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三十九話:普通の日常

 次はどこに行こう。無難に隣の国でいいかな。ええっと、隣はなんだっけ……?


「テンリ君って、なんであんなに勇気が出せるの?」


 勇気? 剣の話か……でもあれ、別に俺が頑張ったわけじゃない気がする。


「今までの経験が勇気をくれただけ。アズサもその一部だ、ありがとな」


「え、不意打ち……どういたしまして……」


 こんなに穏やかな会話をするのは久しぶりな気がする。なんだか、心が満たされてる気がする。なんでだろう、普通に話してるだけなのに……。


「でもさ、ずっと頑張ってたら人はおかしくなっちゃうよ。頑張るのもいいけど、たまにはゆっくりしよう」


 ゆっくりする、ね。そうかもしれない。数日間戦ってて心が疲れてるかもしれない。カームの右隣はうってつけかもしれない。


「じゃあさ、このサリナムって国はどう? なんか色々な芸術品とデカい図書館が目玉の国みたいだけど」


「図書館!?」


 図書館、その言葉を発した瞬間アズサがめちゃくちゃ目を輝かせてきた。


「行きたい行きたい! 私本読むの大好きなんだ」


 なるほど、この提案はバチクソにハマりきっていたようだ。そうと決まれば直行だ。木にアズサを掴まらせ、走り出す。


「それにしても、俺達何回こうやって移動してきたんだろうな」


「私も慣れたから、今はこうしてスイスイと移動してるのが楽しいよ。電車みたい」


 電車? この世界に電車はないぞ? やっぱりそうなのか? アズサは俺と同じなのか? 後で聞いてみるとしよう。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 サリナムに到着した。工芸品の店などが多く並んでいる。そして一番目を引くのが、遠くからでも見えるほど大きい図書館。もう図書館と呼んでいいのかすらわからない。


「大きい……すごく大きいよテンリ君! 一体どんなお宝が眠ってるのかな……」


「アズサは何読むつもりなのさ」


「恋愛モノ!」


 張り切って跳ねているアズサ、こんなにはしゃぐアズサを見たことがない。本当に本が好きなんだろうな。


「まあ、図書館には行くとして、その前にやっておきたいことがあるから、その後で」


 やっておきたいこと、それは依頼達成を証明する紙を組合に提出することと、ロードの毛皮を使って装備を強化すること。


 この国の組合の方が近かったからこの国で提出することにした。紙を組合に提出した。ついでに毛皮を鑑定してもらってロードも倒したことを証明する。


「なるほど、これはなかなかの快挙ですね。少々お待ち下さい」


 

 しばらく待たされ、何やら新しい代行者としての身分証明書を渡された。それを見ると、ランクが上がっていた。俺はB⁺に、アズサはBになっていた。


「マジか……」


 後一つで最高ランクだ……でも倒した数と代行者やってる年数が規定に満たないからまだ上がれないけど。三年やってなくちゃいけないらしいけど。


 さて、とりあえず依頼完了は証明し終わったので、次は……毛皮は剣には使えなさそうだ。服に使った方がいい。


「毛皮は服屋で作ってもらえるよ」


 そうなのか? ……そうだな。よく考えたら戦闘用の服とか売ってたからな。招かれるまま服屋へと入った。  


「いらっしゃいませ……っ?」


 入店するやいなや店員が目を丸くした。いつものやつだ、もう慣れた。どうせオッドアイにだろう。でも少し違和感がする。


「もしかして、あなたが"電光石火"様ですか? 本当にオッドアイ……」


 なんかいつもと反応が違う。なんだ? 真ん中の国って大国と比べて反応が優しい気がする。なんかこう、卑下した目で見るか、畏敬の目で見るかの違い。


 その店員の目は、尊敬と恐怖が入り混じった矛盾でしかない目をしていた。いや、成り立てばそれは矛盾ではないのだけれども。


 てか電光石火って何?


「あの……電光石火ってなんですか?」


「なんでもお客様の戦い方から名付けられたそうです。カームを中心に評判です。隣のお客様も、"狙撃手"の名で通っています」


 情報って恐ろしい。なんでこんなに早く広まるんだよ。本当に電光石火って何? 恥ずかしいよ。


「っ…………」


 アズサもだ、顔真っ赤じゃないか。だけど、通り名がつけられるようになっても、実際それを見たわけではないので疑いを持たれている。


 そりゃそう。人種差別は噂で消えるほどやわなものではないのだ。まあ、ここら辺は人種差別というより、ビビられてるだけだな。


 小国は戦力が低くてどうしようもできないからビビり、大国は戦力でどうとでもできるから差別、こんな感じだろうか。


 俺が一人で国を相手できないとバレたら小国も大国と同じ反応するんだろうな……。どっちにせよ、バレないうちに評判を広げておくのが吉か。


「じゃあ、これで服の強化をお願いしたいんですけど、いいですか? ロードの毛皮なんでかなりいいもの作れると思いますよ」


 いい素材を前にして黙っていられる職人などこの世にいないと勝手に思っている。ビビられているとしても、これ出したら信用してもらえるかな?


