三十五話:依頼を受けに
船へ行こうと思ったが、二人共昼飯がまだだったことを思い出した。あそこで食べないなら、さっき見つけたフィッシュパイの店でいいだろう。
列は少しで、早く終わりそうだ。並んでいる時に、少し気になって聞いてみた。
「なんでアズサはさ、そんなに俺の味方してくれるの?」
差別意識がないとこで生まれたとか言ってたけど、それでもちょっと擁護の仕方が大げさだと思った。いや、そうしてくれるのはもちろん嬉しいんだけども。
「あ、えっと、それは……」
一気にアズサの顔が歪む。何か変なこと言ったかな?少し似たような顔を見たことあるような気がするが、なんだっけ。
顔からして何か隠してるみたいだけど……とりあえず、この質問はやめたほうがいいな。
「お客様、ご注文を!」
ハキハキとした女性の声がした。初々しいというか、新人っぽいっというか、微笑ましい。
「フィッシュパイ二つお願いします」
「はい、かしこまりました!」
俺が注文したが、聞いてもらえたということは人間扱いしてもらえているということか。よかった。
しばらく待った後、出来立てで温かいそれを手に渡された。少し離れて、ひとかじり。
「がっ……!」
熱かった。中に熱気がこもってるタイプの料理を無警戒に食べたからこうなった。が、めっちゃうまい。隅々まで作り込まれてるっていうか。
この世界に来てから心が込もったものばっか食べてるな。
「おや、君達もそれを食べたのかい?美味しいだろう?」
振り返ったらさっき助けてくれた人がいた。確か……ヤエルって言ってた。
「数ヶ月前にあの女性が開いた店なんだけど、頑張りが料理にそのまま込もっているようでね、すっかり常連なんだよ」
熱くフィッシュパイに語ったところで、仕切り直した。
「失礼、僕の名前はヤエル・サンドス。代行者をやっているものでね、受けようとしていた依頼がなくて途方に暮れていたところさ」
受けようとしてた……それは悲しい。もうこの話題に触れないようにするために、俺が持っていた依頼の紙を少し覗いた。
「あれ、それ僕が受けようとしてたやつ……」
マジで言ってる?大戦犯やらかしてる……いや待て、これもしかしたら……
「あの、あなたもこれ、受けませんか?」
だって恩がある人にそれはひどいじゃん。だから恩が返せるならと思ってこれを持ちかけたが……
「本当?ならお言葉に甘えよう」
許可が降りたので、もう一回手続きをやり直した。臨時の仲間ということで、ヤエルさんも加わった。
依頼の紙とヤエルさんの存在が後押しして、なんとか船に乗ることが出来た。そのまま船に乗り込み、港を出た。
「じゃあ攻め入る時に呼んでよ。それまで適当に行動しているから」
船に乗った後にそう言われ、奥の方へと言ってしまった。何を考えているのかよくわからない人だ。
しかし、ヤエルさんはこの辺りで活躍するAランク代行者として有名だとわかったので、実力は確かだろう。とりあえず依頼実行については後にして、ひたすらに景色を見る。
キラキラ輝いていて、きれいだ。俺の人生もこのくらい輝いていたら……いや、輝かせるんだろう。一人で勝手に傷ついて勝手に決意する。
テンションがおかしくなっている。だって、
「アズサ、海ってこんな感じなんだ……初めて見た」
海を一度も見たことがなかった。生前何も知らず、今は自由に生きようとしているからこそ、見たことのないものに心を動かされる。
「テンリ君は本当に初めてが多いね。やっぱり初めてって楽しいものなのかな……」
アズサはちょっとブルーな気分になっている様子。人それぞれ色々と感じることがあるんだな。
ずっと景色を眺めていて、一つ思った。俺船も初めてじゃね、と。それはつまり、あれだ。……もう手遅れか。
「う……あぁ……」
そう、船酔い。あまりにも船に慣れないので凄まじく酔った。もう景色どころじゃなくて端っこでじっとうずくまってることしかできなかった。
「だ、大丈夫!?そのうち着くよ、袋もあるし……」
アズサも心配してくれたが、アズサは俺に触れず、背中をさすってくれる人がいないので全く気分の悪さを軽減できなかった。
そのうち着くとか励ましをもらったが、なんとか地図で距離を確認して計算した結果、12日かかることがわかった。
気が遠くなってきた……。
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12日後、最初よりは遥かにマシになったが、もう満身創痍である。船って恐ろしい。
さて、カームに着いたところで本来の目的を思い出そう。確かホワイパーの討伐に来たんだった。ヤエルさん呼んで、依頼主の所へ行く。まずはそれからだ。
フラフラした体を動かし、二人でヤエルさんを探す。
「ヤエルさん、どこですかー?」
「呼んだかい?」
後ろからヌルっと現れた。いきなり現れたのでビクッとしてしまった。右手にはフィッシュパイ。まだ食べてるのか……ぬるくないのか?
