四十一話:陰謀
穏やかなサリナムでの生活、それもそろそろ終わりを告げる。本に書いてあった分の古代語を写しきったのだ。最初に買った分の紙じゃ足りなくて、大量に買い足した。
この国で一週間近く本を読んでいたと思う。自分でも驚くほど活字を読むことが楽しかった。まともに本を読んだことがないからだろうな。
「アズサ、そろそろ行こうか」
「そうだね。大分長いことこの国にいたよね。楽しかったな……」
名残惜しそうな顔しないでくれ、ここを立ち去りづらい。でも、確かに楽しかった。改めて、自分を認めてもらえるありがたさを知った。
「テンリ君、次はどこに行く?」
「無難にまた隣でいいんじゃないかな」
隣りにあるのは、すでに行ったカームを除いたらチナテラトって国とサバムって国の二つ。
東側から巡りたいので、左にあるサバムはやめておこう。ならば次の行き先はチナテラトだ。ここは……魔法の研究が盛んなのか。
魔法を使うことについて学ぶ学校とは違って、魔法でさらに何ができるかを追求するのがチナテラト、か。
魔法で割と戦闘力が高い国のようなので依頼を受けた方が入りやすいな。この街の組合に行くか。
貼り付けられていた依頼は、あまりなかった。この国はあまり魔物から被害を受けていないからだ。だから隣国の依頼が中心になるのだが……。
あんまり危険な依頼がない。ホワイパーがいなくなって代行者が活発になったらしい。そんなに睨みを効かせてる魔物だってことを先に教えてほしかった。
いや、オッドアイだしそれは無理だったかも。……待って、ヤエルさんがピンポイントでこの依頼を探してたのってこれが理由かもしれない。
だとしたらかなり周りが見えてる人だぞ、あの人。
中ではなく、外に依頼表があった。だから割と混んでいなくて、すぐに依頼を受けることができた。
今回受けた依頼はどうということもない薬草採取。ある商人が、医薬品の原料となるので、持ってきてほしいということらしい。
依頼前に会うのではなく、依頼を終わらせてから来いと書いてあった。取ってくる薬草の絵も付いていて、わかりやすい。
ランクはE、報酬額は600万テルだ。急ぎでお金が必要なわけでもないし、これでいいだろう。
群生地も描いてあるし、サクッと終わらせてしまおう。早速いつも通り木の枝を、最近岩が見当たらないな……まあいい。それにアズサを掴まらせてダッシュ。
しばらく走っていたのだが、なんだかおかしい。血が点々とこびりついている。そう言えば、俺まだトラウマを克服しきってないな。
あれから先端恐怖症は治りつつあるが、肉と冷気はまだだ。冷気はスイーツを食えなくなるのでさっさと直したいと思う。
こびりついている血を見て、何なんだと思いながらも走り続けていく。そしていくらか時間が経った頃、その血を出した原因を見つけた。
狐のような魔物が、一体は傷付いて倒れていて、もう一体は疲れて横たわっていた。俺を見るやいなや、疲れていた一体は体を起こし、威嚇する。
口元がボロボロだ。多分もう一体を咥えながらここまで運んできたのだろう。なんだかじっとしてられなくて、二体に治癒魔法をかけていた。
「キィ?」
何をされているのかわからないという様子で魔物は首をかしげている。滅多に治癒なんてかけられないだろうから、そりゃそうだ。
二体ともすっかり良くなって、二体とも安らかに眠っている。しかし、この魔物は一体どこから来た?体が小さいので、群れがあるはずだ。
「アズサ、依頼より先にこいつらの群れを探そうと思う」
「うん、それが一番いいと思う。ほっとけないもんね」
というわけで雷を読み取った。これに探知という名前をつけようと思う。大量の反応があった場所がいくつかあった。
しらみつぶしに探していこうと思う。読み取れるのは半径300mいないだからあんまり遠くないはずだ。
この狐のような魔物はリターという魔物だ。牙と爪と速さで戦うらしい。数匹の極端に知能が高いリーダーが群れを率いるらしいので、多分交流できる。
事情を話せばわかってくれるだろうから、俺が今リター二体を抱えていることに対して誤解されることはないだろう。
……問題が出てきた。片手で枝とアズサを支えているせいで右腕が凄まじく疲れる。まずい、早く見つけないと腕が……。
一つ目……違う、虫の大群だ。害はない奴だったはず。二つ目……違う、鳥の大群だ。三つ目……これだ! まさしく狐だ。
