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三十三話:旅立ち

 一日は過ぎ去った。三年があれだけあっという間だったのだから、一日なんかもっとあっという間だった。


 アズサはまだ寝ぼけている。王様が貸してくれた部屋の布団が心地よすぎたのだ。……寝顔、いいもん見た。尊い。


「ふわぁ〜、おはよう……」


 起きた。心からそうではないといっても、いつもの明るいアズサとはまだ違った、穏やかな顔をしていたのでもう少し見ていたかった。


 割と長いこと一緒にいるせいなのか、緊張で寝れないということはなかった。男女でお互い無防備に眠っていられるくらいなので相当信頼を築いてると思う。


「おはよう。出発までにやっておきたいこととかある?」


「朝ごはん食べたい」


 はいはいわかりました。その前に寝癖何とかしてね。俺はそそくさと別室で着替え、お金を持った。


「準備完了。どこで食べよっか」


 そこら辺の食堂でいいんじゃね?割と近くにあったし、もうそこでいいや。王宮を出て数分ほど歩いた。


 目の前には普通の食堂がある。今は朝七時くらいで、結構空いている。お昼にブーストするタイプだろうか。扉を開け、なった鈴の音と共に中に入った。


「いらっしゃい……って、噂のオッドアイかい」


 食堂の中には女の人が一人。あれ?ここの人以外と怖がらないのか?なんで鍛冶師の人達より肝すわってんだよ。


「ここはいろんな奴が来るからね。犯罪者だって例外じゃない。だから驚くことはないさ。強盗には何度も遭いかけてるからね」


 俺の母さん位の年齢だし、色々な人に会ったんだろうか。というか、あなたにとって俺は犯罪者と同じかよ。なんか悲しい。


 アズサさんムスッとしないで。割と仕方ないことだから。犯罪者扱いをよく思わないのは感謝だけど。


「まあ、俺は強盗ではないので、普通に朝ごはん食べるだけですよ」


「わかってるよ。色が違って幸薄そうなだけで、割と普通の目をしてるからね、あんた。で、何食うんだい?」


 そう言って俺達を端のテーブルへ案内し、メニュー表と水をそのテーブルの上に置いた。


「まあ、他の客は怖がるから端に案内させてもらったよ。悪いね」


 周りを見てみると、俺を怖がっている人が。もう慣れたが、食べづらい。


「ねえ、作ってるとこ見られるみたいだよ」


 オープンキッチン?ちょっと興味ある、覗こう。二人で料理の受け渡しをするカウンターから顔を出し、調理工程を覗く。


 メルティスさんが料理を作るところはよく見ている。でも食堂の人の腕の動きはまだ違ったものだった。多人数に対してではなく、一対一の料理。


 ぶっきらぼうな口調とは裏腹に料理を作る手には思いが込められているような気がした。違いを観察していたら、いつの間にか至近距離に皿が置かれていた。


「あんたら……やってることがまるで一緒じゃないか、仲のいいことだ。早く食べな」


 置かれた皿を自分達のテーブルまで持っていき、食事を開始する。俺はサンドイッチ、アズサはオムライスを頼んだ。


 この世界、意味の分からない材料があったり、知らない料理があったりするが、割と元の世界と同じ名前の料理多いんだよな。


 全然慣れなかったのは、お金。単位が"テル"とかいう聞き覚えがなさすぎる言葉だった。


 硬貨は十枚で1テルになる。それがわからなくて苦労した。100テルから紙幣になる。もしかしたら単位的に円の十分の一位かもしれない。


 そう仮定したら、初めての依頼でもらったお金は150万位になった。


「テンリ君、食べないの?」


 オムライスを頬張りながら俺に聞く。その顔はカーテン越しの陽光に当てられて、儚げに見える。おっといかん、見入るな、俺もそろそろ食べねば。


「ああ、ごめん。食べる食べる」


 しかし、こんなに穏やかな食事いつぶりだろうか。そもそもしたことすらない気がする。生前は一人で粗末なもの食べて、寮ではワイワイ騒いで。


 一対一で普通に食事をするという経験をまともにしたことがない。だから、普通当たり前のその光景が、俺にはすごく新鮮に見えた。


「美味しいね、あの人すごく心込めて作ってるんだろうね」


 陽光はアズサの表情の細かいところまで照らして、その笑みを強調する。これは、心からの笑いだな。


「……顔に何か付いてる?」


「えっ、いや何も?」


 ああ、ちくしょう、アズサ顔可愛いからどうあがいても見入っちまう。思春期に意識するなと言う方が無理だ。目をそらしてサンドイッチを貪り食うことしか出来ん。


 アズサに不思議そうな顔をされている。それに俺は苦笑い。苦し紛れにパクパクとサンドイッチを食べ進め、朝食の時間は終わりを迎えた。


