四十三話: 感傷
たっぷり休んで翌日、チナテラトの真ん中にある魔法研究施設に行くために準備を進める。だがこの国は広く、全速力を出しても夜になる。
回ったいくつかの宿も国の端にあるものでしかない。真ん中に行けばかなり宿の数も増えるだろうが、受け入れてもらえる確率は一律だ。
まあ、行ってみればあるかもしれないよな。考えるだけで動かないままでは何も始まらないのだ。
とは言え、夜までぶっ続けで走るのはまず無理だし、そもそもここは町なんだから爆速で走ってはいけないと思う。
かと言って馬車みたいな乗り物は受け入れてもらえない可能性が高い。これ詰んでね?
「どうしようアズサ、研究施設に行くまでめっちゃ時間かかる……」
まだ始まってすらいないのに途方に暮れてしまった。さっきの決意何だったん?
「お困りのようですね、どうかされたのですか」
小柄な少年が俺に話しかけてくる。深く帽子を被っていて目元はよく見えない。
「あの……どなた? 親とはぐれたの?」
「見た目で判断とは失礼な人ですね。これでも結構年いってるんですよ? それはあなたを差別する人と同レベルですよ」
それはマジで面目ない。メルティスさんの時と似たような失態を犯してしまった。いい加減学べ。人っぽい魔物もいるんだよ、この世界には。
いや、それ魔物って呼んでいいの? 魔物って人に仇なすようなものじゃないの? 人と話せても話せなくても魔物の一括りにされてる気がする。
差別意識が高えよ、この世界は。
「子供扱いしてごめんなさい。実は、研究施設に行きたいんですけど、どうしても時間がかかりそうで。この目のせいで乗り物にも乗れそうにないんです」
隠せばよくね、とも思ったが、残念ながら隠したところで普通に怪しがられて確認されてバレるので無理だ。俺の情報は広まりだしているからな。
「わかればいいのです。なるほど、ならば抜け道を知っています。あなたは足が速いのでしょう? ならバレないところで走ればいいでしょう」
そう言って俺の周りを、腕を組んで歩き出した。周りを気にせずに走れる道があるならぜひ有効活用させてもらいたいところだが。
「まあ、危険度が高いので行くなら自己責任ですが、どうしますか」
「どうせそれしかできないと思うので、抜け道を教えてください」
その言葉を聞いて、小柄な男は何も言わずに歩き出した。俺達はそれについていく。そのうちたどり着いたのは下水道だった。
「抵抗はあるでしょうけど、そこまで汚くないので頑張ってください」
そう言って下水道の中に俺達を導く。中に入ったのだが、あまり臭いなどはせず、ただ暗いだけだった。
「なんとか早めに行けそうだな。なあ、今岩も枝もないからさ、磁力で浮かせていい?」
「うん、いいよ」
アズサの体に手を近づけ、ふわりと浮かせる。そして走り出す。引力と斥力を同時に出しているので、ごっちゃにならないように細かく調整する。
浮かせた状態をキープするのはなかなか難しいのだ。その状態で走れというのだから、難易度は高い。
おまけに、雷で周りを照らせるとはいえ、遠くが暗くて見えないので前方不注意になりやすい。障害物があったら避けられないだろう。
気を張り巡らせながら、時々水に足を取られて転んだりしながら下水道の中をどんどん進んでいった。
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しばらく走った後、体力が尽きたので一旦休憩を取ることにした。とは言っても、こんな場所でご飯を食べることなんかできないので、夜まで空腹だな。
「ねえテンリ君、これ……」
しばらく休んでいたら、アズサが何かを発見したらしい。壁の中に小さいものがはまっているのが見えた。
「何だこれ……なんか魔力を感じるんだけど」
隣に何か書いてあった。人工回路193番? えーっと……つまり人工の魔力回路ってことなのか? よく目を凝らしてみると、小さな赤と緑の光があった。
水の流れからもほんのりと風のエネルギーを感じた。何気ないところで魔法を使っているのだろう、この国は。
じゃあ赤は炎なのかな? 煮沸消毒なんかで使ってそうだ。この国にはもっと色々なことに魔法を使っているのか、と考えるとワクワクしてきた。
「ある程度休んだし、そろそろ行こうかな」
「じゃあ、またよろしくね」
再度走り出した。よく周りを見てみると、回路がいくつも埋め込まれていて、この国の技術力を感じさせられる。
俄然興味が湧いてきて、研究施設までの足取りを速めるのだった。
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小さな穴から顔を出した。人気のない路地裏に繋がっていて、そこから体を出し、俺達は下水道を走りきった。
体が結構濡れてしまっていたし、腹は減ったし、慣れないことをしたから精神的にもきつい。
