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七十話:最悪の事態

 "イワト・マサノリ"、その男はこの"鉄人"と呼ばれるこの世界の英雄であった。決して攻撃が通ることがなく、そのうち全てを看破されて、確実な敗北が与えられるという、人間を超えた怪物。


 "アールマンタ"はオッドアイが世界中で忌避される原因になった、世界の西側、左半分を滅ぼした、始まりの厄災オッドアイである。


 その咆哮一つであらゆるものが命を失う、恨みと終焉の化身。今は世界を滅ぼす化け物から、人の形を保つだけの化け物に成り下がっているが。


 この世の頂点である二柱を前に、グスタフは萎縮していた。それもそうだ。彼はこの中で一番弱い。


 魔導之使まどうのつかい、確かに魔法を極めた者に与えられることは間違いないものの、その対象は全ての魔法を限界まで極めた者に限定される。


 故に、たった一つを限界を越えて、仮に限界値という数値があるのなら、その値を五周してもなお足らぬようなイワトという男はただそれだけで魔導之使を凌駕するが、そもそも対象外故にその称号を与えられることはないのだ。


 最も魔法を極めたとしても、それはこの世界で最も魔法を用いた戦いが強い者、ということにはならないのである。


 その挙げ句、イワトは目の前の大厄災を鎮め、自らを封印し土の中で眠るに至らせた張本人なのだからなおさらだ。


 そんな因縁のある二柱が軽口を叩き合うなど、本来あってはいけない光景なのである。


 最も、全盛期のグスタフなら渡り合えた可能性もあるが。もう老いて衰えた彼には、この光景を前に恐れるなと言う方が難しい話であった。


「それで、何の用だいイワト」


「また暴走されたら敵わんからな。ちゃんと頭を冷やせているか様子を見に来た」


「安心しておくれよ、ボクは何かを傷つけるのが怖くてしょうがない。相も変わらず顔を無理やり引き攣らせて笑いを作ってないと心が壊れそうなほどにはね」


「すまない。私にはもうお前を殺すのは無理だ。あの時の誓いは果たせそうにない」


 イワトはひどく諦観に支配された目をしていた。それはもちろん、あらゆるものが流れとして見えるカリアには筒抜けであった。


「時間とは……残酷だね。キミがそんなになるほどとは。よっぽど腐ってるんだね、この世界は。でも大丈夫。ボクはボクを殺せる人間をようやく見つけたから」


「鉄人にも不可能なことを……やってのけるものがいるのか……」


「いるさ。マドウノツカイ、キミのすぐそばに」


 怪しく笑みを浮かべながら、グスタフを指差しカリアはそう言った。


「遠山天理、テンリ・トオヤマ、ボクは彼に希望を見い出した。終わることのない絶望を、死を以て終わらせるこの上ない希望を」


 開いた手をゆっくり、確実に握り、恐怖に近い悦を顔に出しながらカリアはそう答えた。


「マドウノツカイ、キミがテンリに教えられる事が何一つなくなるときが近いうちに来る。そうしたら、後はボクがテンリを育てる」


「何だと……? 人の心を失った貴様に、あやつを任せてなるものか! それに、儂が教えられなくなるじゃと? 舐めるのも大概にしてもらおう……」


「ボクの魔力でテンリの魔力回路を拡張する、それだけさ。ボクの魔力は属性が作れない。だからこういうのにはもってこいだ。テンリの心には別に干渉しないから安心しておくれよ」


