十七話:崩壊
さて、アレの場所は探し出した。もうやることはあと2つだね。まず最初にやるべきは……おあつらえ向きに、彼は今雷教室にいるようだね。
「僕は知っているぞ、君の秘密を。さあ……それを皆に見せつける時が来たようだね。今まで散々楽しんだんだから……」
レズリー、この男は人を痛めつけること、絶望させること、支配し、上に立つことをこの上ない幸せとする。理由などない。ただ生まれつき、それが楽しかったからである。
今まさにその毒牙にかけられんとする男が一人。レズリーはニンマリと、悪辣な笑みで独り言を放つ。
「その分、たくさん絶望してくれ」
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「今日はアレクいないの?」
「まだあいつと張り合い続けるのかよ……よく続くな」
「あいつ今日火教室だから、多分来ない」
ああ、なるほど。適度に副属性も鍛えとかないとダメだもんな。どうやってるのかわからないけど、アレクの場合あの必殺技はバランスが大事そうだから特に。
じゃあ今日はゴリゴリに鍛えて明日アレクを驚かせたい。何しようか、そうだ、考えてた新技を……
「やあ、元気そうだね」
誰か入ってきた……え?レズリーさん?なんでここに?ああ、アレクに会いに来たのかな?
「レズリーさん!?今日アレクいないですよ」
隣りにいた生徒が思っていたことを代わりに言った。しかし、意外な返答が返ってくる。
「いや、今日はテンリに用があってね、今人はいない……ここだね」
「何か言いました?」
声が小さくて聞き取れなかった。なんて言ったんだろう、今。
「いや、何でも。まあ、君がアレクの遊び相手になってくれてるって聞いてね。ちょっと見に来たのさ」
感激なんだが。俺がやりたいようにやっていただけなのに、まさか天才に会えるなんて思わないじゃん。これは、色々聞くチャンス?
「では、そんな君に一言言いたいことがあります」
なんだろう?予想できないな。一瞬考えて、またレズリーさんの顔を見た。それは、おぞましいほど冷たい顔だった。雰囲気が、違う……
「余計なことすんな、カス」
「ぐっ!」
痛い!次の瞬間、俺は右まぶたを切り裂かれていた。え?なんでいきなり?てか、そこは片方目を隠してるとこ……前髪が切れてる!まずい、バレる……
「あのね、僕はさっさとアレクの心を折りたかったの。あいつにその気はないけど、家を継ぐ可能性のある人を残したくないの。まあ、僕も継がないけどね」
この人は……何を言っている?人の口から出てはならない言葉を連続して聞いた気がするが……
「あと、楽しいじゃない、人が絶望するの。鳥肌立っちゃうよ……だから君も絶望してみせてよ。美しく、ね。」
この口ぶり……間違いない……この人は……
「僕は君の秘密を知っているよ。それを皆に見せてあげてよ。青春を謳歌して人生で一番幸せな今。見せろ」
「ひぃっ……」
さっき隣りにいた生徒二人が声を上げた。そりゃ怖いだろう。理想の生徒がいきなりこんなことしだしたら。
「この一面を人に見せたくないから今ここにしたんだけど……この二人に見られないようにするのは無理だったね」
「絶対誰にも言いません!だから許して!」
レズリーさんから凄まじい圧が放たれた。それが怖くて、二人は命乞いを始めた。いや、流石にそこまでのことは……
「んー、言わなくても、見たっていうその事実があるだけで嫌なんだよね。だから……死んで」
二人を風の塊が包んだ。ものの数秒、二人はいなくなった。小さくなった風をレズリーさんは握った。二人は……何処へ?
「死んだよ。ほら」
握った手を開いて出てきたその小さな風の塊から、とんでもない量の……血が……あ……ダメだ……これは……思い出してしまう……
「うわあぁぁぁぁ!!なんでこんな事するんだよ!」
「いいね、その顔。達しそうだ。なんでって……存在が不快だから。僕がそう思って生きていていい人なんていないんだよ」
何を……言ってるんだ?
