四十五話:貴重の塊
手に取った文章を見た。そこにはこう書かれていた。
『魔法の威力上昇の原因は魔力回路の幅の拡張である。一度に流れる魔力の最大量が増えるからである。それは魔法の使い込みが物を言う』
なるほど、地道に使えってことか。使えば使うほどってことは教わったけど、幅の拡張とかは初めて聞いた。
『一番効果的なのは永続的に体全体から魔力を流し続けることである。ただし属性は必要ない』
適当に魔力を全身から垂れ流してたら威力上昇するってことか。じゃあ今から始められるな。そう思ってなんとなく全身から魔力を流す。
『魔力総量は回路の硬さによるものである。硬いだけ多くの魔力に耐えられるからである。硬さは身体能力に比例する』
だからあんだけ肉体強化させられたのか、授業の時。今となっては懐かしい。
しかし、これって原理は理解できたけどやるべきことは今までと変わらなくないか?
「アズサ、いつもと同じことしてたら普通に強くなれるんじゃね?」
「確かにそんなに革命的なものじゃ……裏がある……」
アズサが裏があると呟いたので文章の裏面を覗くと、たしかにまだ文が書いてあった。
『だが、一番重要なのは魔力密度である。これには個人差がある。回路が硬いほど密度は高くなるが、それだけではまだ不十分である』
密度……これまた厄介そうなやつが出てきたな。確かに密度が高ければ高いほど少ない魔力で高い威力が出るけど、どうすんの?
『魔力の質は脳と深い関係がある。正負どちらでも、強い感情を抱いた時魔力の質は良くなる。脳開発をして働きを活性化させても良くなる可能性がある』
脳開発……物騒な響きだな。強い感情は……負の感情は嫌だな。それだけ悪いことが起きてしまう。正なら……もしかしたらもう抱いてるかも。
大分幸せな日々を送ってるからいい感じに感情を抱いていると思う。
「結局、脳開発ってなんなんだよ」
「よくわからないね。ちょっと怖そう」
そんな事を話していたら、何やら部屋があるのに気づいた。隣には密度測定と書かれていた。
「密度測定って、魔力の密度がわかるってことか」
「行ってみる?」
部屋に入ると、壁にメーターのようなものが張り付いており、その下には水晶玉があった。ここに手を置く感じだろうか。置いてみた。
しかし、てんで何も起こらないので不思議に思っていたら、近くに水晶玉には魔力を流してくださいという注意書きがあった。
魔力を流してみたところ、メーターが進んでいった。平均、と書かれた辺りを少し越えたところでメーターは止まった。
一応平均よりは上だけど、そこまで密度が高いわけではなさそう。これを高めていったらいいわけだ。いつかメーターが振り切るまで高めてみたい。
「アズサもやってみたらどう?」
アズサにも測定を促し、手を置かせて魔力を流させてみたのだが……何だこれ。メーターが最上部を完全に振り切ってしまった。
「すご……でもお前かよ……」
俺がそれだけ魔力の密度高かったらもう呪いとか解けてたかもしれない。
メーターの異常な上がり具合を見て人が集まってきている。それを見て、アズサは苦笑いすることしかできていない。
アズサはこういう空間があまり得意ではないので、引っ張り出して次の場所を探した。しばらく歩いているうちに、脳開発という物騒なことが書かれた場所を見つけた。
まあ、魔力密度が上がるなら、ということで入ってみたのだが、結構思っていたのと違う。なんかこう、頭に線とか取り付けられるのを想像していた。
でも実際行われていたのは、何かを考えたりすることだったり、五感を研ぎ澄ますみたいなことだったりした。そうだとわかるのは普通にコーナー説明があったからだ。
五感? 何で? と思って見てみると五感は脳に直結するもので、研ぎ澄ますほどにイメージがしやすくなる。特に視覚は大きく影響する。
視覚が大きく影響するのは、魔力回路の始まりが目だからだそうだ。魔法においてそんな大切なものなのか、目って。
とりあえず、面白そうなので視覚を研ぎ澄ませてみようと思う。視覚のコーナーに行くと、ここを覗けと書いてある穴があった。
試しに覗いてみたのだが、なんだかちょっと痛い。これ目に直接魔力ぶつけてない? そう思いながらもしばらく穴を覗き続けた。
覗くのをやめた時、心なしか目がスッキリしていた。原理を知りたいと思い周りを探すと、役に立ちそうなことと物騒なことが書いてある看板を見つけた。
『何にも変換していないただの魔力を体に当てると、その部位の効能が向上する。ただし、魔力回路に流してはいけない』
体に当てたら強くなるんだし、魔力回路を強めたいなら回路に流せばいいんじゃないか?とも思ってしまったが、次の文にこう書いてあった。
『もしも回路の中に流してしまったら、許容量を超える恐れがある。あまりにも超えすぎると体が内側から崩壊して死ぬ』
……恐ろしい……それは絶対にやっちゃいけないと思う。死にたくないもん。