「ごちそうさまでした。美味しかったです」


「当たり前さ。飯にだけは自身がある。だてに30年食堂やってないよ」


 代金を支払い、荷物を持って食堂を出た。いよいよ懐かしいこの国ともお別れか。ちょっと寂しいな。


「……行こうか」


「うん」


 それでも止まるな。進む以外できないんだ、俺は。王宮の扉を開けた時には、もう王様は一階の広間に立っていた。


「ついに、出発か。久しぶりに貴様の元気な顔が見れて僥倖だな」


 王様は笑いながら言う。それでもやはり最後には、王としての威圧を遺憾なく発揮し、本当に最後の問いかけをする。


「本当に、どれだけ傷ついてもその道を選ぶのか?」


 選ぶさ。自分が生きるのに他人に迷惑かけてたら嫌だ。そうするくらいなら喜んで傷付く道を選ぶさ。


「選びます。俺はゆらぎませんよ」


 王様は息子が独り立ちするのを見つめる親のような、喜びと悲しみが混じった顔で俺に言った。


「なら、もう貴様は戦争には関係ない。貴様は何も心配せず、好きなように旅をするがいい」


「……王様、それは違いますよ」


 そういう大きなことは起こったら最後、選択肢なんてもらえない。否応でも巻き込まれるしかないんだ。だったらやれるだけのことをやるのが筋ってものだ。


 大勢の命が関わることから目を背けるなんて、俺にはできない。


「あなたには恩がある。だから、戦争が起こったら、あなたの国民を守れるくらい大きな存在になって帰ってきます。だから、待っていてください」


「……うむ、期待している。最後にこれをやろう。いつか着るがいい」


 そう言って俺達に新しい服をくれた。どんな服はいつか確かめよう。でも、こんなに俺のことを考えてくれるのは、感謝でしかない。


 互いに言いたいことは全て言い切った。もう、この国にとどまる理由はない。王様に背を向け、歩き出した。


 振り返ることはなかった。別れの言葉もなかった。未練は残さず、いつか、必ず帰って来る、そういう決心を込めた。


 最後に鍛冶師に寄った。たった一つしかない俺の剣を取りに行った。昨日と変わらない熱気。入口近くの机には俺の剣が、鞘に入った状態で置かれていた。


「いい経験をさせてもらった。その剣を抜いた時、お前は絶対驚くだろうな」


「……ありがとうございました」


 果たして、こいつを抜けるのはいつになるのか。背中に剣を装着し、鍛冶師を後にした。そのまま、アルライムを後にした。


 俺を怖がっていた人達は、次に俺を見た時どんな反応をするのか、そんな事を考えながら、本来は経験しなくてもよかった、無駄に片足を突っ込んだ。


「……この先どうなるかわかんないけど、頑張ろうな」


「うん!二人でこれから頑張っていこうね!テンリ君!」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 さて……なんとなく森の中まで歩いてきたが、どこへ行こうか。地図を広げる。国の領土の構成がなかなかに尖っていた。


 右下がアルライム、その上がナグポリス。更に上は小さい国が少し。左隣に海を挟んで、真ん中の大陸に小さな国家が集まっていた。


 そして左、西の国なのだが……アルライムより少し小さいくらいのトカレルと、もう一つ。この国だけで地図の三分の一はあるんじゃないかってくらいデカい。


 ソアリレムズ……っていうのか。西側はまだ行かない方がいい。圧倒的国力で捕らえられる。とりあえず、真ん中の小さな国から回った方がいいな。


 一番近い国は……カーム王国か。いきなり海を渡ることになりそうだ。船でも……いや、乗れるかな……?拒否られそうな気がする。


「ねえアズサ、隣の国に行くのに船に乗らなくちゃいけないんだけど、絶対に拒否されないようにする方法あるかな?」


 とりあえずアズサに協力を仰いでみた。少し頭を抱え、俺にこう言った。


「代行者依頼ってことなら断れないんじゃない?」


 なるほど。確かに代行者の入国拒否したら代行者の組合を敵に回すことになるからそれはやりづらいかも。


「だとすると、どこで依頼受けよう。またアルライムに戻るのはなんかちょっと……」


「港にあるよ、依頼表と組合」


 港にもあるの!?助かった、決心に泥を塗りかねないところだった。そうと決まれば早速港に行くべきだ。


 近い港は……ライン港って所。ライン海の港……細長い海だからラインか。とりあえずそこに行こう。


 初めての旅ってことで、行き先を決めるその工程までもが楽しかった。これからどうなるだろうか。本当は楽しみなんか期待しちゃいけないんだけどな。

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