六十七話:おはよう混沌
嫌な記憶が蘇った。初めて代行者としての依頼を受けたあの日、あまりにも残酷に殺された子供の光景。
そのせいで人の死だとかを受け付けなくなっている俺にとっては、土に埋まっている人間など目に入れていいはずがなかった。
呼吸が荒くなる。今にも叫びだしてしまいそうだった。だが、その手はとてもきれいで、どこも傷ついていない。
もしかしたら、生きているんじゃないか? そんな疑いを持ち始めていた。少し怖いけど、その手へ近づいていく。
「逃げてもそうじゃなくても後悔するなら、せめてやってから後悔しよう」
土の中に埋まるなんて、苦しいなんて言葉だけで言い表せるものではないと思うのだ。その苦しみから開放してやれたら、生きていたらいいな、そんなことを思いながらその手を掴み、引っ張る。
「くそっ、なんだこれ! びくともしない!」
めちゃくちゃガチガチに固まっていて、一向に抜ける気配がない。周りの土から掘ってみようと思っても、ここの土だけ異様に硬くて無理だ。かくなる上は……全部乗せで行こう。
磁力を使い、地面と思いっきり反発しつつ、土から出る手とそれを掴む俺の手を引き合わせる。その上で、俺が今纏で出せる全力を出す。
現時点での最高出力は地面が抉れたあのときと変わらない。というか、出力を鍛えていない初期状態が多分あれだ。
俺が出せる力を出せるだけ出して、引きちぎれることのないよう少しずつ腕を引っ張る。心なしか少しずつ抜けてきている気がする。このまま、行ったれ!
「うおぉぉぉぉ、らぁぁぁぁ!!!!」
周りの土にヒビが入りだす。あと少しだ、もう一踏ん張り!
「ぐおぉぉぉぉ!!!!」
一気に土がめくれ上がり、人の頭らしきものが出た。その瞬間に、土の中にいた人間が抜け、宙を舞った。
まずい、いきなり抜けたから引っ張ってた勢いで後ろに、というか抜けた人が円を描いて大回転してる!
このままじゃ地面にぶつかる! ……あれ? 浮いてる……ああそうか。元々引っこ抜くために地面と反発してたんだ。だから倒れそうになっても浮いて助かったのか。
ゆっくりと地面に降りる。そのまま抜けた人間の様子を観察する。体は小さい。大体小学生くらいか? 髪は白く、肌も生気が抜け落ちたかのように白い。
なんかこう、全体的に白い奴だ。顔の方を覗き込んだら、突如おでこに痛みが襲う。
「いでっ!」
俺が引っこ抜いた人間が顔を起こしたようで、近づけていた俺のおでことそいつのおでこがぶつかった。
なかなかの勢いで起き上がってきたもんだから結構痛い。なんか脳天の奥まで響いたような感覚がする……。
「……痛い……かな……?」
か細い声でその人間が呟いた。男とも女ともとれる、中性的な声だ。すねているのかわからないが、後ろを向き、頭を抱えている。
「あ、ごめん、俺の不注意だった。大丈夫か?」
「うん、全然なんともない」
なんかこう、スンッとしてて、特に気にしてる様子もない。かといって、顔はこっちに向けてくれないようだ。
「君はなんでこんなところで埋まってたんだ? もしかして誰かにやられた?」
「経緯全体で考えたらボクからかな。久々に起きたよ。ふわぁ〜あ」
自分の意志で土に埋まることなんかあるか普通。でもこんだけ飄々としてるなら、本当なのかもな。
「でもさ、ボクを起こしたのがキミでよかったよ。もしクソ野郎だったら大変なことになってたね」
「もしそうだったらどうなんのさ」
「さあね。ボクもよくわかんないし、わからないほうがいいと思う。ただどうしようもなくなるのは確か」
なんかもう話し方が年相応のそれじゃない。掴みどころがなく、どことなくやりづらい。
「なんでずっと後ろ向いてるの?」
「顔を見られたくないんだ。コンプレックスでね」
顔、ね。別にどんな顔してたっていいと思うんだけどな。まあ人によって考え方は違うからとやかくは言わないが。
とにかく、顔さえ隠せればいいんだな……もうこれでいいかな……。
「そこにすごいデカい葉っぱあるんだけど、それでいい?」
木から葉っぱを一枚ちぎり、俺が引っこ抜いたそいつに見せる。そいつはしばらくまじまじと葉っぱを凝視していた。
「問題ないよ。ありがとう」
そいつは右上に穴を一つだけ空け、左手で葉っぱを抑えながらこっちを向いた。その穴から出る目はとても赤かった。
それに、なんだその左手。そこだけ肘から指先まで、鎧で覆われている。錆びついていて、とても不穏な雰囲気がする。
というか、服装はボロ布みたいなのでできているのに、左腕だけ鎧って、なかなかアンバランスだな。
「しかし、キミは不思議だね。持ってる力とかね。それに、よくボクに話しかけられるよね、ボクはキミにとって忌むべき対象なのにさ」
