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五十話:別れないと

 店主さんが戻ってきて早速肉体労働が始まった。店の裏の崖に露出した岩を渡されたピッケルで削っていく。これがそのまま砂糖になるようだ。


 剣の素振りと動きが似ていて楽しかったので、かなりサクサク削り出している。


「体力どうなってるんすか……」


 対象的に、アズサの進み具合はあまりよくない。確かあらゆる武器に適性がなかったから、それは仕方ないのかもしれない。


「女の子に肉体労働はきつかったっすかね」


「いえ、受けた以上はしっかりやりきります」


 やる気は満々なようで、進みは遅いながらも着々と削り出している。


 頭の中には大量の甘味、ただそれだけ。ひたすらにそこを目指して岩糖を削る。一日中ピッケルを振り、ご飯食べて、風呂入って寝る。


 あまりにもドギツすぎるスケジュールを九日ほどこなし、規定の量の砂糖を集めることができた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 机の上にてその甘味を俺とアズサは待っていた。ほのかに香る甘い匂いが食欲をかき立てる。


「二人とも子供みたいっすね。出来上がりっすよ」


 凝視した店主の両手にはケーキがあった。白いクリームとベリーが乗った、完全なるショートケーキ。めちゃくちゃ美味しそう。


「いただきます」


 ケーキを頬張った。脳みそからなんかいけない物質が出てる気がする。美味い。とにかく美味い。甘味からしか得られない何かがあると改めて確信した。


「ああ……ヤッべえ……なんだこれ」


「今まで食べたケーキより断然美味しい……」


「そりゃ素材からこだわり抜いてるっすし、何より自分が作ってるっすからね」


 そう言ってまた新しいケーキを机に置いていく。次はチョコと柑橘がメイン。また違う甘味……頭馬鹿になるな。


 しかし、店主さんがうぬぼれるほどに美味い。なんかこう、ケーキとかまともに食べないから。寮の中で何回か食べたけど、こっちはそれより美味い。


 まあ、本業だからな。パクリ、美味し。こっちは酸味と苦味がいい感じにマッチしてて死ぬほど美味い。


 それも食べ終わったら次はタルトが置かれる。なんだこれ、最高かよ。いや、間違いなく最高だ。


「テンリ君、ここに来て本当によかったね」


「うん。マジで最高」


 それからも続々とスイーツが出てきて、そのどれもが美味かった。夢だったスイーツバイキングを目一杯楽しむことができて、とても満足だ。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 たらふく食べて腹一杯になった時、扉が開いた音がした。


「誰っすかね。今日は休みにしてるはずっすけど……」


 店主さんが扉をあけると、鎧に身を包んだ、軍隊の人なのだろうか。そんな人が立っていた。何故?


「オッドアイ、今すぐこの国からでていけ」


 開口一番そんなことを言われた。おい、この国は寛容だと思っていたのにそれは間違いだとでもいうのか?


「どうしてっすか? オッドアイと言っても、彼は別に何もしてないっすよ」


「オッドアイは災いの原因と言われている。この国では原因不明の病が流行っている。確証などない、が、そいつのせいだろう」


 確証がないのになんでそこまできっぱりと言えるのだろうか。訳がわからない。


「反論は認めん、国が決めたことだ。早く出ていってくれ。我が国が病魔に侵される前に」


 槍まで目の前に突き出されてしまって、もう出ていかざるを得ない状況だった。荷物をまとめ、即座に出ていく準備をした。


「テンリ君、あそこまでいい顔をして自分のお菓子を食べてくれるのは君しかいないっす。また来てくださいっす」


「じゃあ、また来る時にはこの悪評全部ひっくり返してみせますよ」


 そうしてリテンシスを去ることとなった。道行く人の目は、嫌悪とまではいかないが、疑われているようだった。俺が病の原因なのかと。


 むしろ最初から嫌ってもらったほうがマシだったかもしれない。よくしてもらってた人にいきなりそういう目を向けられるのは辛い。いや、学園のときより全然マシだが。


 店主さんの前では結構強がってみせたが、結構ダメージ食らってる。いや、いけない。ポジティブじゃなきゃこの世界やっていけない。


 アズサがとても心配そうな顔で俺を見るから、焦って笑みを作る。上手くできている気がしない。アズサっていつもこういう気持ちなのか? 