魔力の調節は脳が多大な影響を受けるので、アズサを岩とかに掴まらせて楽をしていたのだが、今回はできなかった。
昨日と同じ、いやそれ以上だ。辺りも暗いし、ご飯食べて体を休ませたい。
宿屋……探さないとな。
「ねえ、もしかしてテンリなの?」
聞き覚えのある声がして後ろを振り返った。そいつは、白衣を着て、眼鏡をしていたが、あの頃から変わっていない。
目の前にいたのは、デリオラだった。
「デリオラ!?」
「えっ? デリオラ君なんでここにいるの?」
「やっぱりそうなんだね。久しぶり。実はね……」
デリオラは家族から強制的に連れ戻された後、この魔法をなんとかして人の役に立てたいと思って色々と考えていたらしい。
その結果、チナテラトの研究が一番肌にあっているという結論に至り、勉強して、ここで働けることになったそうだ。
「色々頑張ってたんだな、デリオラも」
「そうそう。色々と発見があってさ。立ち話もなんだし、どう? おすすめの店あるんだけどさ」
即断即決。腹が減りに減っていたのでその店で食事をすることにした。連れられ入ったのはおしゃれなところだった。
「いらっしゃいませ……デリオラ様ですか。よく来られますね。その方達はどなたで?」
「元ルームメイトさ。よく話してたじゃない」
席に座らされ、一杯の飲み物が差し出される。普通の水だった。メニュー表も差し出され、とりあえず魚料理を頼んだ。
「それで、デリオラは今どんな感じ?」
「まだまだ新人だけど、我ながらいい仕事はできてるつもりだよ。そっちは、アズサとここで何してるのさ」
「色々あって、色んなとこで代行者として旅してる」
その話を興味深そうに聞くデリオラ。様々なことを知ったり、人にあったり、魔物を倒したりした話を色々と語った。
昔から、デリオラは寮の中の相談役として色々な人からお悩み相談をされていた。
「私達ね、変な通り名ついちゃってて恥ずかしいんだよね」
「いいではないですか。それは名誉の証ですし、少しばかり、若気の至りとして粋がってみるのも悪くはないのでは?」
アズサが出した話題に、店主が反応する。意外と話せそうな人だな。俺でもいけるかな……ちょっとチャレンジ。
「そんなことしたら、俺は結構変な偏見持たれちゃうんですよ。目が関係して」
「あなたはオッドアイなのですか。それはしょうがない。謙虚に頑張ってください」
そう言って、俺とアズサに瓶を差し出した。何だこれ。
「サービスです。お酒ではないのでご安心を。それは体にいいので。代行者は体が資本です」
すごい気配りのできる人だな。そう考えていたら他の人のところへ話を聞きに行っている。周りも見えてる。
「じゃあ後は僕らだけで話そっか」
それから、デリオラの身の回りの話だとか、こっちの身の回りの話をして、楽しんだ後この店を出た。
「宿屋取っといたから。研究者の権力って結構強くてね」
デリオラはそう言ってニンマリと笑う。しかし、そこに至るまでには想像できないほどの勉強が必要になるだろう。
悪どい笑いの裏に壮絶な努力を勝手に感じていたら、デリオラが問いかけてきた。
「ねえ、本当にお前は傷ついても大丈夫なの? テンリ、お前はお前が思っている以上に弱いよ」
そして次はアズサに問いかける。
「アズサ、テンリとの旅、楽しい?」
「はい。それはもうすごく」
そして微笑んだ後、デリオラはアズサに何かを耳打ちした。俺にはよく聞こえなかった。
「テンリは結構敏感なのはわかるでしょ? だから、しっかり支えてあげてね。
「あ……違います。支えてもらってるのは私なんです」
「そうかい、じゃあなおさらだね。恩返ししなくちゃ。たまには言葉で感謝を伝えるのもありかもね」
そうして、デリオラは背を向けてどこかに歩いていった。久しぶりに話せて楽しかった。他の皆はどうしているかな。特にアレクなんかは。
そんな事を考えながら、デリオラが確保してくれた宿屋に向かう。めっちゃ嫌そうな顔をされたが、入ることができた。
さて、明日に向けて体を休めないと。とりあえずまずは風呂に入ろうか、とかも考えたが、アズサに先を譲った直後に耐えられなくて寝てしまった。
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テンリ君が寝ている。お風呂から上がったら、デリオラ君に言われたみたいに感謝を伝えようと思っていたのだけれど。
いや、卑怯だが言ってしまおう。どうせ耐えられなくなるのが目に見えている。寝ているテンリ君にそっと囁いた。
「いつもありがとう。私を助けようとしてくれて、私でいさせてくれて、ありがとう……」
二つの感情が心を支配する。一つは私にもわからない。二つ目は、どうしようもない罪悪感。感謝を述べたからこそ溢れ出てくる。
枕に顔をうずめた。きっとひどい顔してるから。それでも涙は出ない。
「ごめんなさい……ごめんなさい……」