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勇者逃亡 〜勇者で魔王を倒したが、逃亡します〜

作者: 日野


「勇者よ、魔王を倒した功績として我が娘を妃として与えよう」



 王との謁見の間。

 中央奥に座る王の左右には年頃の美しい双子の娘が座っていた。


 一夫多妻制が認められるこの国では2人の妃は珍しくない。

 それも王の娘を妃として貰うというのはとても光栄なことであり、名誉あること。



「身に余る栄誉、謹んでお受け致します」




 魔王を討伐し、ボロボロになりながらもなんとか国へ帰還したその足で、そのまま王との謁見。長い旅路、長い一日中がようやく終えようとしていた。



 自室に戻ると、後ろ手で扉を閉じ周囲を警戒する。

 問題がないことを確認すると、そのまま窓際まで向かい格子窓を開け放った。真っ暗な夜空の下に灯る城下町をじっと見つめていると、少し冷たい夜風が頬を撫でた。


 俺は格子窓に足を掛け、思い切り飛んだ。



「さぁ、逃亡だ」



 勇者である俺、ーー田中たなか まことは気付いていた。


 王からの名誉は、俺をこの国に縛り付けるための口実であることに。

 魔王を倒す程の力を持つ俺を野放しに他国へでも行かれては脅威になりかねない。自分たちの国に留まる理由があれば縛り付けておける、それが娘を妃としてさずけること。王からの名誉を断れば例え勇者と言えども反逆罪として罪に問われるため断ることは出来ない。


 そういう魂胆なのだろう。


 そもそも危険を承知で国のために戦った勇者が国に仇なすなんて普通なら考えもしないだろうことなのだが、その可能性を国は恐れている。

 それは名前から分かる通り、俺が異世界から召喚された存在だからだ。

 強制的に召喚され、帰ることも出来ず無理やり戦いを強いられた。国に対して忠義も感謝も微塵もあるはずがない、と王たちは思っているのだろう。



 間違ってはいない、最初は確かにそうだった。だが、国に対して恨みはない。召喚されたばかりで元の世界に帰れないと言われた時は悲しさと腹立たしさでやりきれない気持ちだったが、今となってはもはやどうでもいいことだった。


 今の俺が望むことはただ一つ。


 自 由 を く れ!!!!!!!!


 この世界に来てからというものの俺は24時間年中無休状態なのだ。ただの高校生だった俺にはハード過ぎる社畜生活だった。

 召喚されてすぐにこの世界について学ぶ勉強や魔王討伐のための訓練が始まり軟禁状態。ついに城を出発し冒険が始まったかと思えば王から命を受けた他のパーティーがいて常に監視体制。一人の時間も休みも皆無!おまけにずっと警戒体制で神経が休まらない。社畜すぎだろ!そこらの商人や城下町の人らの方が休んでるぞ!!国王だってさぞかしいびきかいて寝てるんだろうなあ!!


 確かに、魔王討伐は差し迫った問題だった。一刻も早く解決する必要があった。


 とはいえだ。


 休みをくれよ!!!!!!!!!!!頼むからよォ!!!!!!!!!!(泣)




 と言うわけで逃亡します。




 やりたいことがある。

 大したことじゃないけれど、ずっとできなかったこと。それは、この世界を見て回ること。


 魔王討伐で世界を回ったけど、街に寄っても宿泊だけだったり、外では戦闘ばかりで観光というものをしていないんだ。だから、世界をもう一度ちゃんと見て回りたい。そしてこの世界のどこか1つでも好きになりたい。そうしないと、俺はこの世界に来た理由を受け入れられないままだ。

