十八話:絶望と一筋の光
テンリの寮では今、テンリのオッドアイを巡って様々な意見が飛び交っていた。
「まさか、オッドアイだとは思わないじゃないか!テンリが悪いやつではないのはわかる。でも、襲われるかも……」
ミゼルドは恐怖が拭いきれていない。やはり、ほとんど全員が似たような意見だった。
「だがよ、あんな怪我して帰ってきたってことは、抵抗できたってことだろ?襲ってきたところで、あんまり力はないなら、心配なくないか?」
襲われたところでどうにでもなるかもしれない、という意見を述べるスミス。確かに、その意見は一理あるとまとまった。
だが、襲われるかどうかがどうにかなったところで、土着的な、理由のない差別はなかなか消えるものではない。テンリに対してのいわれのない嫌悪感が頭をよぎる。
今まで親しくしていた相手にこんな気持を抱く自分が嫌になりつつも、結局その嫌悪感を拭えないでいた。逆に言えば、今まで親しくしていたからこそまだこの程度で済んでいるのである。
普通ならば追い出されるか、徹底的に痛めつけるかのどちらかである。最悪手にかけてしまうだろう。
アズサだけはそれを真っ向から否定する。彼女の生まれた場所ではそのような理由での忌避感など存在しなかったのである。
それに、ずっとテンリと話してきて、彼の人格を理解しているから、そして、自らの使命のため。それらのものによって、彼女はテンリに対する嫌悪など湧かないのである。
だから、全員がテンリが人を襲うという前提で話を進めることに、どうしようもなく腹が立つのである。
「私、テンリ君とずっと話してきたけど……テンリ君は優しい人だよ」
少し前、テンリ君と話したときのことを思い出す。私はあの日、どうしようもなく罪悪感を感じていた。何故なら、私は……
「なあ、そんなに悲しそうな顔してどうしたの?」
「え?そんな顔してたかな?気のせいじゃ……」
「気のせいじゃない。お前、一人でいる時たまにそういう顔するもん。それに……」
本当に、私のことを心配していることが伝わってくるような顔で、テンリは言った。
「お前、よく笑うけど、どうもぎこちないというか、作り笑いっぽいんだよな」
そう。アズサは完全に自分を見抜かれていた。正直言って、彼女は生活が憂鬱だったのだ。そんな自分をひた隠しにしていることを、彼女は見抜かれていた。
「何があったかはよくわかんないけど、ごめんな、そんな気持ちにさせて。それと、作り笑いせざるを得ない状況にして」
「いや、君のせいじゃない。全部私のせいなんだ……」
「そんなに悲観すんなって。なんでそんな悲しんでるか知らないけど、俺の前では、のびのびと、何でも言うがいいさ。俺は何も言わないから」
「え?」
「自分をひた隠しにしてるとさ、ちょっとずつ自分が何なのかわかんなくなってくるんだよな。大切な仲間にはそんな顔してほしくないし、そんなことにならないで欲しい」
また、本当に、心配そうに、優しい目でそう語りかけた。彼はいじめられていたと言っていたから、そういうことはよくわかるのかもしれない。
「だから、俺がお前の拠り所になってやる。そうなれるよう、俺も頑張るから、お前もちょっとずつ、心の底から笑えるようになっていこうぜ」
念を押して彼はまた言った。
「だから、俺の前ではいくらでも笑っていいし、悲しんでいいし、怒っていい。それを他の人にもできるように頑張ろうぜ」
事情も知らないのに、何も聞かずに私を支えてくれようとしていて、とても嬉しかった。罪悪感は増すばかりだったが。私は、裏切り者だ……。でも、一つ気になる。
「なんで私が悲しいってわかったの?」
恥ずかしそうに、頭をかきながらテンリ君は言った。
「ああ、だってお前、俺と同じくらい顔に出やすいもん」
聞くんじゃなかった!これを聞いてとっても恥ずかしかった。
「だからさ、わかるんだ。お前が心の底から笑ってるかどうか。最近それが増えてる。状況さえ良くなれば、表情豊かな、本当に底から明るい人になれるよ、お前は。だから、もしかしたら俺がいなくても大丈夫かもな」
テンリ君はまだ恥ずかしそうにそういった。私を安心させようとしているのが伝わってきた。その優しさに、私は甘えてもいいだろうか……。わからないが、その日はいつもより心が弾んでいた。
ー私が皆との生活をそんな風に思ってしまっていたことはバレてしまうが、なりふり構っていられない。私はその日のことを話した。
「あの日のことがウソだったなんて思えない。だからテンリ君は人を襲うようなことはしない」
普段おとなしい私がはっきりそう言って、皆は驚いている。……つくづく私の偽善に腹が立つ。でもそうしないと私は……。
「それに、私の価値観の問題だと思うけど、騙してるって何?オッドアイだって同じ人間なんだよね?テンリ君はただ人間として普通に生きてるだけなのに、何でそれすら許してあげないの?」
言いたいことを言い切ってしまった。でも、あまりにも今私が思っていることと噛み合わなすぎて、内面がグシャグシャだ。よくわからない。どうしたらいい?