今日が初対面なのに忌むもクソもないと思うんだが。どうもわかんないなこいつの喋ること。
「もしかして、ボクを知らない? 十割善意でボクを叩き起こしたの? なら遠慮なくつけこもうかな」
「さっきから何の話してんだ? さっぱりわかんないんだけど」
「ごめんね、話を遮っちゃった。まあ要はキミは面白おかしいってことさ」
曖昧な結論で終わらせられた。その直後にそいつは俺をじっと見つめる。
「やっぱり面白い力だね。魔法も異能も二つある」
「お前……俺がどんな力を持ってるのかわかるのか? なら教えてくれ!俺は強くならなくちゃいけないんだ!」
「わかる……って言えはしないな。キミの力は深すぎて表面しか見えないし、それすらぼやけて見える。今キミにあるのは、変な雷とちょっとの風と、ちょっとの光。後は片方の異能がミジンコくらい」
「光? そんな属性の魔法ないぞ。何かと間違えてるんじゃないか?」
「あれ? おっかしいな……流石に時間が経って色々変わってるのかな。最近のことはてんでわからないよ」
「光って何ができるんだ?」
「人を治したりできるよ」
それなら多分治癒だ。昔は光属性なんて呼ばれてたのか。学校じゃ教えてもらってないな。
「お前は俺のことよくわかるんだな。初めて会ったのに」
「人の色んなものが流動的に見えてね、なんとなくわかるんだよ。魔法なら魔力、異能なら活力、性格とか思考もボクには流れに見える」
「お前俺を川かなんかだと思ってんの?」
「安心してよ、君の姿形はよく見える。目に見えないものが可視化されてるだけさ」
俺が知りたいことを俺以外が知ってるなんて、複雑な気持ちになる。しかしだ。俺ですらわからない俺の力がこいつにはわかるというのなら。
「教えてほしい? 君の力」
「ああ、もちろん」
言おうとしたことを、俺が言う前に言われた。それすらも見えてんのかよ。
「いいよ。ボクの名前はカリア。よろしくテンリ」
名前もわかってるみたいだな。言ってないのに。
「よろしく」
だいぶ話に興じていたが、そういえば爺さんを待たせてしまっている。そろそろ帰らないといけない。
「そろそろ帰る。じゃあな」
「それじゃあまた」
動きづらい体をもたつかせながらその場を後にした。
「ようやく見つけた。テンリ、キミの力がボクの考えてるものと同じなら、ボクの悲願はようやく叶う……」
一人残されたカリアは、真っ黒い決意を固め、去っていく俺を見ていた。
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「随分と遅かったようじゃの」
「ごめん、ちょっと話し込んでてさ」
思った通り、爺さんを待たせてしまったようだ。あくまで修行中、話し込みすぎるのはよくなかった。
「いや、話せる人間ができるのは喜ばしいことじゃないかの? 別にいいわい」
「いいの? ごめん」
ふと、爺さんが手に持っている物に目を向けた。かなり質の良さそうな剣だった。
「爺さんって魔法で有名なはずだろ? 剣まで使えるのか?」
「それなりにはの。その道の達人には敵わんが、一応人に教えることくらいはできるわ。やるかの?」
残念なことに、俺の剣はあの異形にへし折られた挙句持っていかれた。だから今手持ちの剣がない。金はあるから買えばいいと思うが、毎度恒例、この島の人がビビって売ってくれない。
「残念だけど、今剣持ってないんだ。そこら辺の木の棒でもいいならやろう」
「ふむ……」
少し考えた後、爺さんは俺に剣を投げた。俺はそれ慌ててキャッチする。
「貸してやるわ。将来、”相棒”が見つかるまでのつなぎにするといいわい」
「相棒?」
「剣と共に生きる者は、直感で感じるんじゃ。ああ、この剣が自分の生涯の相棒なんじゃ、とな。ワシにもあったわ。もうあいつを振るだけの力は残っちゃいないがな。この先、長い時間をかけて見つけていくんじゃ」
「わかったよ。もしかしたら、全然想定してない斜め上からやってくるかもな」
軽口を叩きつつ、渡された剣を持った。見てくれはシンプルな両手剣、持ってみるとずっしりと重い。今まで俺が持っていた剣と比べて遥かに。
「爺さん、ちょっと重たいよこれ」
「お前さん、反発してあまり自分の力使わずに剣振るじゃろ。なら重たい方がいいと思うんじゃが」
やっぱり、そうか。薄々そう思ってはいたが、そうしてしまうと、移動と剣技、それぞれに割く魔法の割合がめちゃくちゃ繊細になってしまい、上手く戦えなくなるのだ。
しかし、もうあまり今までの攻撃が通用しなくなってきた今、戦い方を変えるべきなのだろう。
「やってみるしかないか」