 リテンシスの国境を越えたあとは、とりあえず森に出た。暗くなるまで走って野宿をする。


「ねえアズサ、次はどこに行こうか」


 言ってはみたものの考える気になれない。また、アズサは心配そうにして。そんなに俺の顔はひどいか?やめろ、そんな目で見るな……待て。


 アズサっていつもこんな事考えてたんじゃないか? 俺アズサのことなんにもわかってないな。いけない。これ以上気持ちを下げたらいけない。


「すまん、ちょっと頭冷やしてくる」


「ああ、うん。気をつけてね」


 少し離れて色々と考えてみた。思えば、アズサの心の拠り所になるとか言っといて心配かけてばっかりだ。でも結局解決策は人に認められることしかないな。


 だったら頑張るしかないな。でもこの先の事は考えないほうがいいかな。とりあえずいま何ができるかってことが俺には一番大切だ。


 こうやって一人で立ち直れるだけ、俺は強いのかも。うーん、俺は強いって思っておかなくちゃやってられないかも。でも、誰か俺は弱いって言ってたな。どっちだろう。


「一人にしてごめん、だいじょ……ん?」 


 そこにいたアズサの顔はひどい有り様だった。表情が完全に抜けきっていて、本当にあの明るいアズサなのかと疑うほどだ。


「アズサ? どうした?」


「テンリ君? なんでもないよ」


 嘘だ、いくらなんでもまかり通る訳がない。アズサ、ずっと俺に何かを隠してる。


「なんでもない訳ない。なんでもなかったらあんなこの世の終わりみたいな顔しない。どうしたんだ、一体」


「あ、いや、本当に何でもないの。信じて」


 信じて、その言葉に俺は弱い。ずるいぞ。もうこれは呪いとか、そういう事は関係ないのかもしれない。俺にどうにかできるのかもわからない。だけどだ。


「ごめん、今は話せなくてもいい。でも、すごい勝手だけどさ、わからないならわからないなりにお前を心配させないように頑張るよ」


「……ごめんね」


 やっぱりなんかあるんじゃないか。その一言で確定しちゃったよ。そんなにバレたくないことなのか? 聞かなきゃよかった。


「とりあえず考えるのはやめにしてさ、飯にしない?」


 火を起こし、近くの川に偶然ちらっと見えたので、魚を捕まえて焼いて食べる。しかし、スイーツの食べすぎてあまり食えないな。


「はあ……俺はもういいや」


 元々消化が遅いのだ、俺は。前世の貧乏時代の貧相な飯でも簡単に腹いっぱいになる。だから食べ過ぎると腹に残ってしまう。


 それでも甘味には勝てなかった。結局魚と、炊いた米を少し食べて終わった。


 しかし今考えると、この世界は西洋っぽい雰囲気なのに米があるのだから不思議だ。


「ねえテンリ君、私少し噂を聞いててね、聞いてくれない?」


 アズサが聞いた噂というのは、南東の一番端っこの国に伝説の魔法使いがいて、弟子を取りながら暮らしているというもの。


「強くなれれば色んな事ができるんじゃないかなって。だからいけたらいいなと思うんだけど」


 できることが増えるのは、人生の選択肢が少ない俺にとってめちゃくちゃありがたい。そう言われたら、行きたくなってしまう。


「面白そうだ、行ってみよう。お前の呪いも解けるかもしれないし」


 アズサの表情はさっきとは変わっていた。とても力強くて、何かを決めたかのようだった。


 その表情の奥に何があるのかも、俺はわからないんだな。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 すごく嫌だった。考えるだけで重たくて死んでしまいそうだ。テンリ君、あなたはどうしてそんなに優しいの?

どうして自分の心を痛めている時に、私のことを心配できるの?


 あなたは差別に苦しんでいるのに、さらに苦しませる訳にはいかない。私はもう限界だ。ねえ、テンリ君、私はあなたに死んでほしくない。死んではいけない。


 そうしたら私は死んじゃうけど、別にいいや。もう私、死んでもいいや。だって私は私が大嫌いだから。でもあなたは悲しむよね。


 隣りにいたい。でもいちゃいけない。さて、考えましょう。どうやってテンリ君を悲しませずに、テンリ君の隣から離れられるかな……。


 考えるたびに胸が痛くなるのを無視して、ひたすらに模索する。

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