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六十五話:足手纏い

 森を駆け抜ける。筋肉はあまり調子が良くない。それに対して地面との反発は以前よりスムーズだ。前よりうまく進める。


 今は三十六周目。あまり体力を消費せずにここまでやれている。体の調子を整えるにはちょうどいい。もうちょっとスピード上げてみようかな。


 懐かしいな。学校で最低ランクのクラスに入って、めっちゃ走りまくってたな。あれからもう三年か……時間が経つのは速いな。


 大地を踏みしめ、蹴るこの感覚、前へと進むこの感覚、改めて、俺は大事にしたいと思う。


 前に進んでなきゃ、何も始まらないからな。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ただいまー」


「終わったかの」


「いい運動になった。リィレンはどうした?」


「入れ違いで走っていった。お前さんに一対一で教えたいことが色々あるからの。タイミングをずらさせてもらったわい」


 一対一、いいこと教えてもらえるといいんだが。


「んじゃ、まずはそこに座れ」


 爺さんの前で胡座をかき、顔を見上げる。


「魔法を使う上で最も大事なこと、基礎体力はもちろんのこと、様々な修練が必要じゃ。だがそれは後々、体の成長に合わせて追いついてくるものでもある。急ぐことはない」


 修練以外に大事なこと、言われてみると思いつかないな。


「心と想像力じゃな。そこがしっかりしてないとどうにもならん。強靭な心と魔法を作り出す豊かな想像力がなければ、いい魔法は使えんの」


 それは学校で聞いた。魔法はイメージで出来てるって話だ。治癒魔法覚えたときにこの身を以てとことん味わった。


 心……も特には問題ないんじゃないかな。だけど、心得として覚えておこう。


「想像力は世界を知ることが手っ取り早い。心の方は……修行でなんとかなるじゃろ」


 相当心が鍛えられそうなどぎつい修行が待っていることが確定したあたりで、今日の最初の修行が言い渡された。それは、


「普段通り、何もせず過ごすのじゃ」


 全く以て、修行とは言えない。何もしない?

一刻も早く強くならないといけないのに? 心の底の方から不満が募る。


「これからお前さんの体には強烈な制限がかかる。そんな状況で普通に過ごす、というものじゃ。お前さんの魔法、こっちに残してくれんかの」


 どうやら普通じゃない状況で普通に過ごせということらしい。無駄なことをするわけではないと安心しながら、爺さんに向かって雷を適当に放り投げた。


「いよっ」


 爺さんはいとも簡単にそれをキャッチした。雷の要素を分解していき、俺が雷に変える前の魔力だけが残った。


「これがお前さんの魔力か。それじゃ、これをお前さんの筋肉に流す」


「えっ、ちょ、待っ」


 魔力回路ではなく、筋肉。本来魔力は回路以外の場所に触れていてはいけない。そんなものが筋肉に触れたらどうなるかというと……


「ギャッ! 痛い痛い痛い!!」


 その場でのたうち回る。痛すぎて立てない。俺はたちまち死んだ魚のように横向きでピクリともしなくなった。


「爺さん……なんでいきなりこんなことを……?」


アームドという技術の習得のためじゃ」


 纏、それは器官だとか筋肉だとかに魔法を薄く纏わせること。それにより体が自らの魔法により恩恵を受けることができる。


 例えば雷ならば、筋肉に電流を流し、筋肉の動きを促進して身体能力を高めたりできるらしい。


 なんとも魅力的な技術だが、魔法を回路以外に流すのはとてもリスクが高い。一歩間違えば死ぬほどだ。


「使えるのと使えないのとでは動きの全てが大きく変わる。だからさっさと体を魔力に慣れさせて、覚えてもらったほうがいいのじゃ」


 たしかに、それはうなずけるのだが、俺には雷の耐性があるはず。なんでこんな痛いんだ。


「耐性というものは魔法を体表で止めることじゃ。内部は耐性がある者もない者も変わらぬ」


 ああ……なるほど。だから中に直接入れた……どうやって……そうだ。発勁あったな……。あれ回路だけじゃなくて筋肉にも流せんの?