その後も、他の感覚も研ぎ澄ますために魔力を当てたりしてみた。そして何か考えてるコーナーに来たのだが、看板を見てみるとこんな事が書いてあった。
『魔力の質も実はイメージして変えることができる。ただしそんなに効果は大きくない。何を考えるかは人それぞれで、答えはない』
瞑想みたいなもんか……これなら普段からできそうだけど……魔力をそのままぶつけるなんて機会はあまりないので、思う存分研ぎ澄ませておこうと思う。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
流石に浴びすぎて気分が悪くなり、その後からはずっと他の展示を見て回り、夜もふけた頃、俺達は研究施設を後にした。
「十分見て回ったか? さあ、ついてきてもらおう」
研究員に手を引っ張られて連れて行かれる。そうだ、俺を研究させる代わりに研究施設に入れたんだった……。
連れてこられた先はさっきの施設よりも一回り小さく、六回り位頑丈そうな建物。近未来的とかそんなレベルではない。もはや核シェルターだよ。
「先生、連れてきましたよ」
「んん!? ついに来たか貴重の塊くんよ!」
何だそのあだ名、どうやったらそんな名前になるんだ? 中から出てきたのは、長い髪を後ろで束ねた女性。顔つきがマッドサイエンティストのそれ。
「じゃあ君には一ヶ月くらい魔力の測定させてもらうからよろしく!」
ちょっと待て一ヶ月ってどういうことやねん。一日の観光の対価が一ヶ月の拘束って……もっと疑えばよかった。アホすぎる、俺。
「本当は一生拘束してもいいくらいだが、いかんせん倫理観に問われるからな」
俺を連れてきた研究員がそう言った。倫理観に問われるなら普通に入れてくれよ。
「あんまり酷いことはしないからおいで、もう待ちきれないんだよ……」
かなり興奮した顔で女性の研究員が俺を招いた。顔がヤバい。逃げないと死ぬと本能が言った。体が勝手に逃げ出したが足を掴まれてズルズルと連れて行かれた。
「待って! お願いします! 命だけは取らないでください!」
あまりにも情けなく引きずられた俺を見てアズサと研究員が話している。
「あの人いつもあんな感じなんですか?」
「そうなんだけど、今日は特にひどい。超貴重な研究対象を手に入れて興奮しない研究者はいないから……」
呆れた顔を浮かべながら、俺と女性研究員に続いて二人も施設に入ってきた。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
謎の椅子に座らされた俺は、特に縛られたりすることもなく、左腕に謎の線を付けられた。
女性研究員はそのまま箱の中に一本の紐が入った箱を覗いている。
「魔力を流してくれないかい? 属性は付けないでおくれ」
そう言われたので、何も考えずに適当に魔力を放出した。そうしたら、箱の中で張られていた紐がグニャグニャ動き出した。めちゃくちゃ動きが激しい。
途中で紐の半分が別の動き方をした。捻れるように回転を始めた。
「この紐水晶玉の中身でできた紐が入っていてね、魔力を流すと変質して動くんだ。属性ごとに動き方は変わるよ」
水晶玉にしない理由は何だ、と聞いたら高いからと言った。何で? お金はそこに使えよ。
「無駄にミニマリストなんだ、この人。あと研究そのものにお金をかけるタイプだから」
二つの特徴が噛み合ってしまったのか。女性研究員はしばらく紐の動きを見た後、ようやく属性を測定したらしい。
「雷だね。動き方が激しすぎるから明らかに特殊。あと治癒属性あるなら先に言ってよ」
「は? 治癒まであるのかよ……仕事増える……」
女性研究員ははしゃぎ、もう一人の男性研究員はうなだれる、アズサはそれを遠目に見る。なんかすごくコメントしづらい雰囲気になっている。
「オッドアイなら異能二つ持ちは確定だし、特殊型で治癒持ちって、どんだけ天性の貴重の塊なのさ! 塊くんよ!」
だから塊くんってなんなんだよ。確かにこうして考えれば俺って自慢できるほどおかしい能力たくさんあるけど、難しいんだよな、どれもこれも。
前例があんまりいないから、何ができるのかわからない。自分で見つけないといけないのに、見つけ方がわからない。
基本的に壮絶な努力の末にしか強い能力は成り立たないんだなって思う。レズリーは知らん。
「おっと、名乗り忘れてたよ。私はソレイユ。隣の苦労人は助手のサントス君だ。よろしくね、塊くん」
今名乗るの? 大分遅いよ。俺のことは徹底的に塊くんと呼ぶつもりか。もういいよ、名乗るのは諦めるよ。
「右手もやってみよう。付け替えて……流しておくれ」
右手でやっても変わらないと思うけどな。治癒が使えないこと以外は。治癒魔法の素になる魔力を左手からしか出せないんだよ、俺。
「なっ!? こ、これはどういうことだい!?」
見たら、紐の半分が千切れてなくなっていた。おい待て待て待て、まだ知らないのがあるの? きついよ……どんだけ開拓すればいいの……。