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四十七話:進軍

 あまり強くはなかったため、数匹のネズミはすぐに処理することができた。というか、動きが単調で防御力が低いから処理しやすい。


 だが、かすった攻撃ですら異常な威力をしていた。牙がほんの少し触れただけでものすごい抉れ方をした。これ町中に放つのは自殺行為だと思う。


 ネズミを放った研究員はどこかへ行ってしまった。


「サントスさん、あの人は?」


「ハジャー、非常に欲深い男さ。かと言ってプライドだけは高い。過去の栄光に未だにすがりついてるやつだ」


 過去に大きな発見をしたが、それからはめぼしい功績も残せず、老害とまで呼ばれているらしい。


 プライドが高いので何かにつけて、ソレイユさんを変人とバカにしているらしいが、どう考えてもソレイユさんの方が役に立ってる。


 何がしたいんだよ、本当に。だからと言ってそんなことしていいわけないし、そうしたところでどうにもならないだろう。


 とりあえず、あのネズミ達はどうということもなかったけど、あそこの大きな反応には注意しないと。サイズが大きいのか、たくさんいるのか、それすらもわからないから。


「とりあえず、この狼藉は上に報告するとしよう」


 サントスさんが本部のお偉いさんに報告している間、俺達は施設でじっとしていることになったのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ハジャーは逃げ去ったどこかで、顔も知らない誰かと話していた。


「あの魔物なら、町に流せば甚大な被害を与えられることでしょう。ましてや、強化済みとなると……」


「そうか、やれるんだな。ならいい。オッドアイに長いこと同じ場所にとどまられると面倒だからな」


 ハジャーがあんなことをしたのは、数ヶ月ほど前の出会いが発端だった。


 ハジャーは何もできていないのに、周りはどんどん追いついてくる。そんなどうしようもない感情が限界まで高まった時、その男は現れた。


「お前にいい提案があるぜ? その代わり、こっちも相応の対価はもらうがな」


 その提案とは、町中にネズミを放ち、甚大な被害を負わせる。そのネズミはマウスライスといい、攻撃力に特化した魔物である。


 チナテラトに甚大な被害を負わせる、それになんのメリットがあるのかハジャーは最初全くわからなかった。


「ハジャー、これがあれば話は別だ。こいつさえ起動すればネズミ全てが死滅する。お前が爆速で完成させたと言い張れば、お前は英雄だ。権力は高まるだろうな」


 それを聞いて、明らかに気分が高揚している自分がいることをハジャーは理解した。


「ものは試しだ。ハジャー、適当な言いがかりつけてこいつ数匹放ってこい」


 そう言われ、貴重な研究対象を手に入れたことに対する不満からソレイユの研究施設近くにマウスライスを放ち、今に至る。


「しかし、ネズミ共を放つとして、それをやったのが私とバレたらどうしましょうか」


「罪をなすりつけるのはうってつけだ、オッドアイって生き物は。人間の間では信用がカケラもないんだろ?」


 一度オッドアイがやったと言われてしまえば、他のものがやったという証拠が揃っていたとしても無理やり犯人に仕立て上げられることがある。


 これがこの世界なのだ。


「なるほど、そもそもバレないと。なら、善は急げです。明日、事を起こしましょう」


「お前がやろうとしてるのは正真正銘、どす黒い悪行だがな。上手くやれよ」


 そう言って男は姿を消した。ハジャーは後ろを向いた男の表情がわからなかった。正面を向いていたとしても、フードを深く被っていて見えなかっただろう。


 だが、その男は確かに、全てを嘲笑っていた。チナテラトの行く末、ハジャーの行く末を考えながら。 


 そして自分達の繁栄を想像しながら、腹を抱えて大笑いした。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 ネズミが放たれた翌日、ハジャーの捜索が早速始められたが、一向に見つかっていないらしい。どこへ逃げたのか……。


 そんなことを一切気にせず、ソレイユさんは研究しっぱなしだ。もう論文提出までに日が迫っているらしいのだ。


 だとすると、俺達はようやくこの国から出られるわけだ。次はどこに行くかもう考えておいたほうがいい。


「次はどこに行こう……」


「リテンシスなんてどうかな」


 リテンシス……なになに? 菓子が有名な国……菓子? 菓子!? マジで言ってる!?


