六十話:凛々しさの空回り
「しかし……お前さん達一体何があったんじゃ」
「ええっと……色々ありまして……」
起きたアズサは、助けてくれた男に何があったのかを聞かれた。とりあえずところどころぼかしながら、命を狙われて戦っていたことを話した。
「はぁ……なるほどのう……それで無理しすぎたから少年はああなったのか。それでもっとひどいことになってるお前さんはどんな無理をしたんじゃ……」
「体が魔力で出来てるので、あんまり強い魔法を使っちゃうと体が壊れちゃうんです」
その言葉に首を傾げる男。何やら魔法に精通しているようではあるが、人間の体が魔力で出来ているなど聞いたことがなかった。もはや魔物の身体構造に近い。
男はアズサの肌に触れないくらいの近さから魔力を通した。このとき、アズサは何をされているかよく理解できなかった。
「お前さん、悪いことは言わんからもう魔法は使うな。使うたびに寿命が縮んどる」
至極真っ当な言い分である。元々体を構成する魔力を魔法に充てていたのだから寿命が減るのは必然だった。今回に至っては使った魔力が膨大すぎた。
これ以上の魔法の行使は破滅をもたらすのだ。
「できる限りはそうします」
「……あの少年はお前さんにそうさせるほどの人間なのかの」
「もちろんです」
真っ直ぐな瞳、一切の迷いはない。覚悟を決めた目である。男は半分諦めた。これ以上何を言っても無駄か、と。
「お前さんを説得するのは無理そうじゃ。じゃから、あの少年の方をどうにかするとしよう」
本当に一人の仲間のためにあれだけ自分を犠牲にしてしまうような人間なのなら、助け舟を出してやりたいと男は思っていた。
それに、アズサを守れる手段があるとなれば迷わず実行するだろうとでも思っていた。アズサに魔法を使わせないことなどどうとでもなる。
「じゃが、お前さん達は互いを必要としすぎているのではないか?」
核心を突く一言、男は大体わかっていた。どちらか一人欠けたらどうなるか、いや、欠けずともどうなるか。
「その関係、行き過ぎるとただ脆くて、危ういだけじゃ。片方がすり減ればすぐ壊れる。少しばかり他のものにも目を向けることじゃな」
男は部屋を出ようとした。
「どこか行くんですか?」
「飯買いに行ってくるだけじゃ。結界貼ったから追手は来んよ。あ、そうそう。そのうち弟子帰ってくるから、仲良くしてやってな」
男が家を出て数分後、入れ替わりで家に入ってくるものがいた。
「帰ったわよ、って、師匠いないじゃないの」
アズサと同じくらいか、それより少し幼いくらいの女子の声が聞こえてきた。彼女はやはり部屋に入ってきた。ドアが開いていたからなのか。
「あんた、ここで何してるの」
彼女はアズサを一瞥した。その縦に長い瞳孔の瞳でアズサを見極めんとしている。人間の顔、金色の髪に、ピンと立った耳がついている。尻尾も生えているようだった。
「ここのお爺さんに助けてもらって、休ませてもらってたんだ。あなたがお爺さんが言ってた弟子さん?」
「そうよ。私はリィレン・ファルト。師匠の一番弟子よ。まあ弟子私しかいないんだけどね。あんたは?」
「私はアズサ・シュウヤ。代行者だよ」
リィレンは少し考え、そしてアズサを奇妙な目で見つめた。
「珍しいわね、あんた」
「何が?」
「なんでもないわよ。とにかく、私と話せるって言うなら、思う存分話し合ってもらうわよ。介抱の対価ね」
リィレンはアズサに色々と聞いた。アズサはリィレンに今までのテンリとの旅のことを話した。
「外の世界ってそんな感じなのね。私この島から出たことないから知らないのよ。あんたの話面白いわね」
「そう、ならよかった」
目を輝かせてリィレンがアズサの話を聞いている。アズサも女子と話すのは久しぶりで楽しそうにしている。
「で、どうしてここに行き着くまでに至ったのよ。そこが想像できないのよ」
「まあ……それは色々ね……」
さっきの男と同じように、ところどころぼかしながら襲われた話をした。
「ふぅん……あんたを狙って、ね。でもあんたどこも傷ついてないように見え……は?」
ここでようやくリィレンはアズサの体の異常さに気づいた。少しばかりめくれた服からヒビが見えた。