 それで叶うなら、帰れる方法も探したい……望み薄だとは分かっているけど、あわよくば見つかると良い。



 そのためにはまず、ギルドに行かないといけない。所持金はいくらかあるけど、大金ではない。俺が大金を持ったら逃げられてしまうからだろう、少ししか待たされなかった。


 だからまずは金を稼がなければいけない。とは言え、俺はギルド登録は出来ないだろう。出来ないわけではないが、調べもしていないうちはしない方がいいだろう。

 なんの経由で身元を知られてしまうかも分からないうちは、登録はしない。それより依頼側に回った方がまた安全だろう。


 依頼する内容は「討伐代行」。


 俺が討伐した値の張る獲物を、代わりに自分の手柄としてギルドに提出して依頼達成してほしい。そしてその報酬を俺に渡してほしい。

 それだけ聞くと相手にメリットがないように思えるが、俺は人を1人雇うわけだから、相手も報酬がもらえる上に、レベル設定があれば上がるはずだ。


 だからまず最初に……




「ギルドで信頼できる人を1人紹介、ですか…?」



 ギルドの閉店時間ギリギリに受付に座る女性に話しかけることができたが、女性は怪訝そうな表情で俺を見る。


 まあ、そうだと思う。


 閉店ギリギリに身元を隠すようにフードを目深に被った男がやってきたんだ。

 しかも依頼内容も碌に伝えないのだから、怪しいことこの上ない。



「そうです。その人に仕事を依頼したいんです。交渉はこっちでやります。どなたかいないでしょうか?」


「そう言われましても……」


「今すぐでなくて構いません。明日また来ますので、上の方にでも相談しておいていただけますか?」


「はあ、分かりました」



 今の、はあ、は溜息ではなく返事の、はあ、だと思いたい。



「では」



 受付から踵を返し、ギルドを出ようとすると外から数人の声が聞こえてきた。


 それもめちゃくちゃ聞き覚えのある、もはや毎日聞いていたと言っても過言ではない、声。



 (この声は……まずい……!)



 この瞬間の俺はとてつもなく挙動不審だったと思う。あたりをキョロキョロ見渡したかと思えば、外へ向かおうとしていたのに慌てて駆け足でギルドの奥へと向かって行き、そのまま適当な部屋に飛び込むように入って行ったのだから。

 まあ、俺の頭はパニックだったので自分がどこに向かってどこの部屋に入ったかなんて把握できてないわけで。

 だから、受付の女性が「あっ、その部屋は」と言いかけていたのを片隅に捉えることしか出来なかった。



 部屋に入って、扉に背を預ける。ドッドッと激しくなる心臓を深呼吸で落ち着かせ、安堵の息を1つ吐いたところで、ふと気付いた。


 ここはどこだ、と。



「おい、誰だぁ?」



 渋いおっさんの声にはっと顔をあげると、訝しげに俺を見る、2人の視線。

 机を挟んで向かい合って置かれたソファーにそれぞれ座る2人。所謂ここは応接室なんだろう。そして現在進行形で、何かの話し合い中だったようだ。



「あっ、す、すみません…! すぐ出ます!」



 と言って部屋を出ようとドアノブを掴んだものの、なかなか外に出ようとしない俺。


 だって外にはあいつがいるかもしれない!


 あいつ、とは魔王討伐でパーティを組んでいた1人のこと。声しか聞いてないが確実にヤツだ。毎日嫌というほど聞いていたんだから、間違えるはずがない。間違いなくヤツだ。



 となると、なおさら部屋を出にくい。

 まだいるかもしれない。どうやらこの部屋、外からも中からも聞こえないように防音魔法がかけられているようで、まったく外の様子が分からない。

 これ、設計ミスってない?あ、魔法ミスってない?中からも聞こえないって危険すぎだろ。


 って、今はそんなことを考えている場合じゃない。



「おい、お前、何者だ?」



 なかなか外に出ようとしない俺に、いよいよ敵意の籠った声が投げられた。

 背中がピリピリする。俺も魔王討伐で色々な場面に遭遇したけど、対魔物ばかりで人からの視線や敵意には耐性があまりない。それに確実に年上なわけだから経験で言っても俺なんかよりももっと死闘を積んできたんだろう。冷や汗が背中を伝う。


 究極の選択を迫られているようだった。


 俺はしょうがないと、振り返る。



 そして、思いっきり土下座をした。



「すみません!!!! 外に俺の苦手なやつがいて!!!! そいつに見つかると俺、処刑っていうか、一生檻の中っていうか、囲われるっていうかぁ!!!!」


 あれ、これ、完全に俺のが犯人みたいじゃない?



「はあ? 犯罪者を匿うほどお人好しじゃねぇんだよ。その被ってるフード取って素性見せろや」



 完全に言い方がヤクザ……じゃない、しくじった。


 もはや、一か八かにかけるしかないか。

 俺はフードを取って顔を上げた。



「んん? お前その顔どっかで見たような……」



 おっさんのその言葉にドキッと心臓が鳴る。

 見たことがあるのは当たり前だ。何せ、一度だけ公の場に顔を出したことがあるし、このギルドにも随分前に来たことがあった。



「俺は田中、真といいます」


「タナカマコト、て……お前……!!?」



 名前を聞いた途端、ガタリと席を立つおっさん。



「……勇者、です」



 元、な。

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