五十五話:消耗
ともかくまずは小手調べ。俺達の攻撃が効くかどうか、それからだ。しかし、異形はそれすらも許してくれない。
「融解封鎖」
いきなり大きな土の壁で俺達を囲んできた。異形が見えない。それだけでなく音が聞こえない。今外で何が起こっているのか。
とりあえず出るしかない。壊せるか? 剣で切りつけてみた。意外とあっさり崩れた。
「一体何なんだ……おいちょっと待てよ!」
前だけ壊してしまったのが悪かった。壁を壊した瞬間に属性問わずとんでもない量の魔法が降ってきた。これは……初見殺しだ。
思いっきり切りつけたせいで、動いた後の隙が大きい……急いでアズサの腕を掴み、反発して前の出口から魔法を避けようとする。
しかし、前だけではない。横も後も、四方八方から魔法が飛んでくる。その時点でかすった魔法が数発。それだけで体の内部に甚大なダメージを与えていった。
「ぐあっ!!」
雷はたいしたことない。俺に耐性があるからだ。だけどそれ以外は、炎は灼熱を、氷は絶対零度を、体の水分は持ち去られ、ズタボロに切り裂かれる。
魔法一つ一つの練度が尋常ではないほど高い。その魔法の特徴を極限まで引き出している。だが変だ、なぜ全ての魔法から冷気を感じる? 炎魔法からもだぞ?
それはよくわからないから置いておくとして、治癒魔法がなかったら間違いなく体が大変なことになっていた。ギリギリ即死しないレベルで助かった。
多分これ、壁から出ないほうがよかった。壁の魔法抵抗が高かったりするのだろう。確か一度出したら土魔法は引っ込められないはずだ。
すぐさま壁の中に潜る。
「アズサ! 前からの魔法の迎撃頼む!」
頷いたのが見えた。近くに来た魔法をトラップの爆発で遮り続け、遠くの魔法は辿り着く前にアズサが消す。そうするはずだった。
「テンリ君……消えない……あれ、強すぎて……」
アズサの魔法を以てしても、異形の魔法を相殺することができないそうなのだ。
俺のトラップはよく周りを見ていれば当たりづらい分、威力はとことん高いからなんとかできている。
しかし、アズサと俺で分担するはずだった魔法の処理が全て俺が請け負っているため、最速で最大威力のトラップを出し続ける羽目になった。本当はもっと密度は低くてよかったはずなのだ。
さっき食らった傷は癒えているが、ダメージは体に残り続けている。外より内への攻撃に特化しているのかもしれない。
アズサは多分治癒の特徴を完璧に報告してしまったのだろう。そうでもなければ、ここまで弱点を突かれまくることなんかない。
トラップも治癒も特段燃費が悪いわけではない。だが、間隔は最速で、何度も放ち続けていたらどんどん魔力が減っていく。
体の内部へのダメージと魔力消費、この二つが合わさって、魔力は半分ほどになり、体力もかなり減らされた。
魔法が止んだ時、俺はもうかなり消耗させられてしまった。異形は目の前に舞い降りた。
「まあ、即座に戻って迎撃するよな。概ね計算通り」
やっぱりか、あれが計算のうちとなると間違いなく俺の手の内は理解されているということになる。だが、剣技は実際に受けてみないとわからないものだ。
異形はなぜかわからないが凄まじい移動速度を持っている。こっちに来られる前に、アズサを後ろに置いて俺は異形に向かって走った。
目はあるのかどうかわからないか、異形は俺を認識しているようだった。しかし、切りかかっても避けることはなかった。
「なっ……!」
声にもならない声を出して驚いたのは、俺だった。さっき切りつけた時と同じように、まるで空気を切っているかのように、俺の剣は振り下ろされた。
当たり前のように再生する。当たり前だが人の体ではない。一体何でできている? そう考えたのもつかの間、剣が抜けなくなっていた。
俺は驚いて、焦った。俺の剣が再生しきった異形の傷口が剣にまとわりつき、一切離さない。なんでだ? 俺からは触れないのになんでそっちは触れる?
