三話:邂逅
逃げ続けて森に入ってしばらく経った頃、俺は全てを悟った。オッドアイだから追い回されたのだと。
元の世界にいたときから、この目がバレるのが嫌で前髪で片方隠していた。それがなびいたときにバレたんだろうな。
「ふざけんなよ畜生! なんでだよ! またこの目のせいかよ!」
他の理由ならまだいい。でもこれだけは嫌だ。昔も今も、同じ理由で。しかも前なんかよりよっぽど酷い環境だ。
これならこんなとこ来るんじゃなかった。ちゃんと断ればよかった。
何なんだよ。オッドアイの何がだめなんだよ。どうしようもないじゃないか。だって変えられるものじゃないんだから。
それなら、どうやって生きていけばいいんだよ。また、他人の顔色をうかがって生きろというのか?死ねとでも言うのか?この先のことを考えるだけで恐ろしくなる。
「クソが、なんでなんだよ!」
「グギャオオオオ!」
ヤベ、大きい声出しすぎたかな?やめろ来んな絶対来んな、と祈っていたらどこかに行ってくれた。こんなとこに逃げんじゃなかった。
今のはここに入ったとき見かけた森のヌシ的なでかいクマだ。他の野生生物と戦ってワンパンでグシャグシャにしていたので絶対近づかないようにしている。
どうも音に反応するようだ。新情報ゲット、じゃねえよ。いつまでもここにいるわけにもいかないし。
「ここに逃げたと情報が」
「うむ、このあたりを探すとしよう」
ヌシを見ていたらなんか偉そうなおじさんとそれを守る騎士みたいなのが四人入ってきた。話してたことからして俺を捕らえに来たのだろう。おい!まだ逃げ出してから体感3時間くらいしか経ってないぞ!仕事が早すぎるわ!
恐ろしくて木の上に隠れた。息を殺して潜む。隠れる。見守る。騎士三人が探し回り、一人がおじさんを守る。騎士だけでいい気がする。
おじさんの存在意義がわからなくなってきたあたりでおじさんが近づいて来た。そして俺に指をさす。いや、俺ではない、だろう。そう信じたい。
「気づいているぞ。そこにいるのは」
……知らね。勘だろどうせ。黙っときゃなんとかな……
「ふむ、ではこうだ」
おじさんが指からなんかぶっ放した。速すぎてなにか分からなかった。だがそれは木を砕くには十分。もちろん俺は落っこちた。ん?砕く?
「やはりいたか。どうせただの老いぼれだと思って舐めていたのだろう。今のは魔法だ。取り押さえろ。」
「はっ!」
「おいちょっと待てふざけんなーー! 何やってんだお前らーー!」
まずい、砕いたっつうことは爆音が……
「なんだと、そんなに捕まりたくないか」
騎士の一人が言う。違う!違くないけど違う!もっと恐ろしいものが来る!あいつが来ちまう!
「もういいよ! 捕らえちゃってくれて構わないから早くここから離れてーー!!」
来んな、絶対来んな。今度の祈りは届かなかった。ヌシは空から舞い降りた。そいつは目が完全にブチギレている。これは……まずい……。
「グガオアアアアア!!」
「なんだコイツ、俺たちの手に負える敵じゃないじゃないか!」
「まさか、こいつが来るなんて……」
このヌシは色々な人に知られるほど悪名高いのか?話からして、騎士たちとヌシにはかなり力量差があるようだ。なんということだ。
お前らが巻いた種だからな?言わなかったとはいえ。……あの状況から話せという方が無理だ。
「狼狽えるな。力を合わせれば勝てる。気をしっかり保て。格上相手でも諦めるなと教えたはずだ」
「陛下……わかりました」
あのおじさん王だったのか。王はビビりがちなイメージあるけど、この王、強いな。
「一人はオッドアイを。三人はこのデカブツの注意をひけ。余は魔法で応戦する」
戦闘の火蓋は切って落とされた。3人は槍や剣で攻撃するが、いまいち効果がない。
「クソ、皮膚が硬すぎる!」
物理攻撃が通りづらいようだ。反して王の炎?のような魔法は通りがいいようだ。もしかしたら、いける?
「グッ、グアアオォアアア!!」
淡い希望はその一撃によって吹き飛ばされた。殴る。それだけのたった一撃で前の騎士3人は吹き飛ばされ、重症を負ったようだ。
「グルァァオワアアア!!」
ヌシは次の一撃を放とうとしている。まずい!王を守る人がいない!だが、お構いなくヌシは連撃を繰り出す。
「グッ、オオッ!」
巧みに避けていたが一撃食らったようだ。一撃がとにかく重いし動きも速い……ダメージは深そうだ。
緊迫した空間、何もできない俺。ここで死ぬのか?圧倒的な無力感に襲われる。
それよりも……
ただ見ているだけでいいのか? いいわけがない。不覚にもそう思ってしまった。何故かは分からないが、俺はこいつに心を動かされている。理不尽な理由で俺を捕らえようとしたこの王とやらに。
「なんで逃げねえんだよ。お前は王で、戦うべき人間じゃねえだろ? それに、あんたにとって俺は赤の他人で、その上クソみたいな存在なんだろ!?」
認めたくなかった。こいつを助けたいことを。そんな自分を押し殺すしかない自分の弱さを。だからといって、人に当たるということは弱さを裏付けているようで辛かった。
「自らの後ろにいる者を見捨てるような者を、人は王と呼ぶのか?」
王は口を開く。それは、俺の心を刺す。
「余は指導者とは、王とはこうあるべきというエゴを国民に見せつけているだけだ。ただ、己を貫くのみ。それが余の矜持だ。」
「己を貫く……でも俺は、あんたの国民なのか?」
「一度でも、短くても、余の国に住んだなら貴様は余の国民だ。それに、目の前で人を死なせない、そんな個人的な決意もあるがな」
決意……そうだ。思い出した。俺は決めたんだった。トラックに撥ねられたあの日から。俺は俺を曲げずに満足に生きるって。心がけてきたんだった。他人に優しくするって。苦労続きで忘れちまってた。
敵対している相手の心すら惹きつける存在……
「どうすればあんたみたいになれる?」
俺もそうなれば、理不尽に嫌われる、この状況もいつか終わるかもしれない。それは俺の理想になるものだと気付く。
「あんたみたいに、とはいただけない。少しでも余に近づきたいなら、真似をするなら、貴様の好きなようにしろ。余はそれだけのことしかしていない」
好きにする……か。本当にそれがいいのかは分からない。また自分を否定されそうで怖い。でもそういうならそうしよう。少しでも理想に近づけるなら。
自分の好きに生きることが大切なのなら、俺は、何がしたいか。何をすべきか。
俺は……何ができる?
俺は、生きたい。そのために何ができるかなんて、知らない。だから探すんだ。何かあるはずだ。絶対に死ぬ訳にはいかない。せっかくの新しい人生なのだから。