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四十二話:何もわからない

 攻撃前の隙を狙って足を踏み出した瞬間、背中に重い何かが当たり、激痛に襲われながら地面に仰向けになった。


 治癒をかけ後ろを向いたら、ネームレスが俺を踏みつけていた。何でだ? だって目の前にはまだ攻撃の用意をしているネームレスがいる。


 分裂? そういう異能を持っているのか? とにかく、反発させて起き上がった。


「ほう、俺の体重を押し返すか。だがもう遅い」


 俺を踏みつけたネームレスを切りつけたところ、歪んで消えてしまった。その時、後ろから圧倒的な圧を感じた。

やはり後ろで準備をしていたネームレスが攻勢に出たか。


 振り向き、ネームレスが迫っていることを確認してすぐに反発して攻撃を避けた。だが、それも歪んで消えた。嫌な予感がした。これまさか、偽物の二段構え……


「詰みだな」


 頭を殴られ、一瞬で気を失ってしまった。まさか、瞬殺されるなんて……。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 いきなり襲われ、事は一瞬で終わってしまった。アズサはそれを見て恐怖する。だが、ネームレスに恐怖したわけではない。


「娘よ、命まで取るわけではない。さっさと去れ」


 頷くことしかできない。そうしなければ死ぬ、そんな確信がアズサにはあった。しかし、アズサは呪いのせいで連れて行けず、その場で佇むしかなかった。


「そうか、そうだったな……」


 意味深な言葉を残し、ネームレスは消えた。まるで蜃気楼が目の前で消えるかのように。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