「じゃが、儂が教えられなくなるというのは……」


「魔導之使……面倒だな、グスタフでいいか」


 グスタフとカリアのやりとりを聞いていたイワトが口を開いた。


「か、構わぬが……」


「感謝する。グスタフ、こいつの言うことは大体当たる。ムキにならずに聞いておいたほうがいい」


「じゃが……」


 反論を返そうとする。どんな理不尽が起ころうと、それが弟子の教育を放棄する理由にはならないと。


 だが、イワトはそれを威圧する。誰も逆らえぬその眼光に、魔導之使すらも屈した。


「ありがとイワト。そして、違うよマドウノツカイ。一つだけ、キミが弟子の教育を放棄するに足る裏目があるんだよ」


 もうしばらくしたら、キミは死ぬと。グスタフにとってのたった一つの理不尽をカリアは簡単に告げてみせた。


「儂が死ぬ……? ありえん……これでも使じゃぞ?」


「ツカイでも死ぬ。今のキミの上位互換みたいなやつがそろそろテンリとその仲間を狙いに来る。キミはまず勝てない」


「儂の上位互換……隠れてでもおったのかの……仕方ない。そういう体で想定しておこう。じゃが、貴様の希望の身に危機が降りかかるのに、貴様は何もしないのか?」


「うん。しないよ。きっとキミと、テンリの一番大事な人は死ぬけど、それは多分テンリの動機になる。あと、大事な人を戻したいなら一回そうしたほうが早い」


「……鬼か、貴様は。人の心を持ち合わせてはおらぬのか」


「あいにく、もう人じゃいられないんだ。なりたくても、寄せても結局似てるだけの何かになっちゃうの」


 両方から哀愁が漂っていた。どちらも避けられぬ事実を前に諦めを抱えていた。三人全員が諦めに満ちた、なんとも辛気臭い空間である。


「イワト、そいつを止めようと狙いつけてたみたいだけど、それはなしで。きっとテンリはそいつを倒す。そうしたらボクの死にも近づけるから」


「大厄災の消失と、強者の育成、世界の保護……乗った、賭けてみるとしよう。もしテンリとやらが無理なら、その時は"ティンゼル"は私が潰す」


「了解。ご理解どうもありがとう」


「次に会うときは……いや、次はもうないことを祈っている」


 イワトは姿を消した。残る二人はもうしばらく話を交える。


「キミはなんとかテンリが生きるように頑張れ。ボクはキミだけでそれができると思ってる。戦うと五百年前みたいなことをやらかすかもしれないし……ボクが戦うのは、ホントにテンリがやばいときだけね」


「…………もし、本当に儂が死んだら、その時はよろしく頼む」


「了解」


 復活した大厄災を早いうちに鎮めようとしていたのに、全てが終わった後のグスタフの胸の中には、想定したものと違う最悪が残っていた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 なんともまあのどかなことだ。羨ましい。ここを見てるとどうも昔を思い出す。


 どうも俺とオッドアイは重なる。殺さねばならない相手と自分が重なるのは気持ちが悪いものだ。早く終わりにしよう。


「主よ、どうなさいましたか」


「なんでもない。ただちょっと気が引けるだけだ。今始める」


 じゃあな現最強の魔法使い。今日で世代交代だ。


『世界よ、止まれ』


 結界がその瞬間活動を停止した。また動き出す前にこの忠臣のバカでかい図体を持ち上げ、結界内に入れる。


 そして、また世界は動き出した。


「魔導之使と、今日はもう一人だけに絞る。手こずらせてくれたな……アズサ……」


 さて、俺に残された三十分で、どのくらいやれるか。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 脳に電気を流すなんてアホみたいなことを思いついてから二ヶ月が経っていた。俺に必要な動きの連度が着実に上がっていて、かなり仕上がりがいい。


 ここまで基礎を固めたら、次は応用。アズサと爺さんに翻訳してもらった秘伝書を、遂にここで使う時が来た。


 それじゃまず一枚目……


「……? なんだ?」


 異常なくらいの違和感と悪寒が俺の体を走った。何かただ事じゃないことが起こっている。


「今の何よ、あんた知らない?」


「俺はどうにも」


「嫌……嫌! まさか……」


 アズサがこの世の終わりみたいに震えてた。アズサがこんなにってことは、まさか、あの異形が!?


「お前さん達聞こえるか! 敵が結界の中に侵入してきた!」


「は? 師匠の結界は破れてなんて……」


「破らずに入ってきたんじゃ! ともかく用意しろ! とんでもないことが起こる!!!!」


「もう起こってるぞ、老けたか最強」


 後ろに立っていた声の主は、二十そこらって感じの青年だった。透明な顔をしていて、絶望を知った目をしている。


 冷たく俺達を見つめていた。その圧倒的な絶望を、俺は生涯忘れない。


「テンリと使とアズサと、あと一人は知らないが……まあいい。この前はつまらんものを見せたな。今日はホンモノを見せてやる」


 そいつは、ゆっくりと、厳かに宙に浮いていった。


六根清浄(ろっこんしょうじょう)氷一柱(ひょういっちゅう)


 世界が滅んだかと思うほどの衝撃。目を焼く閃光、耳を裂く爆音、肌を刺す感触、味も匂いも感じられなくなるような、圧倒的な無の空間。


 五感が痛みで焼き尽くされてまっさらになるようだった。それで相手が死んだら心が消える、まさに六根清浄。


 全てを還す究極。それが終わった後に残っていたのはボロボロになった爺さんだった。


「思ったより耐えるな。流石だと褒めてやろう」


「爺さん!!」


「師匠!!」


『残念なことに敵は一人ではない。久しいなオッドアイ』


 見覚えのない、バカでかい鎧。脳に直接語りかけるかのように聞こえるその声を俺は知っていた。


「ネームレス……!」


 俺とネームレスの実力差は大きい。あの時より成長したと言っても、あいつは強い。とてつもなく。勝てるかわからない。


 それよりも、俺より遥かに強いはずの爺さんが全く及ばないほどの絶望。それが俺達の前に立ちはだかっていた。


 安息の場所はすでに戦場と化していたにもかかわらず、俺は呆然と立ってしまっていた。

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