悪役令嬢は乙女ゲームの強制力から逃れたい
「行きたくない、行きたくない」
私は呪文のように唱えるが、効果はない。
目の前に立ちはだかるのはハーモニー学園の校舎。貴族と平民の枠を無くし、身分に関わらずカレイド王国を支える人材を育てることを目的とした全寮制の学園だ。
「ヴィオラ様、お荷物はすべておさめました。どうぞ、お部屋へ」
メイドのミヤがピシャリと言う。
身分に関わらずと言いながら、貴族は従者を一人まで伴うことができる。そして、ミヤは学園に行きたくない私のお目付け役だ。
「絶対、来たくなかったのに。これがゲームの強制力なの?」
「お嬢様、変なことを言っていないで、行きますよ」
私はミヤに押されるように門に向かって歩き始めた。
なぜ、こんなに嫌がっているかというと、私が悪役令嬢だからだ。
この世界は『聖女は愛に囚われる』という乙女ゲームの世界と一致している。
ヒロインは聖女アリアナ。光の魔力に目覚めたことから、ハーモニー学園の特待生となる。そして、学園で出会った攻略対象者に愛を捧げられる。亡くなった幼馴染のことが忘れられないアリアナの気持ちを癒すのは誰かというゲームだ。
そして、どのルートでも立ち塞がり、アリアナをいじめ、邪魔するのがこの私。おまけに最後は断罪がセット。よくて、修道院、悪くて、処刑だ。
なぜ、こんなに詳しいかというと、私が転生者だからだ。五歳の時に前世を思い出した私は鏡を見てびっくりした。
銀の髪に紫の瞳の美少女。悪役なんて、嘘のような可愛さだった。
それから頑張った。
ヒロインや攻略対象には近寄らないと心に決め、まず、何かあった時にすぐに逃げられるように体を鍛えた。
悪役らしく闇の魔法が使えるけれど、それは封印。ゲーム知識を利用して、光魔法を鍛えた。
転生者にお約束のマヨネーズやふわふわパンを作って、その稼ぎを領地の整備に突っ込んだ。おかげで領民からも大人気。嫌われてたら、何が起きるかわからないからね。
悪役令嬢の性格が歪んだ原因は母様が流行り病にかかって亡くなり、その後に父様が再婚した女性のせいもあるので、公衆衛生にも気をつけた。
だから、今でも母様は元気で父様と仲良し。
でも、私を悪役令嬢にさせようとするゲームの強制力というのかな。危ない時はいくつかあった。
弟が生まれたら、弟をいじめる非道の姉と思われたり。
光魔法を使いすぎて、教会から異端扱いされそうになったり。
母様が亡くなっていたら、後妻になっていた女性がマナー講師としてやってきて、嘘を教えようとしたり。
領地が豊かになりすぎて、王族との婚約話が出てきたり。
死にものぐるいで誤解を解いてきたけど、何かおかしいんだよね。
婚約話は「お父様とお母様とずっと一緒にいたいの」と可愛く泣いて回避した。
社交は行わない。王都には行かない。ハーモニー学園に行かなくていいように家庭教師をつけてもらって、真面目に勉強する。
それなのに。
「ヴィオラ、ハーモニー学園に行きなさい」
母様の目は笑っていなかった。
「あの、知識も魔術も家庭教師のみなさんが太鼓判を押してくださっていて、今さら、勉強することはないと思うんですが」
「そう言って、逃げられると思ったら、間違いですよ。社交は何一つ行なわず、ここに閉じこもってばかりいて、将来、どうするつもり? 学園は勉強のためだけにあるんじゃないの。将来の人脈を作るのも大事なことよ」
でもでも、うっかり、攻略対象者とからんで、ゲームの強制力が働いたらどうする? 断罪されたら、どうするの?