「ごめん、これに関しては私の感想にすぎないね……」
それでも口は達者な自分が嫌いだ。
ー様々な意見が飛び交った。答えは結局出なかったが、そんなことどうでも良くなるような事が起こった。
「テンリ君……じゃない……」
テンリが起きた。それにカルメリオが反応した。場は戦慄した。今までのことは聞かれていた?だが、今のテンリは異常だった。
普段は豊かな表情が、完全に抜け落ちていた。空虚で、虚ろで、何か呟いていた。アズサはそれが理解できた。いつも聞いている言葉だったから。
「強くならなきゃ……」
自分たちに目もくれずに外に出ていこうとするテンリが、彼らにとって恐ろしかった。原動力は一体何なんだ、と。
「待って!そんな状況で剣が触れるわけない!魔法が撃てるわけない!」
しかし、テンリは出て行ってしまった。アズサが後を追って行く。アズサは、支えてくれようとした人が壊れるところなど見たくなかった。
「行かなきゃ……強くならなきゃ……幸せに生きたい……」
「おう、ちょっと待ちな」
前に五人の男が立っていた。いきなり魔法を撃ってきた。その魔法はアズサに向けられていて、木に貼り付けになるように拘束された。
「アズサ……?アズサ!」
「お前はここから出さないよ。レズリーさんからの命令でね。危険因子は学校に来させるなって」
何で?何で実力主義の場で、実力をつけることすら否定されなければならないの?もう、俺は何もしちゃいけないの?
「ねえ、何でこんなところに来させたの、神様!答えろよ!」
「しかし、その女いいな。俺のものにしたい。手を出すなって言われてたけど、ちょっとくらいなら……」
は?何を言っているこいつは?俺のせいでアズサまでひどい目に?させるわけない!
「お前ら、いい加減にしろよ!」
こいつら全員まとめて、なっ……まだ魔法が出ない……?
じゃあ、剣で!蜘蛛の脚を……
「ぐっ……!」
右手は折れていて、左手で持とうとしても体が痛くて力が入らない。脚を落としてしまった。こうしてる間に、一人がアズサに向かっていく。
「嫌……待って……触られるのだけはダメ……お願い!やめて!」
重い体を引きずって、アズサに近づく男を思い切り殴った。近づかせない!
「かかってこいよ!絶対!守り通してみせる!」
ー所詮自分を奮い立たせるための、自分に対する発破でしかない。意味はなかった。体のダメージが大きすぎた。成すすべなく押し倒された。もう、そこからは残酷の一言。
「ここが痛いんだったよな。弱点はしっかり潰して、しっかり怪物は倒しきらないと」
「いいぞ!やれやれ!」
ただ、ひたすら肋骨を殴ってきた。何度も、何度も。痛くて涙が堪えられない。もう、グシャグシャかもしれない……
「うっ、あぁぁぁぁ!!!」
必死にどかそうとする。でも、痛くて力が入らない体にそんな事はできない。ひたすら殴られて、痛くて、殴られて、痛くて、殴られて、痛くて。
「ハハハハハ!ゴミのくせにいっちょ前に抵抗してやがるぜ!人権ないゴミは大人しく死のうねー!」
また、殴った。もう、多分肺に刺さったと思う。痛みが段違いだった。
「あぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
そいつらの目がおかしかった。完全に濁りきっていて。もう理性なんかないんだろう。一人、またアズサに近寄っていく。
「や、めろぉぉぉ!近、づく、なぁぁぁ!!」
守らなければ、守らなければ、守らなければ!動け動け動け動け動け動け……動けよぉぉぉ!!!
「もう、もうやめてよ……やめてよーー!!!」
ああ、もう駄目だ……そう思った時、そいつは吹っ飛んだ。殴り飛ばされた音がした。その拳の持ち主は……