「くそっ……離せ……グッ!」
異形の体から黒い筋が伸びる。それは俺の腕にまとわりつき、強い力で収縮する。俺の腕が、鳴ってはいけない音を鳴らしながら軋んでいく。
「豪炎!」
炎が俺を避けて異形に当たる。この世に存在する、たとえ命があろうがなかろうダメージを与える、それが魔法なのだ。流石の異形もこれには抗えなかった。
しかし、魔法はダメージを与えることができるといっても、やはり即時に再生されてしまう。一体こいつの体は何でできてるんだ。
とりあえず、あり得ない方向に曲がりくねっている腕を治癒した。この時点で残り魔力は半分を切った。使い過ぎだが、そうしないといけなかった、仕方ない。
「アズサ、やっぱりお前に複合は無理か」
「そうだね、撃ったら厳しいからね」
複合、恐らく二属性以上の魔法が複合した魔法のことだろう。俺は以前、サイクロンという竜巻を起こす魔法に磁力をくっつけて使ったことがあるが、あれとは別物。
あれは外側から覆ってるだけだ。複合魔法はその名の通り、混じりきってる。アレクの吸啜掌なんかいい例だ。この言い方だと、異形は当たり前のように複合魔法を放ちまくってることになる。
複合魔法は撃つのが難しい。バランスだったり、威力だったり、調節が難しいのだ。だからこそ、ポンポン撃ってるぞ、という異形の言い方は俺を震え上がらせるのには十分だった。
「再充填完了。もう一度だ」
そんな事を考えていたら、また複合魔法のオンパレードだ。そのどれもが冷気を帯びている。何故なんだろうか。
しかし、どうやら複合魔法を大量に撃った後はしばらくのクールタイムが発生するようだ。そこを突くしかない。
それにさっきより密度が薄い。これなら避けられそうだ。
避けながら考える。どうしたらいい。斬撃は全く通用しないし、実はさっき腕に絡みつかれた時に電撃を放っていた。
ダメージ自体は通っているようだが、電撃そのものはかなり威力が低い。となるとトラップか磁力の応用で戦うしかない。
それがさっき不可能だということが判明した。というのも、異形の体に電撃を纏わせることができなかった。体がそういう素材で出来てるのだろうか。
魔法の攻撃そのものは物理法則から外れてても、追加効果は自然の雷と何ら変わらない。だから、多分異形には自然の攻撃が通じないんだろう。
やばい、どうしよう。移動速度と雷を纏わせられないせいで、まともにトラップも磁力も機能しない。おまけに剣も効かない。
「アズサ、注意を引き付ける。だからガンガン撃ってくれ」
「うん」
そう小さく話し合った。考えている暇などない。攻撃ができない俺ができることはアズサの手助けをすること。残りの魔力を治癒と反発による移動に費やす。
「やはりに近づいてくるか」
数本、黒い触手のようなものを伸ばして、それを俺に突き立ててきた。木々をなぎ倒し、地面を抉るそれには間違いなく当たってはいけない。
とは言え、どうしたものか。剣で防ごうとしたが最後、剣を貫通して体を貫いてくるだろう。避けるしかない。
一本、二本。ギリギリだ。頬をかすめさせることすら致命傷となり得るその攻撃を果敢に避けながら進んでいく。
三本、四本。進む毎に増えて、攻撃の密度が上がっていく。攻撃の出だしに近づいているのか、威力も増す。風圧で体が切り裂かれてゆく。
切り裂かれては治癒、切り裂かれては治癒。その繰り返し。俺がするのはそれだけでいい。後はアズサが攻撃してくれる。
それで倒すというよりかは、弱点を見つけ出す感じ。というのも、アズサは使い捨て位にしか見られていなかったのか、異形の力も味方も、何も教えてもらえなかったそうだ。
話に一瞬出てきていたが、異形はレズリーと繋がっている。多分、味方を知らないからこそ、味方のいる学園で不審な態度をとることなく生活できていたのだろう。
そんな理由で、アズサは元々味方だった異形のことを何も知らない。だから探り探りで少しずつ攻めていく。
俺が触手を避けて注意を引き、アズサは手当たり次第に魔法を撃つ。異形の体のあらゆる部位に魔法をぶつけて弱点を探す。
一つ、また一つと体の部位に魔法をぶつけていくが、それらしい場所は出てこない。というか、本当に弱点があるのかすらもよくわかっていないのだ。
だが、アズサは何かに気づいたようだ。異形をじっくりと観察していたからか。
次の魔法が撃たれたとき、異形はこれまでにないほど大きく後ろに吹っ飛んだ。倒れた木の中に巻き込まれ、チャンスだと思った。
追撃に向かった。俺はアズサがどこに魔法を撃ったか見ていた。首だ。魔法にぶつかった時にチラリと凄まじく小さい宝石のようなものがあったのも見えた。
異形が木の中から出てくる。やはりどこも傷ついていない。
「アズサ、成長してるのか。もう自分で考えるようになったのか」
戦闘中に何を感心してるんだ、と思った。でもそうではなかった。
「傀儡の癖に物を言うな。死ね」
それを聞いてすぐアズサの方に移動した。それが功を奏して、異形のアズサに近づいてからの一撃を防ぐことができた。
代わりに俺の左腕に絡みついてきたが。
「次は折る」
「無理だ」
戦闘中、俺は常に雷を纏っている。俺の腕からなら爆発を放てる。もちろん首は射程範囲。
「起爆」
俺の腕から爆発を放ち、異形はよろめき、俺の左腕は衝撃で潰れる。それをまた治癒して前へ進む。
露出させた首の宝石を、塞がらないようにアズサが攻撃し続けてくれている。それでも少しずつ塞がっている。
見えなくなるとどこを切ったらいいかわからない。
一歩一歩踏みしめて近づいていく。飛んでくる触手をかわし、それでも攻撃の手は止まず、遂に脇腹をかすめた。それだけで、腹の半分近くを抉られた。
こうなると治癒をもってしても、完治は厳しい。また一つ、足をかすめる。避けきれていない。だが関係ない。俺がしたいのは避けることではなく、首を切ること。
治癒してもなお治らず、痛む足をかばいながら、捻った脇腹の痛みもこらえながら、その首をなぎ払った……はずだった。