「着いたので、依頼に行きましょう」
「……ああ、そうだね。そうしようか」
全員が船を降り、依頼主のいる場所を探す。カームは小さな村がいくつも集まってできている国で、その中の、北側の村が依頼してきたようだ。
北側に権力が集中しているようで、国が全体的に被害を受けていると聞いたその村が依頼に踏み切ったようだ。そう紙に書いてある。
しかし、人が一人増えた。アズサだけなら岩ごと担いでいけるけど、流石にもう一人増えるとなると……厳しい。重量オーバーだ。
ちょっと時間はかかるが、やむを得ない。
「ヤエルさん、非常に申し訳ないんですけど、ここで待っててくれませんか?」
「いいけど……あと面倒だし敬体やめていいよ」
なんか最初に見た時と印象が違うな……全体的に森林が多い国なので、岩を用意できた。さあ、二往復はきついけど、頑張れ俺、出発……
「もしかして担いで走っていくつもり?僕動きは速い方だけど」
聞いた所、水を操って水流で飛んでいけるとのこと。じゃあ俺が重労働する必要はなさそうだ。
「でも、岩に乗せていく必要ある?おんぶくらいでよくない?」
ぐっ、それは……誤魔化せ、なんかないか、いい言い訳を捻り出せ。
「まあ他人を詮索するのとか好きじゃないからいいや。ごめんね」
助かった。触ったら崩れるとかどうやって言えっていうんだよ。……あっ!ちょっと目をそらしたうちに出発されてる!待ってよ……。
ひたすらに森の中を走り回り、ヤエルさんの背中を追いかける。整備されていて障害物が少ないので、森にしてはかなり走りやすかった。
時々村があって、人が木の実を採っていたり、木を無造作に縛って藁の屋根を付けた、原始的な家が見えたりした。
前世やアルライムでは見ることができなかったこの世界固有の景色が沢山あって、気分が高まる。が、少しだけ気になっていることがある。
時々飛んでくる弾のような何か、それが体をかすめて痛いのだ。そのうちいくつかはクリーンヒットしている。これ、まさかホワイパー?
弾、よく見たら石だ。これを耐え続けているから……次に飛んでくるのは……ヤベッ!
「うおっ!」
魔法の嵐。射程が長く、いくつもいくつも飛んでくるから迎撃のしようがない。これは、走って逃げたほうがいいな。
「急げ急げ!これ数増えてきてるし、逃げないとヤバい!」
更に速度をしかし、速度を上げようにも瞬間的に纏わせた雷の反発の強さを上げることができず、結局ボロボロになりながらそのままの速さで走り、テリトリーから抜けたのだった。
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ついに目的の村へ着いた。ヤエルさんは入口の前で棒立ちだった。小さな看板が一つ立っていて、そこにはヘルマデ村と書いてあった。
高い柵が立っていて、入れない。入口の辺りを見ると、入りたい方はここを引いてくださいと書いてあった。なので引っ張ってみた。
しばらくした後に一人の老人が出てきた。杖をついていて、腰が曲がっている。いかにもここの長みたいな感じの人だ。
「はい、ヘルマデ村に用……あぁぁぁぁ!!!」
いきなり叫びだして、終わりだ!って周りの人に言っている。なんか皆パニクってて話を聞いてもらえない。仕方ない。少し待とう。
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叫び声がおさまった。そして膝から崩れ落ちて一斉に泣き出した。一体何なんだよマジで!情緒が不安定すぎてわけわかんないよ。
「あの、ホワイパー討伐の依頼に来た者なのですが……」
長っぽい老人が顔を上げ、恐る恐る俺に近づき、俺の持っていた紙を覗く。そうしたら顔つきが変わった。そして謝りだした。
「申し訳ない!ホワイパーに襲われ精神が弱っていた時にその……オッドアイが……」
俺のせいかよ。いや、今までバチクソに蔑まれたことはあったけど泣き叫ばれたのは初めてだわ。
理由を問うてみたところ、オッドアイに対して散々悪行を行ってきた汚れた種族、という普通の認識ではなく、大厄災を起こす恐ろしいものとして畏れの対象になっているかららしい。
さて、村の中に案内されたのだが、それはいい。でもめっちゃビクビクされてて、なんとも言えない。
村の一番大きい家に案内された。一応ここが来客を招く場所となっているらしい。老人と俺達一行がお互いに座り、話は始まった。
聞かされたのは、ホワイパーの数々の悪行だった。