四話:目覚めを刻めよ
「どうしてこうなった……」
アルライムの王、ジカイナ・アル・ライムは困惑していた。何故我々は森のヌシ、タンギレンに襲われているのか、と。
こんなことなら、オッドアイの気を荒らげないためとはいえ、最低限の護衛だけ連れて行くんじゃなかったと後悔している。
一国の王として、周辺の環境の調査は怠ったことはなかった。こいつが凶暴になるのは秋のはずである。だが今は春。仮に秋だとしても、音を出しただけで襲いかかってくるほど凶暴ではないのである。
「だが、起きたものはしょうがない。どうにかするしかない」
責任を感じていた。自分がこの事態を引き起こしたことに。だからなるべく自分の手で決着をつけようとする。後ろの少年には負けそうに見えているようだが、秘策はあった。
「貴重だが、やむを得ないか」
それを取り出そうとしたが……
「どうしたらあんたみたいになれる?」
いきなり始まる少年との押し問答。そんなことしてる場合か、と思うが、自分の思うことを伝える。その直後、明らかに少年のそれぞれ色の違うその目が澄んでいくのがジカイナには感じられた。
後ろで立ち上がった少年が彼には頼もしく見えた。彼から発せられるその力をはっきりと感じ取る。彼は秘策を託してみることにした。どうせ強くさせるつもりだったというのもあるが……
幼き日を思い出す。壊される国、それを守り、自分を、人々を救った英雄を。彼が立ち上がるその姿を。
彼には、目の前の人類の敵が、かつて自分を救った英雄と重なって見えた。
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「お前、何勝手にしている!逃げる気か!」
別に逃げるわけでな無いのに……俺を取り押さえるこいつをなんとかしなければ。
「よい!好きにさせろ!」
「しかし……いや、王の仰せとあらば」
王が自由に動けるようにしてくれた。それは感謝だが、だからといってこの状況をどうにかできる力は俺には無い。
そんなとき、王が何か投げつけてきた。投げつけられた何かを俺は手に取る。小さい。石?
「秘策を託す!握って砕け。この状況を終わらせろ」
まだこの世界の事をよくわかっていない。握って砕く?それで何が起きるのか。知りたい。その一心でそれを砕いた。
世界が変わったようだった。俺の体を何かがほとばしり、感じたことのない力を感じる。
「雷が……吹き上がっている!?開いた!魔法を習得しおった!」
王が子供のようにはしゃいでいる。これが魔法……それじゃあれは魔法を誘発する何か……これから俺にも、魔法が使える!?
「魔法に固定概念はない!イメージしろ!どのように攻撃するか!」
撃ち方は各々の思うままってか。そうだな……ヌシには近づかれたくない、激昂して周りを吹き飛ばしているから、吹っ飛んだ瓦礫に当たるかもしれない。
だから遠距離から飛ばす。しかしなかなか当たらない。よく考えたらそれはそうだ。初めて使ったものを制御しろって言ったって無理だ。
手当たり次第に撃つしかない。一度に数発撃てば当たるかもしれない。全ての指の先から撃つのはどうだろうか。指の先から10発撃つ。これならできると思ったが……
撃ったその瞬間ヌシは向かってくる。数発当たったが、弱すぎた。びくともしない。撃った後の隙で避けきれず、一撃が体をかすめる。ただそれだけで吹っ飛ぶ体。痛い。だがまだ戦える。
吹き飛ばされ落下し、立ち上がろうとしたとき、何故か地面から雷が吹き出す。なんで……雷が……これじゃ自爆……いや、待てよ、これ使えるかも。
今のところ、ヌシは動きは単調だ。さっきみたいに考えなしに撃つことをしなければ多分あっちの攻撃は当たらない。
それに、俺の電撃の特徴を見つけた。
「その場にとどまり、衝撃か何かを加えると再度雷魔法が発動する」
といったものだ。ふっとばされて着地したときに自爆したのは多分そのせい。同じ属性で相殺しあったのかあまり痛くはなかったが、かなり威力が高いようだ。
あのヌシは、正面から立ち向かって勝てる相手じゃない。だから考えろ。持てるものすべて使え。理不尽とはいえ、新しい人生こんなすぐに終わらせる訳にはいかない。
