
考えていると、ゾーイがパッと現れた。
「ミユキ。ユラに会うからちょっと付いてきて」
「今から?」
「うん。あ、振った奴は傷つけちゃうから待っててほしいんだけどさ」
ゾーイがリツキに向かって言う。
「ごめん。じゃあ行ってくるね」
リツキに手を振って、瞬間移動する。
着いた場所は、アンリのお屋敷だった。
「連れてきたよ」
部屋の中には、アンリと一緒にモーリスがいた。
「ミユ、ごめん。モーリスが今日ユラと会ったんだけど、大変なことになって」
「ユラさんがお医者さんに自分の記憶を見てもらって、お姉さんの逮捕を取り下げてほしいと言っているんだ。最初はお医者さんと言われても誰のことかわからなかったけど、話を聞くうちにミユキさんがお医者様だと呼ばれてるんだと気付いたんだ」
「確かに、私はお医者さんだと紹介されたましたけど、記憶が見られるなんて言っていない気がするんですが」
「何らかの理由でメイナがユラにそう説明したんだと思う」
アンリの言葉に、なんでそんなことをと思う。
「ミユキさんは聖女宮には来られないだろうし、ユラを薬の作業場連れていく途中で、ちょうどゾーイさんと会ってね」
「自分達は事情をドロテアから聞いてたから、今連れて来たってわけ。さ、行こうか」
「僕はいけないけど、ユラが王族を殺したなら隔離しないといけない。ミユはユラの作業場に行動制限をかけておいて」
「わかった」
アンリに手を振ってモーリスとゾーイと一緒に瞬間移動する。
移動した場所は、森の入り口だった。
「今からガードをかけなおすから、ここまで行動制限をかけてほしい」
「わかりました」
二人でユラが逃げないようにガードと行動制限をかけてから、もう一度瞬間移動をする。
森の中に立つ、大きな家と作業場。
子どもたちの明るい話し声が響いていた。
モーリスに案内されて、室内に入ると、誰もいなかった。
案内されるまま、横にあるドアから奥の部屋に入る。
白い後ろ姿が、入るなり振り向いて私達を見つめた。
「ユラさん。連れてきたよ」
「お医者様! 私のせいで、お姉ちゃんが捕まったんですよね」
ユラは立ち上がると、モーリスではなく私に向かって走ってきた。
「そうですね……でも、ユラさんが犯人って決まったわけじゃ」
「私の記憶、見ていいですよ。先生は見えるんですよね。お姉ちゃんが言ってました」
「でも、事件のことを思い出さなければいけないから、ユラさんは傷つくかもしれない」
「いいんです。お姉ちゃんが捕まるよりは。私の記憶が一番正しいです」
いいんだろうかと思う。
でも、寝かせて記憶を見るには、魔王城まで連れて行かなければならない。
ユラが逃げるとも思えないけど、今ここで見た方が安全かもしれない。
「嫌なところは思い出さなくてもいいから」
「大丈夫です。おでこをくっつけるんですよね」
「えっと、そうだけど……」
なぜそんなことまで知っているんだろうと考える余裕もなく、ユラに頭を掴まれて、おでこをつけられる。
私とユラはそんなに身長差がないので、苦しいことはなかった。
「じゃあ、神聖力を流して」
ユラの神聖力と自分の神聖力を絡める。
「思い出して」
目の前に、ユラが見た光景が現実のように広がった。
記憶の中。夜中に外に出ていくメイナをユラは見かけて、こっそり後ろからついて行くのが見えた。
行先は王宮。
私の姿になったメイナはガードがかかっていて王宮内に入れなかったため、裏門から入ることにしたようだ。
当然門番に止められたが、何かを話して服をゴソゴソとしたあと、門番と一緒に王宮の中に入っていった。
思い出したくない記憶だったのか、記憶がザッピングする。
次現れたのは、ユラが王宮の庭で皇太子に声をかけられているところだった。
聖女だから瞬間移動をすることもできたはずだが、混乱するまま断ることもできなかった。
手を引かれるまま連れていかれると、国王夫妻様が出てきたので、ユラはもっと委縮してしまい脳内で姉に助けを呼んだようだ。
美しいメイナが現れると国王が歓喜に笑う。ここでやっとユラは自分が姉まで巻きこんだことに気付いた。
ふつ、と記憶が途切れる。
記憶を思い出すユラの身体が、震えていた。
「もう止めよう」
「でも、本当のことを伝えないと」
「他に方法もあるから、大丈夫だから」
私の言葉に、ユラは私の頭を掴んだまま、首を小さく横に振った。
また記憶が流れ込んでくる。
記憶が混濁する。
