御徒町樹里の冒険 最後の敵(後編)
僕は勇者。
遂に本当の敵である悪魔コツリとの戦いを始めた。
苦戦すると思われた戦いも、優れた仲間のチームプレーにより、優位になっていた。
ところが、ここでコツリはジョーカーを出して来た。
大賢者ジーフ。
コツリの夫にして、コンラと樹里ちゃんの父。
その力は神に迫るとも言われた人物らしい。
後でウィキ○ディアで調べた。
コツリの部下達の騙し討ちに遭って死んだはずのジーフが、何故ここに?
ましてや、一度は戦って封じたコツリの味方になるなんて、どういう事なんだ?
全然状況が理解できない。
「其方達、我が妻コツリを泣かせるか? 許さぬぞ」
ジーフがコツリの前に進み出て、手にしている杖を掲げた。
「来る……」
コンラが言った。樹里ちゃんも押し黙ったままだ。
「罰を与える。心して受けよ」
何もできなかった。
僕達は全員、玉座の間の端まで飛ばされて、壁にぶち当たった。
「うう……」
何だ、今のは? 魔法? どんな魔法だ?
「な、何ですの、今のは……」
カオリンが苦痛に顔を歪めて言った。
「痛いのねん……。とんでもない敵が出て来たようねん」
ユーマもダメージが大きいようだ。
「ありがとう、貴方。これで私達の勝ちね」
ガマガエルが嬉しそうにジーフに近づく。
「ああ、愛しいコツリ」
ジーフも微笑み返した。
このまま、一方的にやられてしまうのか?
嫌だ。僕は樹里ちゃんといつか……。
「次が来るぞ。樹里、防御だ!」
コンラが叫んだ。
「はい、お姉ちゃん」
二人は素早く態勢を建て直し、ジーフの攻撃に備えた。
「できるかな?」
ジーフは某国有放送の児童向け番組のような事を言った。
「絶対防御!」
樹里ちゃんとコンラの共同呪文だ。ジーフと僕達の間に、巨大なバリアが現れた。
「小賢しいぞ、下郎め」
ジーフはそう言うと、再び杖を掲げた。
ドーンと衝撃がバリアに走る。
ピシピシッと亀裂が走る。
「カオリンさん、今です! 父はバリア破壊に集中しています!」
樹里ちゃんが叫んだ。
「はい、樹里様!」
カオリンはユカリンと目配せをして、バリアを飛び越え、一息にジーフの間合いに飛び込んだ。
「烈火五段撃!」
カオリンとユカリンの連続技がジーフに炸裂した。
「無駄よ」
「えっ?」
ジーフはニヤリとしていた。
何だ、あの余裕は?
「ううっ……」
カオリンとユカリンは、無数の手に掴まれていた。
「何だ、あれは?」
カジューが叫んだ。
「神の手だ……」
コンラが答えた。
「ジーフはやはり神の域に入っていたのだ。勝てぬ。これでは勝てぬ……」
カオリンとユカリンはその手に放り投げられ、壁にめり込んでしまった。
「カオリン、ユカリン!」
僕は思わず叫んだ。あの二人を簡単に投げ飛ばしてしまった。
大賢者の力なのか?
「あれほどの魔法を使いながら、更に直接攻撃に対処するとは……。想像を絶する力だ……」
カジューの額を幾筋もの汗が流れている。
「樹里、防ぐだけではダメだ。こちらも攻撃を仕掛けるぞ」
「はい、お姉ちゃん」
「私も!」
コンラ、樹里ちゃん、カジューが同時に強力な攻撃呪文を放った。
「私も援護するわよん!」
ユーマが次々に壁を引き剥がし、ジーフに投げつける。
「愚かな……。神に等しい私に、楯突くとは……」
ジーフは樹里ちゃん達の呪文全てを杖で受け、左手一つでユーマが投げた壁を全部受け止めた。
「やるどー、ノーナしゃん!」
「はい、リクさん!」
リクとノーナが、その隙を突いてダイレクトアタックをかけた。
「賢しい事を!」
ジーフが息を吹き出すと、リクとノーナは飛ばされ、壁に叩きつけられてしまった。
「返すぞ」
ジーフはニッとして、杖から魔法を放出し、壁を投げ返した。
「うわっ!」
「くうううっ!」
樹里ちゃん達三人は放った呪文を入れ違いに返され、跳ね飛ばされた。そしてユーマは、投げ返された壁を受け止め切れずに倒れた。
「負けなのねん。強過ぎるのよん」
ユーマはカッグリと気を失った。
あわわ……。
今まともに立っているのは、僕だけじゃないか……。
「もう終わりか、お前達。これ以上の攻撃は無駄だ。今すぐ立ち去れば、追いはしない。早く出て行け」
ジーフはまるで哀れむように言った。
僕はカチンと来た。
「いや、まだだ! まだ終わりじゃない。僕がいるぞ!」
「ほう。そうか。お前一人に何ができる? この中で一番弱そうだぞ」
ジーフの目に狂いはない。
多分その通りだ。
僕は弱い。全然強くない。
勇者の家系に生まれたから、勇者になれただけの意気地なしだ。
ううう。何だ、この物悲しい独り言は……?