何か一発、あのトラップを当てる方法はないか……
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……残りの体力、雷の性質、これらを加味して答えが一つ出た。ただ、リスクが大きい。成功するだろうか……いや、思いついたならやるしかないんだ。
俺はヌシの特攻と休んでいる一行に気をつけながらあたりに魔法をぶっ放しまくる。王はまだ動けそうだが。あたりの木は砕け散る。だからもちろん音が鳴る。狙うのはヌシの激昂。
「グギャアオオオオオ!!!!」
予想通り、キレた。これで動きがさらに単調になった。だが動き自体はさらに速くなる。
……ここが正念場、足元に向けて大量の電撃を放つ。これを全部再発動して倒す。
さあ、最後の仕上げだ。さっき試したが、再発動する電撃は威力が高いが、普通に撃つ魔法があまり強くないから、うまく仕掛けを発動できない。
それにヌシはやたらめったら辺りを破壊するが、地面に叩きつけるような攻撃をしない。だから物理的衝撃と電撃を自分の力で同時にぶつける必要がある。
そのために何をするか?落下衝撃を利用する。わざとさっきと同じようにヌシの攻撃を食らう。つまりかすらせるだけだ。
まともに食らったら多分死ぬ。だが、かすらせただけでも、激昂してパワーアップしている故、耐えられるかどうかわからない。そこは俺の根性次第だ。
「グゥアアアアア!!!!」
再発動可能になるまでもう少しかかる。だが関係なくヌシは迫りくる。すさまじい速度の拳が通り過ぎる。空を切る轟音と吹き上がる風圧で恐怖に囚われそうになる。
ギリギリ避けられているが、怖くて腰が引けて、避け方は格好が悪い。でも逃げるつもりはない。生きる選択を捨てるわけにはいかないのだ。
再発動可能になる時間が来た。同時に俺の命運を賭ける時間でもある。来るのだ。その拳が。覚悟を決めなければ。
まともに食らったらただじゃすまない。でも調整は終わってる。激昂し、それによって適当な電撃で特攻の軸を絞れた。そのまま、自分の体をずらしながら攻撃を喰らう。
仕掛けの真下で攻撃が炸裂し、体は宙に舞う。意識はギリギリ保っている。
だから撥ねられたあのときとは違い、死ではないものを確信している。 俺の体力はまだある。高い位置にも移動できた。ヌシは、やりきったと油断している。
俺が確信しているものは、
「俺の、勝ちだ!」
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残っていた兵士とジカイナは天理の戦いを見ていた。彼らとしては感服の一言であった。
魔法はある程度訓練してようやく習得できるものであるが、強い思いでも習得できることがある。ジカイナはそれにいち早く気づき、その思いを認め、天理に魔法を増幅させる石を託した。その成果は上々であった。
天理は雷魔法に目覚めた。天理が覚醒した時点で、自分の手助けしつつタンギレンを倒すプランに変わっていた。だが天理は今にも勝利を掴み取れそうなのだ。
それも無茶な賭けに勝ってである。手助けを忘れて呆然と見てしまっていた。
「博打に博打で返すか!」
ジカイナは魂が震える思いだった。こんな人間、そうとはいない。やはり自分の目に狂いはなかった。
「貴様の名は何だ!余の魂に刻め!」
気が付いたら、ジカイナはそう叫んでいた。
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俺は滞空中にいきなり叫ばれ困惑する。自分はそんな大層な存在ではない、特段この世界ではただの嫌われ者だ。だが、自分の存在に誰かが期待してくれるなら答えなくてはならない。
「俺は、遠山……いや」
違う、俺は今までの自分ではない。神の言っていたことを思い出す。生まれ変われ、か。ほんの少しばかりこの世界の理不尽さを知って覚悟はできた。俺はもうこの世界の住民だ。だから、名乗る名は……精一杯叫ぶ。
「俺は、テンリ・トオヤマだ!!!」
天理の、テンリの掌は電撃をまとい、仕掛けに向かって叩きつけられる。
目を覆わずにはいられない光が、その目に、魂に刻みつけられる。
ここからが本当の始まりです。