何か、一瞬違う状況の記憶が見えた気がするが、次の瞬間また手を引かれて、皇太子の顔が近づいてきたと思った瞬間、記憶が途切れた。
「……ッ、い、や、……ッむり」
泣いていた。
私の頭を抱えていた腕が離れて、自分の顔を覆う。
(やっぱり、思い出させるべきではなかった)
嗚咽する身体を抱きしめたいと思ったが、それをすることも傲慢な気がして背中と頭を撫でる。
ポケットからハンカチを取り出して渡すと、顔に押し当てていた。
「ごめんね。やっぱり見るなんてことしなければよかった」
「やだったから、殺したのはッ、悪いことだけど、お姉ちゃん以外、助けてくれなかった」
私の声を無視するかのように途切れ途切れに叫ぶ声は、悲痛だった。
それから、ふと思い出したかのように顔を上げてこちらを見つめる。
「でも、なんで。すごい嫌なことされる気がしたけど、よくわからない。我慢すればよかったのかな」
「でもダメだったコントロールできなかった。気付いたらみんな死んでた」
ユラは二年の記憶が欠落している。
でも、本当に記憶を消せば全てが元通りになるのだろうか。
頭が覚えていなくても、心が覚えていることもあるのかもしれない。
「大丈夫だから。嫌なことを思い出させてごめんなさい。最初から止めていればよかった」
「私も、ごめんなさい……お姉ちゃんがお医者様の姿になったの……止められなくて」
「ユラさんのせいじゃない。気にしなくて大丈夫だから」
メイナが何をしたかは分からないが、私の姿で悪いことをしていたことだけは分かる。
記憶を見ている時も、正直気持ちが悪かったし許せなかった。
だけどユラは関係ない。謝る必要なんてないんだ。
それに私はメイナを許せないけど、私だって今、ユラに対する選択を誤った。
ユラが生きるためにメイナが必要であれば、多少は許せる。
「大丈夫。メイナさんも含めて、助かるようにかけあってみるから」
「無理だよ……偉い人の命より、私達の命は軽いから……見せしめになる」
どこでそんな言葉を覚えてきたのだろう。
「大丈夫だから。ここは安全だし、お友達になれる子供たちもいる。貴方の仕事もあるから、ここで待ってて」
「……わかりました」
「ただ、一つだけ約束して。もし亡くなったらメイナさんに責任が移るから自分で死ぬことは禁止」
卑怯なことを言っているとは分かってる。
でも、こちらもユラやメイナが死んだら私自身の命が危ないから、脅すしかない。
「わかりました」
ユラは、力なく返事をした。
「どうしても辛い時は眠って。ここには危害を加える人はいないから大丈夫」
「……今がいい」
訴えるようにユラがこちらを見る。
小さく頷いてから、眠るように神聖力を入れた。
ユラの身体が、力なく倒れる。
「こちらが引き受けよう」
モーリスがこちらに来て、ユラの身体を抱きかかえる。
そしてそのまま、部屋を出ていった。
閉まったドアを見つめた後、ジッと床を見る。
今なら、メイナが言っていたことが分かる。
あんなに美しい二人なら、億万長者の花嫁にでもなれたし、女優にでもなれただろう。
あのガラレオの閉ざされた森の家で何が行われていたかなんて考えたくもない。
でも、記憶を消してしまったら、今回のような悪意がある人間が近寄った時に身を守れない。
ガラレオで二人のことを知る人間が寄ってきた時に、どうやってメイナはユラを逃がせばいいのだろう。
(あの二人は、完全に被害者だ)
どうにか、救われる道を探したい。
床を見つめていると、ゾーイの足が目に入る。
「ミユキ。帰ろう」
顔を上げると、困ったように微笑むゾーイがいた。
手を引かれて立ち上がった瞬間、森の外に瞬間移動した。
何もないような、明るい穏やかな日差しに眩暈がしそうだ。
「モーリスさんには、先に帰るってメモを書いておいたから大丈夫」
「ありがとう。家とかじゃないんだね」
「そんな顔で帰ったら、みんな心配するだろうから歩こうと思って」
「そんなに酷い顔してる?」
「酷いっていうか……泣きそうだったから。まぁ、そりゃそうだろうけど」
ゾーイが手を繋いだままぶらぶらと私の手を引いて歩いて行く。
「ここなら泣いてもいいし、歩いてるうちに気も紛れるよ。動いてないのが一番ダメなんだから」
優しい言葉を聞きながら、少しだけ涙を落とす。
(頑張って、二人が幸せに生きられる世界を作りたい)
街はずれより遠い何もない道は、平凡で穏やかで日差しは暖かくて。
けれども、あの二人の絶望に囚われている。
だからかもしれない。
そんな大それたことを願ってしまった。