「あんたちょっとそれ……」
「あっ、素肌に触れないようにして」
リィレンは服をめくった。胴体に、縦に大きなヒビが入っていた。この世のものとは思えないそれに恐怖し、思わず聞いた。
「どうやったらこんなことになるのよ……」
アズサは説明に苦しんだ。体が魔力でできているという前提がそもそもおかしいからだ。だがそれをリィレンはなんとか飲み込んだ。
仲間を守るために強い魔法を使いすぎて魔力が枯渇し、体が崩壊を始めている。それを理解するのにまあまあな時間を要した。
「守るためって……一人に……こんな女の子に……何させてんのよ! そいつはどこ! ここにいるんでしょ!」
リィレンはブチギレていた。ものすごい剣幕に押され、アズサは話した。アズサには筒抜けであった。
「抜け出してどこかに行っちゃった。多分とっ……」
「重体の仲間放っておいて? 信じらんない! 何考えてんのよ、そいつは!」
「あっ! ちょっと待って!」
アズサは重大なミスを犯した。テンリが死力を尽くして自分のことを守った上でそうなったと言うことを話す順序を間違えたのだ。
本当なら、抜け出して特訓に行ったと話した後にテンリがアズサを守ろうとしたことを話すつもりだった。おそらく惚気話に移っていたであろう。
しかし、それより速くリィレンが家を飛び出していった。リィレンは早とちりしがちなのだ。
「女の子に自分守らせて、自分はその子のこと置いてどっか行くって、ふざけんじゃないわよぉぉぉぉ!!」
リィレンは正義感が強い。それが悪さをした。もうリィレンの頭の中には屑をぶちのめすでいっぱいである。その屑は幻想であるとも知らずに。
アズサはテンリの特徴を聞いていた。オッドアイを目印にそいつを探すことにした。都合のいいことばかり聞いているものだ。
リィレンは獣人、現実で言うトラに近い生き物の特徴を持っていて、足が速い。探すのなんか楽勝だった。
森の中でオッドアイを発見した。やることは一つ。狙いを定め、特訓中で感覚が研ぎ澄まされているテンリの感知能力すら貫通し、思いっきり頬を殴った。
「アンタ、何やってんのよ!!」
鈍い音が一帯に響き渡った。
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体が宙を舞った。そして地面に倒れ込む。まずい、今は立ち上がるのが難しい。一度倒れてしまうと……駄目だ。体が言うことを聞かん。
「自分を守った女の子をほったらかしにして、何やって……いや、あんた本当に何やってんのよ」
目の前には獣の耳と尻尾が生えた人がいた。立ち上がろうとして何度も崩れ落ちる俺を見て、顔にはてなを浮かべている。
「すみません。うまく立ち上がれなくて……」
「……その敬語やめなさいよ……って、立ち上がれない?」
敬語やめろ、か。なんかこの世界に来てから、初対面の相手には過剰なまでに下手に出るようになったな。そうしないと嫌な顔されるから仕方ないけど。
いつまでたっても立ち上がれない俺に業を煮やし、肩を貸してくれた。
「ありがとな」
「なんで感謝なのよ。私、あんたを殴ったのよ」
「肩を貸してくれたことにはな。殴られたならなんか理由があるか……とりあえず、ごめん」
肩を貸してくれた女の子が少し固まる。
「あんた、この程度のパンチで立てなくなるくらいヤワなわけ?」
「いや、俺体に大分ダメージ残っててさ」
「ダメージ……なんか噛み合わないわね……なんかヌルッてした……」
女の子は自分の掌を見つめた。その手には血がべっとりと付いていた。ヤバい、俺の手の血だ。
「あんたこれ、なんの血よ」
「俺の手だな。ずっと木の枝で素振りしてたから。剣が折れて手元にないんだよ」
「素振り?? ダメージ?? ちょっと待ってよ、噛み合わなすぎるわ……」
ちょっと待ってほしかったのは俺の方だね。そしてそっちはなんで俺を見てそんな混乱してるのさ。
「ちょっと話を合わせないと。色々と話聞かせてくれないかしら」
よくわからないうちに、俺はこの獣の特徴を持った女の子と話をすることになった。なんか誤解されてるし、うまく解けるといいんだけど。