九話:徹底変則教育
何だかソワソワしてしまって早く起きてしまった。ただ無駄に時間を潰すのもなんなので、散歩してみることにした。
少し空気がひんやりしていて、気持ちがいい。何だかスッキリしていい気分だ。迷うので流石に目印は付けるが、気の向くままに歩くことにした。
その時、轟音がした。
「えっ、何!?」
驚いて腰を抜かした。また動けるようになったタイミングで音がなった場所を見に行く。
そこでは一人の男子が木に向かって拳を押し付けていた。彼が閉じていた目を開けたとき、爆音と共に木が木っ端微塵に消え去った。破片すら燃えてなくなった。
俺はそれを息を殺しながら、いや、息なんてできるわけがなかった。彼のそれは、今まで見てきた魔法とは一線を画していた。とてつもなく凄まじいものだった。
「だめだ、こんなんじゃまだまだ。でも、これ以上やったら木なくなっちまう。仕方ねえ」
そう言って彼は虚空に向かって拳を放つ。努力は大切なことだと思う。だが、あそこまでやる奴がいるとは思わなかった。
自分のあり方を見つめ直してみようかな。俺も強くならなくてはならない。あんな風にやれば強くなれるのだろうか。色々と考えながら寮に戻った。
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「そういやよ、なんでこのランクになったのか書かれた手紙が学生証に同封されとるらしいが」
筋骨隆々の大男、1-Cスミス・ベリルが問いかけてくる。格闘技を極めたので、魔法も習得しようとここに来たらしい。
「ああ、あれね。僕は確か……周りが見えなすぎって書いてあったな。かなり正確に指摘されていて驚いたよ。あの乱闘からここまで細かく弱点がまとめられているとはね。恐れ入ったよ。」
同じクラスの軟派男子、ミゼルド・アマンダがその話題に乗ってくる。モテたいから魔法を覚えると意気込んでいる。何?そんなに細かいの?とりあえず俺のは……
『魔法の原動力、魔力が全く扱えず、まともな魔法を打てない為ここに身を置くこととする。ただし状況把握と誘導には光るものがある。精進すべし』
全くもってその通りであった。何?なんであの惨状からここまで細かく人の特徴をまとめられるの?人の限界越えてるって。
「この学校、突拍子もないこと言ったと思っても、その全部に意味があるところがすごいんだよね」
大人びた美女、この寮に先に入っていた2-Bのカルメリオ・スウェルが同調する。親の反対を押し切って夢の魔法使いになるべく去年入学したらしい。
彼女の言う通り、この学校、やはりとんでもないところなのかもしれない。一人一人に真摯に向き合う姿勢といい、行動の一つ一つに生徒の成長を促すところといい。だからこそ、それはモチベ向上に繋がり、さっきの奴みたいな努力家が生まれる。
理念と行動がしっかりと合致している。だからこの学校は魔法の最先端に位置しているのだろう。果たして最初の授業はどんなものなのだろうか。ワクワクが止まらない。
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「まずお前らには、トラック10周と規定の筋力トレーニング、これらをそれぞれ3セットずつ行ってもらう」
授業が始まるやいなや広場に連れて行かれ、男子と女子に分けられ、この発言である。ここ魔法の学校じゃなかったっけ?まさか魔法の学校で筋力とか言う言葉が出てくるとは思わなかった。
いや、この学校のことだ。間違いなくこれはなにか意味があるはずなのだ。クラスの男子も皆同じようなことを思っていたらしく、結託が生まれていた。
ーそんなものに意味はなかった。残念なことに、あまりにもランニングのペースが速すぎてついていけなくなるもの続出。一部のものは吐いていた。
俺はというと、バスケと岩登りをやっていたので体力には自信があった。完全についていけた訳では無いが、それでもかなり速かったと思う。
だが筋力トレーニングは皆同じような感じであった。腕立て100回、1分休憩、腹筋100回、休憩、ウエイトトレーニング15回、休憩、背筋トレーニング100回、といったメニューを3回。頭狂ってんのか。できるわけねえだろこんなの。
「始めのうちは、筋力トレーニングについては規定の条件は満たさなくてもいい。が、全力でやれ!手を抜いたら許さん」