「お前さんは雷か。ならば移動速度の大幅な上昇が見込めるじゃろうな。それでは、精進するのじゃぞ」


 爺さんはどこかに歩いていった。さて、ここからどうやって動こうか。どうしたもんか、痛すぎて動く気配がしない。慣れるまで待とう。


「あんたなにしてんの? そんなとこで寝そべって」


 リィレンが帰ってきたらしい。


「修行中……」


「……」


 気まずい。リィレンが呆れた目で俺を見る。……あの……その握ってプルプルさせてる拳、なんなんすかね。


「あんた言ってたわよね、修行して強くなるんだって。何? もう諦めたなんて言わないわよね。ちゃんとランニングくらいはしたわよね……?」


「いや、違う。これ本当に修行……ランニングは終わっ」


「あんた、修行舐めてんじゃないでしょうね」


 ああ終わった。リィレンがこうなったら俺の声は一切耳に届かない。初対面があれなんだ。きっと、同じことになる。


 非常にまずい。俺は今筋肉が敏感なんだよ。やめて、なんていう暇はない。ただ背中に向かって迫りくる手のひらを待つだけだ。


「まともにやりなさいよ!」


「アアアァァァァーーーー!!!!」


 背中を思いっきり叩かれた俺は、今世紀最大級に情けない声を上げた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「ごめん、まさかあれがまともな修行だとは思えなかったのよ」


「まあ……そう見えても仕方ないよな……」


 しかし、どう動いたもんか。このままずっと寝そべってるわけにもいかない。この状態のまま普通でいろって言われたのに、こんな調子じゃ修行になりやしない。


 立ち上がろうと頑張るも、ほぼ位置が変わっていない。怪我が治ってすぐまたこんな目に遭うとは思っていなかった。


「なんかシャクトリムシみたいね」


 ……気にしないでおこう。いきなり全身を動かそうとすると全く動けないので、手先あたりから始めよう。


 そうすれば、シャクトリムシみたいな気色悪い動きもしなくて済むかな。


 指先……問題ない。肘……問題ない。肩……の辺りから駄目か……。末端の方を動かせるとわかっただけ僥倖。これからちょっとずつ慣れていこう。次は足の方も……膝の辺りで止まるか。


 まあ、動くところの確認はこれくらいにしておこう。どうせ慣れるだろうし。んで、俺は今立ち上がりたいわけだ。今はうつ伏せで寝そべってるから手と足を同時に使わないといけない。この”同時に”ってのが結構難しい。どっちかを重視するとどっちかが疎かになってしまう。適度なバランスを保てない。


 時間はかかるが、手探り手探りでちょうどいいポイントを探すしない。手と足の力加減を少しずつ変えていき、なんとかバランス調整を試みる。五分くらい経っただろうか、力が全身に均一に加わっている気がした。


「おっ、ここかな」


 いいポイントを見つけた。このまま立ちあがろう……とした。そうしたらなんでなんだろうか。地面がものすごく抉れた。それはそれはもう抉れた。隕石でも降ってきたのかと思うくらいには。いや、少し盛り過ぎた。ただ、仮に俺がちゃんと立てていたら、下半身が見えなくなるくらいには抉れた。


「おいっ、何だよこれっ!」


 地面が崩れて踏ん張りが効かなくなり、たちまちバランスを崩した。


「なんだよもう。またバランス直さないと……あっ」


 ちょっと待て、これ仮に起きれても登んないといけなくないか。……無理だ。どうしよう。


「これは一体……何があったのかな……」


「おぉ……アズサ」


 体勢が情けなさすぎる。アズサにこんな俺を見られるのはめちゃくちゃ恥ずかしい。顔向けできない。まあ体勢の問題で向けたくても向けられないが。


「よかったら話してくれないかな」


 アズサにこの前色々話せって言った手前、話せって言った本人が恥ずかしいなんて理由だけで隠し事するとか、この体勢よりカッコ悪い。渋々だが、話そう。


「ここから出られなくなった。動かしづらい体のまま普通に過ごす修行なんだけど、一回立てなくなってさ。立ちあがろうとして力入れたらこうなった」


「なるほど。ちょっと待って」


 待てと言われたが、何もしていないのもあれだから、いい感じのポイント探しておこう。


「うん。じゃあちょっとこっちに電磁波出して」


 筋肉が動かないだけで、魔力を作ることは問題ない。ちょうどアズサに背中を向けているので、そこから電磁波を出す。そうしたら何故か地面が抉れてできた壁に激突した。


「イ゛ッデ!!!」


「あっ、テンリ君、極同じかもしれない…」


 同じ極同士じゃ磁石は反発するもんな。そりゃそうだ。逆の極で電磁波を出したら、転がりながら上に出れた。ふと転がってきた方を見たら、坂があった。さっきまではなかった。


「アズサ……お前これ作った?」


「うん。そうだよ」


「アズサ、お前魔法はダメじゃないのかよ」


「ダメだね。だから私がこんなの使わなくていいくらい、早く強くなってよね」


 アズサが俺の視界に入る。俺に向かって手を出してくる。その顔はとても意地悪だ。


「一人で立つよ。だから俺に、触ったらダメだからな! 絶対に!」


「うん。全部わかってるよ」


 なんかもう最近、アズサに勝てる気がしない。

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