「まだ我らに戦いを仕掛けるのなら、仕方がない。全員、旅立ってもらおうか、冥界へ」
ゲッ。遂に死刑宣告ですか? 僕はたじろいでしまった。
その時だった。
ジーフとコツリに、無数の火の玉とヤシの実が投げつけられた。
何だ?
「何事だ?」
「何、これは?」
コツリとジーフも、何が起こったのかわからないらしい。
「ああ!」
僕は、その原因がわかって驚いた。
以前ある森で出会った、双頭の虎と、化け猿がいたのだ。
樹里ちゃんの友達だ。助けに来てくれたのか?
「ぐおおおっ!」
「きーきーきーっ!」
もの凄い数のモンスター達が、一斉に攻撃を仕掛けた。
双頭の虎は、口から灼熱の炎を吐いた。
化け猿は、ヤシの実を次から次へと投げつける。
「おのれーっ!」
ジーフはモンスターの攻撃を防ごうとするが、数が多過ぎて対処できないでいた。
「お前達のような獣如きが、我らに逆らうというのか!?」
ジーフは炎を受け、ヤシの実を当てられ、次第に後退し始めた。
「今です、勇者様。みんなが援護してくれているうちに……」
樹里ちゃんがようやく起き上がって言った。
「わかった!」
僕は確かに勇者らしくない。でも、仲間が助けてくれている。
今こそ、その思いに答える時だ。
勇者の剣を大上段に構え、僕は気を溜めた。
「カジュー!」
コンラが立ち上がった。
「承知!」
カジューも立ち上がり、攻撃呪文を繰り出した。
「勇者様!」
樹里ちゃんが叫んだ。
「うおおおおっ!」
僕は気を満たした勇者の剣と共に、ジーフに突進した。
「一騎当千斬り!」
僕は即興で考えた名前を叫び、ジーフを斬った。
「ぐおおおっ!」
ジーフはそれでも勇者の剣を左手で受け止め、返そうとしている。
「くっそう!」
僕は全体重をかけてそれを押し戻す。
「力を貸すわよん、勇者様!」
ユーマが立ち上がり、僕の手に手を重ねる。
「オラもだ、勇者様!」
「私も!」
リクとノーナも加わってくれた。
「何とオッ!」
僕達は一気に剣を押し進め、ジーフを斬った。
「うごおおおっ!」
ジーフは雄叫びを上げて、倒れ伏した。
「おのれ!」
コツリが後退した。何だ?
「いけない、勇者様!」
樹里ちゃんが叫んだ。
「死ねっ!」
コツリの身体から、真っ黒な霧が吹き出す。
「逃げて下さい、皆さん!」
樹里ちゃんが更に叫んだ。
「わわっ!」
霧が剣に触れた。すると、絶対に折れないはずの勇者の剣がまるで飴のように溶けてしまった。
「何だ、あれは?」
僕は後退しながら呟いた。
「瘴気だ。魔界の大気。人間には猛毒だ」
コンラが教えてくれた。
「勇者の剣を溶かすなど、考えられない……」
カジューが呟く。
「死ぬがいい、愚か者共め。私達に逆らった罰だ!」
モンスター達も怯えて下がった。
「くっそう……」
ジーフを倒し、後一歩のところまで行ったのに!
霧はどんどん広がって来る。
僕達はカオリンとユカリンを助け出し、玉座の間の端まで避難した。
「もう後はないぞ、ヒヨッコ共」
コツリが言った。振り返ると、壁ができていて、外へは出られなくなっていた。
「ああっ!」
ユーマが叫んだ。驚いた事に、ジーフが生きていた。そして、立ち上がったのだ。
「おお、貴方。生きていらしたのね。さあ、あの者共に止めを刺しましょうぞ」
コツリが笑顔で言った。くっそう、何て事を嬉しそうに言うんだ。
「いや」
意外な答えが、ジーフの口から出た。
「な……」
ジーフの杖が、コツリの胸を貫いた。
どういう事だ?
「何という事を……」
コツリは目を見開いて、ジーフを睨んだ。
「目が覚めた。死んだはずなのに生き返り、長い間、お前に騙されていた」
「くっ……」
ジーフは僕達の方、いや、コンラと樹里ちゃんの方を見て言った。
「すまなかったな。今ようやくこやつの呪縛から解き放たれた。始末は私がつける。安心しろ」
「父上!」
「お父さん!」
コンラと樹里ちゃんが叫ぶ。
「闇に落ちよ、コツリ。私と共に」
「何ーっ!?」
ジーフは何かを唱えて、空間に穴を開けた。
「あれ、何?」
僕が誰にともなく尋ねた。
「さらばだ、我が娘達よ」
ジーフはそう言うと、力なく微笑み、コツリを道連れにその穴に飛び込んだ。
「うわああああっ!」
コツリの絶叫が響き、やがてその穴は閉じてしまった。
コツリがいなくなったため、霧は嘘のように消え、後ろの壁も消滅した。
「終わったのか?」
僕はまた誰にともなく尋ねた。
「終わった。何とかな」
カジューが答えた。
こうして、僕達の戦いと旅は終了した。