「甘味じゃねえか……」


 生前は死ぬほど甘いものにありつけなかったからか、俺は甘味に対する欲求が尋常じゃない。甘味こそが正義。


「アズサ、行こうか。もう断然ここしか勝たん」


 いや、他の国にいいとこはいっぱいある。勝たん、なんて言ってはいけない。でもまずは甘味。行ってみたかったスイーツバイキング、あるかな……。


「テンリ君、甘いもの好きだよね。喜ぶと思った」


「あら? あらあらあら……潔癖ちゃん、アプローチかい? 頑張ってね」


「えっ? ち、違いますよ!」


 顔を赤らめてる分説得力が湧かないが、アプローチって、俺にそうしたところで何だっていうんだよ。ソレイユさん、とりあえずからかうのはいいけど程々にね。


「人をからかう前にあなたがアプローチする男を見つけてくださいよ……」


「あいにく私は研究一筋でね。君が一番良く知っているだろう、サントスくん」


 論文提出に向けて体は動きっぱなしっていうのに、会話から緊張感が微塵も感じられないのはどうしてなんだろう。


 逆にその方がやりやすいのかもしれないけど。こういうドタバタしてる時に何もしないのもあれだし、俺も何かお手伝いを……


「……動いた?」


 チナテラト国内にある、ちょっとした洞窟。そこには鉱物などがあり、研究対象にされたり、道具の材料になったりと、便利な場所なのである。


 また、あまり数は多くないが魔物も生息しており、周りの生態系に影響しているらしい。


 俺が大きな反応を見つけた場所である。少ない魔物、ならあれだけ集まっているのはおかしい。しかし、これという異変は起こっておらず、警戒程度にとどめている。


 微塵も動きを見せないので、サントスさんが上の人に報告する時に、またネズミが現れた時の口実として警戒を強めてもらうように言ってもらった。


 その反応が、動き出した。多分、大分まずい。ネズミ放出は昨日の話であるため、まだ体制が完璧ではないと思う。


「サントスさん、魔物が現れたから戦力を出してくださいって上の人に言ってきて下さい! 今すぐ! あと国民避難させて、とも!」


「お前それって……洞窟の反応っていうのが? わかった」


 洞窟に大量の魔物がいるであろう。その事実に誰も気づけなかったのは、多分奥の方に潜りすぎてたからだ。


 洞窟の奥は酸素濃度が極端に薄く、人が立ち入ることができない。多分、そこにいたんだと思う。


 アズサを連れて外に出て、すぐに洞窟付近に向かう。移動速度がそこまで速くないようで、まだ洞窟から出た個体は一体もいない。


 洞窟の入口に大量のトラップを設置する。出てくるたびにまた置き直す。それでも出ていった奴はアズサに処理してもらう。


 その繰り返しで、大分いなくなるだろう。仮に応援が来たらもっと楽。


 さて……気づいてるぞ……そこで誰か俺達を見ているのは。おかしいもんな、俺達の真後ろからずっと微動だにしない反応があるのは。


 軽めに電撃を飛ばしてみた。そうしたら案の定、痺れて声を上げる中年のオッサンが出てきた。ハジャー……で間違いないな。


「何でそこにいんのかな……馬鹿じゃないの?」


「くそ、逃げようと思ったらお前らが来て、少し見てたらこれだ」


 何でそんな余裕綽々とした態度でいられるんだ。お前詰みかけだぞ。


「助けてー」


 棒読みで、笑みを浮かべたままハジャーはどこかに向かって声を出した。その瞬間にハジャーは鳥のような生き物にものすごい速度で連れ去られた。


 そして大量の羽が振ってきた。一つ一つがめちゃくちゃ鋭い。あと少し視認するのが遅れていたら雷を出せなかった。すんでのところで反発に成功し、事なきを得た。


 落とした羽を拾って見つめる。これは、特定に使えるかも、とか考えていたら後ろで爆発が起こり出した。ネズミが次々に吹っ飛んでいく。


 やっぱり、潜んでたのはネズミだったか。早く次のトラップを設置しないと。


「いかせんぞー」


 独特なイントネーションの声が聞こえて、背中を切りつけられた。治癒したからそれはいい。だが、後ろを振り返れば剣を振ろうとしているゴブリンがいた。


 いや、ゴブリンにしてはやけに背が高く、何より言葉を喋っている。


 剣で斬撃を受け止めるが、攻撃の手は止むことがない。また一撃、また一撃、反撃の隙がない。そのタイミングで、絶望的なことが起こる。


 爆発の音が止んだ。それはつまり、ネズミを処理し続けることができなくなったということ。街にネズミが放たれるということ。


 アズサが懸命に魔法を打ち続けているが、全く追いついていない。


 今、誰もネズミ達の進軍を止めることができるものがいない。街中にネズミは広がり、街を絶望に落としていく。

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