「テンリ君! テンリ君!」


 何度も声をかけられ、俺は起きた。


「ネームレスは!?」


 辺りを見回したが、ネームレスは一人もいなかった。一人を数人としてカウントするのはおかしいのだが……。目を開けてみれば、アズサは気の抜けた目をしていた。


「よかった……よかったぁ……」


 ただ、何かをすごく喜んでいた。多分、俺が生きていたこと、そうだと信じたい。でも、そんなに命の危険にさらされたわけではなさそうだ。気絶で済んでいる。


 リター達のことが気になって群れに向かってみたのだが、浮かない顔をしていた。


「ごめんなさい。オークは倒しました。でも、その後誰かに襲われて……」


「ああ。そいつがここに来たから、それはわかっている。あれは無理だ。どうしようもない化け物だ」


「そいつがね、違う場所に住めっていうのよ。ここと同じような土地だったから別にいいんだけど、一体何のために……とにかく、ごめんね」


 俺が弱かったせいか……そう思ったところでどうしようもない。そこを後にすること以外俺にはできなかった。


 何で襲われたのかも、何故あの場所を欲しがるのかもわからないまま、また走り出した。


「ごめんね、テンリ君。私、何もできないや」


「え? そんなことないって。俺とは違う戦い方があるし、いるだけで……あっ」


 途中でとんでもないことがこぼれ出そうになって焦った。……アズサ、いくらなんでも自己肯定感が低すぎる気がする。


 一体どうかしたのだろうか。それを聞くことはないまま、野草の群生地に向かう。しばらく走っていたら見えてきた。


 黄色の花がたくさん生えているが、花は毒なので採ってはいけない。葉っぱだけを持って帰らなければならない。


 しかし、この花どこかで見たことがある気がする。前世で見た花の中に何か似たものが……


「タンポポみたい……」


 そう、タンポポ! あれ? アズサなんでそれを知っている? そう言えば俺アズサに聞こうとしてたんだ。別に隠す必要があるわけでもないし、いいだろ。


「アズサってさ、日本人だったりする? 違ってたら聞き流してくれていいんだけど」


「日本って……なんでテンリ君知ってるの?」


 考えられない言葉が出たようで、疑問を浮かべている。知っている理由は、一つしかない。


「だって俺、元々日本人だから」


「え?」


 アズサは、名前、ハリネズミやり電車、タンポポを知っていたこと、それと容姿の問題で、俺の中でアズサは日本人だと確定させていた。


「うん……そうだよ。私は正真正銘日本生まれ。こんなに仲良なれたのもそのせいかもね」


 お互いに案外すんなりと受け入れている。でも、そうだと知ったら気になるものだ。


「アズサはさ、この世界のことどう思う?」


「どうって……うーん……私は嫌な場所だと思う。でも前と似たようなものだよ」


「じゃあ苦労してんだな。この世界の生活きついもん。オッドアイとか関係なくさ、新しいとこで暮らすのって難しいよな」


 ここに来て初めて同郷の人間に会えたということで、色々溢れてきてしまった。


「いや、俺結構きつい人生歩んでたと思うよ。まともに食えないし、友達いないし」


「一人って悲しいよね。その気持ちよくわかるんだ」


「意外だな。でもさ、あの時はまだやりたいようにできてたよ。色々無茶もしたし、遊べたし、死んだときもそうだ」


 よりよい未来を目指す、それはなんらあの頃と変わってないけどな。普通の人生を歩んでみたいよ。


「やっぱり、死んでここに来たんだね」


「うん。ハチ公前で待ち合わせしてたら暴走トラック突っ込んできてさ、人庇って死んじゃった」


 その言葉を聞いた時、本当に悲しそうな、驚いた顔をして俺を見た。まあ、轢かれるって結構グロいからな。想像させてしまっただろうか。


 会話をしていたらいい感じに薬草が集まった。そろそろいいんじゃないかな。


「そろそろ行こうか」


「そうだね。そうしよう」


 走っている最中に、アズサが話しかけてきた。


「テンリ君、私はあなたと仲良くなれてよかったと思うよ」


 そんなことを言ってきた。そう言われると嬉しいものだ。アズサは微笑みかけてきた。でも、それは作り笑いだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 さて、ついに到着だ。チナテラト、アルライムほどではないが、今まで旅した二つの国より遥かに大きいので結構長い滞在になるだろう。


 入国は依頼表を見せたらやっぱりすんなりと入れた。まずは依頼主に薬草を渡さないと。結構大きいお屋敷だったのですぐに着いた。


「すみません、依頼で、薬草を渡しに来ました」


 門を護衛する男の人にそう言って通してもらった。扉を開けると一階で男性が待っていた。この人が依頼主だろう。


「おお……これは頼んでいた草ではないか。これで商品は問題なさそうだ。あ、君達もう帰っていいよ」


 俺の顔を見て目が死んでいた。お礼もなく、俺達を追い出してしまった。やっぱりこの国でも歓迎されない。


「お礼の一つは欲しかった。いや、欲張りすぎかな……アズサ?」


 話しかけても上の空で、声が届いていないようだった。しばらく話しかけていたら気がついたようだ。俺を見て話しかけてくる。


「あ、テンリ君ごめんね。どうかしたの?」


「いや、何か考えてたみたいだからどうしたのかなって思って」


「大丈夫、なんでもないよ」


 まただ、また作り笑いだ。旅を始めてから笑えていたのに、今日からいきなりだ。


 ーーよく考えたら、俺はアズサの表情をほとんど知らない。笑っている顔と思い詰めている顔しか知らない。


 俺はもしかしたらアズサを全く知らなくて、全く何もできていないのかもしれない。拠り所になるなんて……情けないな、俺。


 いけない、あんまり重い雰囲気は好きじゃない。何かいい話題でも出さないと。


「そういえばこの国は研究成果が開示されてるらしいから色々知れるっぽいな。治癒についても色々と知れるかな……」


 治癒について今まで学んだのは、完全に極めると即死以外の怪我はもちろん、疲れやあらゆる状態異常も全部治せるという。


 極めるには、威力を上げる必要がある。そもそもの話、俺の治癒の効果が弱すぎるということだ。だから効率を上げたり、魔力総量を上げなければならない。


 これは……重い鍛錬を積む流れか……一応やってるんだけど、もっとハードにしようかな。


 とりあえず数軒回って泊めてくれる宿屋があったのでそこに荷物を置く。今日は走り回っただけでなく、他にも色々あったので疲れた。


 少し休むとしよう。布団に入ろうとした。


「テンリ君、ちょっとその辺りを歩いてきていい?」


「ん? なら俺も行こうか?」


「いや、一人で行かせて」


 そうきっぱりと言われ、アズサは外に出た。そんなに強く言われたら俺にできることはないので、仕方なく眠った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 上手く隠せてるかな……笑えてるかな……駄目だろうな。私も顔に出やすいらしいから絶対にバレてる。


 もっと口角は上に? 目はぱっちりと? 声のトーンはどの位?


 考えているうちに、膝から崩れ落ちていて、立ち上がることができない。あれ? 私ってどうやって笑ってたんだっけ。


 絶対嫌だ。バレたくない。いくらテンリ君が優しいからって、全部頼り切ってはいけない。信じたとしても、もしかしたら気持ち悪がられるかも。


 そうだよね。こんな上手く笑えもしない、隠してばかりの最低な女なんか。絶対釣り合ってない。それでも離せない。


 笑わないと。事実は隠さないと。テンリ君が心配する。悲しませてしまう。友達が、普通の日常が、大切が消えてなくなってしまう。


 なんでこんなに心配してるの? どうせいつか終わってしまうのに。


 私どうしたらいいの? 私何がしたいの? 私ってなんなの?

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