「わかりました。それでは強化する服をこちらに」


 そう言われ渡したのは王様からもらった服。あまり丈夫な服ではなかったけれど、加工しやすくなっているようだ。素材で強化したい俺の気持ちを汲んでくれたのかな?


 服をまじまじと見つめ、店員は言った。


「この服なら、強化完了は午後四時ほどになります。それまでお待ちください」


 そうして、服とロードの毛皮を抱えて店の奥へスキップで入っていく店員を横目に、俺達は服屋を出た。


「さて、これでやることも終わったな。アズサ、思う存分本を読もうぜ」


「やったー!! やった、やった!」


 本を読む、アズサはその言葉を聞き子供のようにはしゃぐ。どんだけ本好きなんだよ。


「早く行こうよ!」


 俺の一歩先を歩くアズサを見て、何故かとてもいい気分になる。思い返してみれば、こうやって仲間と遊ぶことなんてなかった。


 そうだった。俺はこんな普通の日常をずっと夢見てたんだ。満たされないはずがない。異世界という非日常な舞台で日常を渇望するものおかしな話だが。


 でも、異世界であると同時に二度目の人生なのだ。今まで味わえなかった普通の日常を、今だからこそ味わおうとしているのかもしれない。


 強くなる、それも楽しいけど、今ある幸せを噛みしめるのもいいかもしれない。いや、どっちも欲しいな。


 この幸せがずっと続けばいいのにな。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 図書館に入ると、なんかデカいシャンデリアとか、はしご使わないと届かない本棚とか、めちゃくちゃデカい本を読むスペースとか、そういう光景が広がってきた。


「すっげえ……」


「ここ聖地だよ……幸せ……はっ! 呆けてる場合じゃない、読めるだけ読まないと!」


 そう言ってアズサは目当ての恋愛モノを探しにどこかへ行った。しかし、こんだけ大きいのにめっちゃ静かだな。やっぱここは図書館って感じがする。


 さて、俺も読みたい本を探さないとな。俺が読みたいのは二つ。治癒魔法についての本と古代語についての本。


 治癒魔法は、分解と活性化が組み合わさってできている。毒とか分解したり、細胞を活性化させて怪我を治したり。


 分解を成長させれば、呪いも分解、解けるんじゃないかと思った。確証はない。ただ思いついたならやってみるしかないのだ。


 そして古代語。突拍子がなさすぎるかもしれない。治癒なら旅の目的に合っているからまだわかる。だが、何故古代語?


 答えは大分前にもらった秘伝書を読むためだ。古代語で書かれていて全く解読できなかった。ルーカスさんからもらった分の他に実はまだある。


 校長からレズリーと戦ったお礼として、二枚もらったのだ。計三枚、これを宝の持ち腐れにするのはもったいないし申し訳無さすぎるのでここらで覚えようかと思った。


 古代語を教えてくれる学校とかがないらしいので、独学しかない。骨が折れる。


 探し出したが、広すぎて数十分かかった。さらにそこからアズサが本を読んでいる場所を探すのにも時間がかかった。広すぎだよ、マジで。


 アズサは窓際で日光に照らされながら本を読んでいた。隣には山積みになった本の数々。その全てが恋愛モノだとでも言うのか。


 前髪を右手で抑えながら、穏やかな、満たされているような表情を浮かべてページをめくるアズサは、所作が整っていて上品に見える。


 なんだかアズサは日光に照らされていることが多い気がする。好きなんだろうか。ただ、日光とか関係なく彼女が輝いて見える。


 好きなことを思い切りやる、俺の理想の完成形のような姿。だから俺はアズサと一緒にいると楽しいのだろう。


「あっ、テンリ君もこっちおいでよ」


 隣に置いていた本をずらし、俺の場所を確保してくれた。しばらくの間隣で本を読んだ。こういう何気ないのが楽しい。


 だから俺は一時の感情に身を任せ、アズサに一つお願いをした。

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