二十八話:繋がれるもの
どれだけ治癒魔法を垂れ流しても、死んだ者は誰一人生き返ることはなかった。それはそうだ。俺の治癒魔法はあくまで傷を治すものなのだから。
わかっているのに、やめられなかった。どれだけ静止されても、魔法をかけ続けた。魔力が全て尽きた時、改めて、どれだけやっても意味はないのだと悟った。
殺された者たちは何を思ったのか。強い絶望、恐怖……俺にあるのは恨みだ。何故こいつらがそんな目に?意味がわからなかった。
……恨みに流されるな。まずは俺のやるべきことを探せ。今俺の一番やりたいことは何だ?これ以上こんな被害を出さないこと。
もう一つ、打倒レズリーだ。そのために、今まで誓い合って共に切磋琢磨してきたんだ。この目的……恨みに流された時と一緒になるな。
被害を出さないこと、それを成し遂げるには……結局レズリー倒すしかないじゃん。
やることは、一つか。
「レズリー……必ず、お前を止める」
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凄まじいまでの圧を感じ、そこへ全速力で向かった。来てみれば、ボロボロになって吹っ飛んでいるアレクがいた。後ろには木の枝。このままだと刺さる。
それだけは無理だ。あれだけ大勢の死を見せられた後でお前の死とか……耐えられるわけがない。お前は死なないでくれ。誰が俺と競うんだ。
誰が……俺を助けた親友でいるんだよ。そんなの、唯一無二じゃないか。代わりなんてない。
アレクを受け止めた。俺の腕の中のアレクは両腕がグシャグシャで、生気がなくて、目が虚ろで。いつものアレクとあまりにも違いすぎて、やるせなくなる。
「テンリ……助けられちまったな……」
助けられた、ね。少し前のことを思い出す。あの日寮の前で襲われていた俺を助け出したアレクの姿。次は、俺の番か。
「友達だろ。助けなかったらおかしいじゃないか」
俺が見えているのかもわからない程にアレクの眼光が弱い。それでも笑って俺に語りかける。
「友達なんて、勝手に抜かしやがって……嬉しいじゃねえかよ、こんな俺をよ……」
「お前だからそう言えるんだ。互いに、包み隠さず何でも言い合えるからこそだ」
何が、活力に溢れるアレクをここまで追い込んだのか。目の前には灰色の化け物が一匹。雰囲気でわかる。全てを嘲笑うような……レズリーだな。
やっぱ全部……てめえのせいかよ……怒る時ほど何故か静かでいられる。出す言葉が見つからない。そんな時にアレクが言葉を放った。
「俺はやっぱ駄目だった……才能が足りん、勝てん。どれだけやっても、勝てる気がしない……異能まで隠してやがったよ……あのレズリーは……」
勝てない、何を言ってる。お前は立ち向かったじゃないか、あんな不条理に。心で負けなかったから、俺はここに来れた。
俺がどうこうできる問題かは知らない、考えないが。
「勝てん、とか言うなら、お前はなんでまだレズリーに手を向けようとするんだ。諦めてないだろ、お前。言いたいことがあるなら言え」
何を言たいかはなんとなくわかるんだ。でも、本人の口から聞いておかないといけない。どうしても。
「……俺が……なんとかするから……逃げろ。これだけは……俺が……」
そんな満身創痍な体で何ができる。諦めるなと言うわけではない。でもいい加減戦うのをやめろ。お前に生きていてほしい俺の気持ちはどうなる。
お前はまだ一人でなんとかしようとする癖が抜けきってないな。隣には俺がいるんだぞ。
「あのー、感動的なところ悪いけど、待ちきれないからそろそろ殺るね」
何故か律儀に待ってくれていたレズリーがついに業を煮やし、設置していた氷の槍を降らせた。そうはいくか。
「全部飛ばす……少し痺れるけど我慢してくれよ」
そこに横たわっていた人と地面に雷を通す。反発させて浮いた全員の体を、一気に遠くまで飛ばす。間一髪、全員が槍から逃げ切った。
校長が防壁を出したので、残っていたマインやミゼルドも無事だ。
「……逃げられたー!……やる気が失せるな……もう少し話してていいよ……」
あっそ。ならありがたく。
「おい……今なんかあったか……?よく周りが見えん……」
そうか……もうアレクには周りが見えてないのか。あまり気にしてほしくなかったから、誤魔化して話を進めた。
「おい、あの化け物の強さを強調したって無駄だ。俺は諦めも絶望もさっき置いてきた。……一人で抱え込みすぎるな」
その言葉を吐いた瞬間、アレクの顔が一気に崩れた。
「悔しい……どれだけやっても敵わねえのが……もう立ち向かえすらしねえのが……どれだけ力を入れても腕が動かねえ……痛みすらしねえ……」
やっと本音出したか。責任感が強すぎるんだよ、お前は。
「わかんねえんだよ、頼っていいのか。今だってお前、治癒魔法かけ続けてるだろ……罪悪感ばっかなんだよ、お前には」
まだ、そんなこと言ってんのか。言ったじゃないか、そういうのはなしだって。
「もっと頼れよ、お前を助けたい俺を信じろよ」