そう言われたので全力でやった。その結果、見事に規定を満たすことはできなかった。できるわけねえだろ。スミスさんと違ってガチで筋トレとかやってるわけじゃねえんだぞこちとら。まさか器具まで置いているとは思わなかった。なんでそこまでして筋トレなんだよ。
「お前らは規定を満たすことはできなかった。だがその心意気はいいものだ。殊勝である!この調子で毎日続けろ。努力した者にしか結果はついてこない!」
アメとムチかよ。厳しいくせにこういうところがあると、なんか好かれやすい気がするんだよな。それはそれとして、
「あの……なん……で、魔法なのに…筋トレ?」
そう。これに関しては全く意図が読めない。魔法の学校で肉体改造に励むことに何の意味があるのだろうか。
「それは教えれれん」
先生のくせに質問断るとかありなの?え、なんでなんで?教えてくれたっていいじゃないですか。
「フッ、自らの変わりように驚く貴様らの顔が見たいのだ。そのためだけに私はずっとクラス1で勤務しているのだ」
茶目っ気たっぷりだな、マレム先生。教えないとか言ったのに、今の言葉で俺たちの何かが変わるということが確定してしまった。それを他の奴らも聞いていたようで、テンションが爆上がりしている。
「マジで!?本当に変われるの!?」
「どんなふうに変わるのかなぁ」
「おおこれはまさに絶対的かつ圧倒的な支配の始まりの予兆、これは乗っかるしかない。我の闇もいつの日か輝くことであろう」
ーなんか変なのはいるけど話が弾んでいる。しかし、皆忘れているかもしれない。これを毎日だぞ?耐えられるかな……
「さあ、次の授業を始めるから、さっさと話は終わりにしてこっちについて来い」
「はい!」
次の授業では、普通に魔法についての理論を学ぶらしい。座学だな。ようやく普通らしいことができそうだ。そういえば、流石に同じメニューをこなすわけではないだろうが、女子達ってこんなの耐えられるのかな……
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「なかなかいい運動になるね。これ」
「そうだね。でもなんでこんなことするんだろう……」
女子のメニューは腕立て、腹筋、背筋20回、体感トレーニング10分、トラック5周を3セットずつ。比較的終わるのが早いので座学の割合のほうが多かった。
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魔法についての座学が始まった。だがしかし、全員速攻でついていけなくなった。流れはこうだ。
「魔法とは、体の回路に流れている魔力を自然現象に変換して放出することだ」
「回路とは何でしょう」
「全身に張り巡らされている管で、細すぎて基本的に視認は不可能だな。無理に負荷をかけると破れる。でもすぐ再生する。こんなところだな」
「変換とは、具体的にどういった風に行うのでしょう」
「頭でイメージすると魔力が変質する。そのまま適当なところに気を集めると魔法として出てくるな。魔法はイメージが命だ。だから人によって性質が全然違う」
「具体的にどんな感じに違うんスか?」
「進み方、速度、見た目、効果といった風に、ありとあらゆるものが違う。微妙な差異に気付けないならば、そいつはまだまだ、ということになる。お前らにはいつか見分けられるようになってもらうからな」
質問が飛び交い、今回こそはしっかりと答える。様々なことを知り、知識がある程度はついた気がした。
ーここまではよかった。だが問題はその後なのだ。なぜかそこからよくわからない物理の話になった。魔法を扱う上で、物理現象を知っておくことによって様々な効果を付け加えたり、うまくいかない魔法を矯正できたりするらしい。
が、いきなり話が発展しすぎなのだ。前提知識すらよくわからず、それを理解するのに苦戦している間にどんどん先へ進んでしまった。
なんとかノートを取り続け、とりあえず後で見直すことができるように頑張った。座学はもう、時期後にやろう……。
ちなみに、慣れれば物理法則を最大限利用して魔法を撃つことができるとのこと。ランク4・5くらいで習得必須なので今のうちにやらせているらしい。少しは楽になる、だそうだ。
そもそも設置型の俺にそれは必要なのだろうか。いや、ただ飛ばすときもあるし、相手の飛ばし方もわかるし、やっとくべきだな。
そんなことを考える余裕ができるほど頭に何も入らず、結局、初めての授業は全く意味のわからないことをたくさんやって終わった。
そしてこれが最短で半年間続く……他のランクでも同じことするかもな……。