学園に入らなくても済む言い訳を考えていたら、母様が私の手を握った。
「ずっと、何かを怖がっているみたいだけど、大丈夫。守ってあげるから。人脈を作れなんて、言い訳なの。学園で友達と出会って、気軽に遊んでほしいだけ。そして、素敵な男性と恋をしてほしいだけ」
悪役令嬢になることを恐れて、暴走していたことに母様は気づいていたらしい。
その優しい言葉につい、学園に行くことにしてしまった。
「とりあえず、目立たないように大人しくするぞ!」
「無理じゃないですか」
ミヤのツッコミは無視して、明日の入学式に起きるイベントを思い出して確認する。
ヒロインのアリアナは
1、校内で迷子になり、入学式に遅刻しそうになって、慌てて走って王子にぶつかる。
2、入学試験一位で挨拶をすることになる。自分が一位だと思っていた宰相の息子に話しかけられる。
3、入学式後、庭を歩いていて、木から降りられなくなった猫を発見。助けたが自分は木から落ちてしまう。そこを騎士が抱き止める。
と一日で三人の攻略対象と出会い、意識されてしまう。
だから、私はその場所を避けておこう。
と、思っていたら、何か叫び声のようなものが聞こえた。
「ヴィオラ様、ポチの声が聞こえるような気がするのですが、私の気のせいでしょうか」
ミヤの言葉に耳を澄ませる。
キェーッ。
「気のせいじゃない。ちょっと、行ってくる」
私は慌てて、部屋を飛び出した。
上空に浮かぶ黒いドラゴン。
「ポチ! 家でおとなしくしていなさいと言ったでしょう」
私は風魔法で浮くと一気にポチに近づく。
領地でやらかしたことの一つ。ドラゴンにポチと名前をつけて、友達になってしまった。自分のレベルアップのために魔獣狩りをしていたら、一目置かれるようになってしまったんだよう。
「だって、退屈なんだもん」
「でも、困るの。こんなところを他の人に見られたら、終わりじゃない」
黒いドラゴンを引き連れた悪役令嬢って、悪役として出来すぎだ。
「じゃあ、ちょっとだけでも遊んで」
「だーめ! 週末には帰るようにするから、ここにきては駄目」
魔力全開!
ポチを風魔法で力押しする。
「ヴィオラの意地悪〜」
ポチの声と姿がスーッと遠くなる。
ホッとしたら、ガクンと体の力が抜けた。やばい。焦りすぎて、魔力を消費し過ぎてしまった。
あっという間に地面に向かって、体が落ちる。
えー、まさか、これで私の人生、終わり?
いや、少しでも体が浮けば、命は助かるはず。最後の瞬間に残ったわずかな魔力を使って……。
「大丈夫か」
気がついたら、知らない男性に抱き止められていた。
「あ、ありがとうございます」
まるで騎士のようながっしりした体。赤い髪。整った顔。すっごく、モテそう。
「ドラゴンを撃退するとはすごい魔法だな。あ、俺はライルと言う」
うわー、攻略対象だ。うんうん、普通の人とはオーラが違ってたもんね。
「ヴィオラと申します」
学園内では家名を言わないことになっている。
「魔力切れなら、部屋まで送ろう」
早く、離れたいけど、体が動かないから仕方がない。部屋まで送ってもらい、ミヤには呆れられてしまった。
それにしても、私を抱き止めた次の日にアリアナを抱き止めるのか、すごいなあ。
なんて、私は思ってました。
入学式ではアリアナは見当たらず、なぜか、自分に王子がぶつかってきたり、宰相の息子に声をかけられたり。
私の学園生活は攻略対象者から好意を持たれるようになり、戸惑っている内に隠しキャラまで出てくるようになることを私は知らなかった。
「悪役令嬢なのに……。ゲームの強制力にしては変じゃない?」
私は知らなかった。
私が領地の公衆衛生に勤しんだためにアリアナの幼馴染は死ななかったことを。二人は結婚して幸せに暮らしていることを。もうすぐ、子どもも生まれることを。
私は知らなかった。
ヒロインを失った代わりにゲームの強制力が私を無理矢理ヒロインにしようとしていることを。
長編版を始めました。一話から内容を増量していますので、よかったら、読んでください。