また、アレクの顔が歪んでいく。涙が溢れていく。使えないはずの左手で俺の袖を握って言った。
「……信じてもいいか?託してもいいか?このやり場のねえエネルギーを……恨みを……悔しさを……俺が果たせなかった、死んでいったヤツらの思いを……」
……託される覚悟はもうできてる。
「全部任せとけ。だから、少し休め」
そう言った時、もうアレクの意識はなくなっていた。散々好き勝手いいやがって……。アレクに雷を纏わせ、どっかに飛ばした。
「もういい?流石に暇。僕もやることを見つけたよ。君に邪魔をした罰を与えること」
吐き気がする。こいつは自分の欲望以外に動く理由はないのか。
「なんでこんなことをした。戦いはそれを聞いてからだ」
少し考えた後、言葉を発した。顔が変質していて、表情がわかりづらかった。
「いいよ。僕は元々、お宝の簒奪と、未来の芽を摘み取りにここに来たの。つまり、ここをぶっ壊しにね。長いことかかったけど、楽しいなぁ……」
レズリーが話し終わるより先に、背中に背負った剣を抜き、レズリーの足から体を駆け上る。通り過ぎるたびに、切り傷から返り血が舞う。
さっき少し回復した魔力をアレクに使って、空っぽになった回路にさっき託された魔力が染み渡り、えげつない活力が体を満たす。
それは反発との瞬発力と合わさり、もはや視認不可能なレベルまでにスピードを高める。足から登り、レズリーの左半身を一瞬で切り裂き、そのまま飛び上がる。
こいつに対して格闘で戦うというのは本当に分が悪いのかもしれない。そういう点で、レズリーは性格が悪いと思う。
「ぶった切る……!」
そういう恨みとか、託されたもの全部込めて、レズリーの首を切り飛ばした。意外と簡単に……
「うーん、武器に弱すぎるな……まあ治るからいいんだけど」
声が聞こえた。なんでだ?あれだけ切っても、全部完治している……ふざけんな!何だよこの不条理は!
「この体魔力で出来てるからさ、切れたところで補完可能なんだよね」
ああ、なら本体があるはずだ。魔力を流してる本体が。というか、体をベースにして大きくなってるなら中心に生身のレズリーがいるはずなんだ。
「体の……中心……」
またそこまで走っていけばいい。そう思った矢先に大量の氷の槍が飛んできた。まずい、俺一人では対処しようがない……
「校長先生!手伝ってくれ!」
「承知した!」
炎の防壁を展開し、槍を防ごうとした、のだが、どんどん押し切られてきている。
「な……何!?威力が上がっている……」
「校長、俺も……!」
マインも参加するが、まだ勢いは収まらない。少しずつ窮地に追い込まれていく俺達を見て、面白そうに笑うレズリー。まずい……これは本当にまずい……
「豪炎!」
遠くから聞き覚えのある声が聞こえた。振り返るとアズサがいた。確か、運搬作業を手伝っていたはず……。
三人の炎が合わさり、氷の槍は溶け切って全てなくなった。危なかった……
「アズサ、運搬は終わったのか?」
「全員運びきったよ!だから私も援護できる!」
そうか、ならよかった。仲間が一人増えた。圧倒的射程から攻撃できる後衛はいて損はない。
「そうか……全員完了か……ククク……アハハハハ!」
何故かレズリーが大笑いしている。何がおかしい、俺達がここで足止めしている限り、犠牲者は出せないぞ。向かってきた大軍もそこまで強くないから追い返せる。
「なんでもない。それよりも、新しい仲間も来たことだし、早く戦いを再開しよう。ああ……また絶望が見られるね……」
こいつに対してなら何度でもやる。また話の途中に突っ込み、体の中心を狙いに行く。だが、飛んでくる拳と弾幕が邪魔をする。
弾幕は他の奴が消してくれるからいい。だけど、皆それに追われて拳だけは俺が対処しなくてはいけないから、一向に近づけない。
切っても切っても即座に再生してきて、いつまで経ってもパンチの嵐が止むことはない。一撃が重すぎて、受け止めてるこっちの腕が少しずついかれてくる。
それを治癒しながら、受け止め続けている。埒が明かない。多分どうにかできるのは。……俺はアズサに顔を向けた。
それに気付いたアズサはいきなり魔法の標的をレズリー本体に変えた。
「何っ!?何だこれ、消えない……」
永続的に炎が燃え続けて腕の動きが鈍る。痛覚ははしっかり存在するようだ。今がチャンス、俺は腕に向かって走り、腕を切りつける。
再生はするが、永続的に燃やされているせいで再生速度が遅くなってきている。何度も何度も一心不乱に剣を振り回して、俺は少しずつ前に進んでいく。
「うおあぁぁぁぁぁ!!!」
そのうちに、目の前に光が見えてきた。ついに、ここから出られる!ついに腕の厚い壁を抜け、レズリーの上を駆け上ろうとした。
だが、そこで足が止まり、転倒した。足だけではない。全身が金縛りにあったかのように固まっていて、動けない。
なんで……目の前に倒すべき相手がいるっていうのに……
「クソっ!何でだ!動け、動け、動けよ!!クソがぁぁぁ!!!」
さっき光を見据えていた目は、今度はレズリーのあくどい笑顔を捉えていた。