近づいた瞬間、唸り声が聞こえてきた。そりゃそうだよな。二体も仲間を抱えてるもん。いや、人間って時点で大分厳しいかもしれん。
「人間、何用だ」
三体ほど二足歩行をするリターがいた。多分極端に知能が高いってのは彼らのことだ。
「いえ、この二体が疲れ果てて倒れていたのと、傷ついて倒れていたのでここまで届けに来たんですけど」
警戒していた顔が少し緩む。どうやら認めてもらえたようだ。オッドアイで差別されることは流石になかった。あれは人間だけの問題だ。
「そうなのね、珍しい人間だこと。虐げる人間はいても助けてくれる人間はそうそういないわ」
「貴様、困った者を放っておけないタイプか。なら一つ頼みがある」
あれあれ? あらぬ方向へと話が進んでる気がするぞ……まあいいか。少し聞いてみるとしよう。
「儂らは今、他の種族から侵攻を受けておる。それぞれが住む土地は決めておったのに、それを勝手に破った種族がおってな」
「なんだか強くなってる上に正気を失ってるみたいで。だから正気に戻すための戦力が欲しいところだったの。協力してくれないかしら」
なるほどな……別にいいか。魔物にも手を貸す位優しいって広まるかもしれないし、やっぱり放っておけないし。清々しいほどの偽善だ。
「いいですよ。ちなみにどんな種族なんですか?」
「人がいいことだ。オークだな」
オーク、豚が人になったみたいな奴か。穏やかな性格だって図鑑では言ってたから、それが他の種族を襲うって、相当正気を失っていることになる。
そう大して強い訳では無いはずだったから、サクッと終わらせてやろう。ここから東南方向に群がある。その意識を叩き直してやろう。
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『キンレンカ、いいのか? お前が狙ってる土地、こっちが手を出さないと奪われそうだけど』
『いいわけないだろ。あそこは最重要だ』
『じゃあ殺す?』
『いや、あれはオッドアイだからな、慎重にいくべきだ。だが、事はそろそろ起こさないとな』
そう、任務が終わって自由にしていたあいつが、おあつらえ向きな場所にいやがるからな。帰ってこないと思ったら、そこにいたか。
道具としての責務、果たしてもらおう。
『とにかく、お前の部下を一人送っておけ。様子を見る。殺さずあそこから引き離せ』
『了解』
さて、久々にあいつに命令を下すとするか。
『おい、お前に新しい任務だ。どうにかしてこの経路でオッドアイを誘導しろ。そしてここについたとき、殺せ』
『えっ、で、でも……』
『口答えするな、殺すぞ』
ちっ、道具の癖に、イライラする。あの土地だって、こんな回りくどいやり方せず、さっさと生態系を滅ぼしておけばよかった。
まあいい。とりあえずオッドアイだ。ゆっくり、確実に殺してその力を奪ってやろう。
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オークの群れを見つけた。目が濁っている。レズリーがマインドコントロールしていた奴らに似ている。とりあえず、一発かましとけばなんとかなるだろう。
「ナンダ、オマエ」
「ただの通りすがりの助っ人だよ!」
上手くトラップを設置し、しばらく待って発動。動きが鈍重なため、俺とは相性がよかった。
「私の出番、なかったね」
確かにそうだな。上手く群れ全体を気絶させることに成功した。だが、何故かそれで終わってくれなかった。
上からものすごい勢いで人間が振ってきた。全身を鎧に包んでいて、重かったためか風圧がすごい。何だ、お前、さっきのオークと全く同じことを言ってしまった。
「俺か、名前なんかない。そうだな、ネームレスとでも呼んでおけ」
そして俺に斧を向けて言い放った。顔も兜に隠されていて、どんな表情なのかわからない。
「お前を、ぶっ飛ばしに来た」
「……何でいきなりそんな目に遭わなくちゃいけないんだ」
「リターのが住んでいる土地が欲しいからだ」
いきなり何なんだよ、何でオークに続いてお前まで……仕方ない、実力行使、戦って勝つしかない。
剣を構え、斧に対抗する。こっちも助っ人をしている身として、負けるわけにはいかないのだ。
「行くぞ」
鎧の男はそう言って、攻撃の準備をした。予備動作が大きい、そう思って突っ込んだ。だが、それは大きな間違いだった。