「とりあえず、これは罰だ。アレクの心を折る邪魔をした。だから君の秘密はバラすよ。ねえ、その手で隠してる右目、見せろよ」
な……そんなことしたら……もうどうにもならない状況なのはなんとなく分かる。でも……
「嫌だ!絶対嫌だ!!」
諦めたくない!俺は幸せに生きたい!手放したくない!撃て、魔法を!……え?出ない?
「あ、魔法は出ないからね。抵抗しても無駄さ。それと……剣も振れないから。筋肉は冷やして動きを阻害して……魔法は回路凍結させて……」
さらっと恐ろしいことを言ってのけた。は?気づかれないうちに、そんな局所的に?ヤバい、抵抗できない……
「うーん、右手だけ力が異常だね。隠し続ける気か。意地と底力だね。じゃあ力なくすか。いくよ。あ、歯は食いしばらないでね」
ー気がついたら、右の肋骨が折られていた。氷を纏った拳で一回殴られた。多分、これでもとんでもなく手加減されていたと思う。だって、見えるくらいパンチが遅かった……。
「ぐあぁっっ!」
とんでもない痛みが体を襲った。だって、今まで戦ったときですらこんなに痛い怪我しなかった。
「じゃあ腕を……まだ力が強い……もう腕そのものをどうにかしないと……えいっ」
右手が、折り曲げられた……。
「ぐあぁぁぁぁ!!!」
なんで……なんでここまで……もうやめてくれ……痛い、痛いよ……。
「あはははは!いいよその顔!楽しいね人を痛めつけるのって!痛みに耐えられなくてグシャグシャのその顔!あはははは!」
もう、この人は娯楽のために俺を痛めつけているのか?そんなこと、許されていいはずがない。そう思ったところで、痛みと冷たさで体は動かない。
「開けろ!見せろ!見せてみろよ!絶望しろよ!それがお前の義務なんだよ!苦しんで苦しんで僕を楽しませるためにお前は生まれてきたんだよ!」
狂気だ……。こんな人間この世にいるの?もう、心が絶望していた。そのまま成すすべなく右目を無理矢理開かれ、生徒がたくさん集まっている場所へ投げ入れられた。
ーまぶたが痛くて閉じられない……
「じゃあ、これからお幸せにー」
最大限の皮肉を放って、レズリーさんは去っていった。アレクがあそこまでレズリーさんを越えようとする理由がわかった気がする……
「おい、大丈夫か!ひどい怪我……は?」
生徒の一人と目があった。その瞬間青ざめて叫びだした。あ、俺の人生……完全に終わった……。
「オッドアイだ!こいつオッドアイだった!」
人が集まる!そいつらの表情は怒りと恐怖に満ちている。
「ずっと、普通の人間だって、騙してたのか?」
「ふざけんな!オッドアイがいるなんて聞いてねえぞ!」
「こんなゴミ、生かすな!やられる前に殺せ!こんな生きてる価値もないようなやつなんか!」
俺が、抵抗できる前提で話を進めている……なんでそんな事言われなくちゃ……俺が直接お前らに何かしたか?してねえよ!
「俺がやる。どけ」
デカい棍棒を持ったやつが俺の前に立つ。待って……俺は何も出来ない……やめろ……。
「早く殺せ!」
「やっちまえ!死ね!消えろ!騙しやがって!」
どうして……こうなった。頭を殴られて意識を失った。
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ここは……何処だ?ここは、よく見た天井だ。何処だ?うまく頭が回らない……
「起きた?ホントに心配したんだよ。今日は依頼に行ってないのにどうしてそんなひどいケガしてるの?先生が急いてここに君を届けてくれたんだよ?」
あれから一日経っていたらしい。メルティスさん……心配させてごめんなさい……。でも、本当にどうしたらいいかわからないんだ。
「なんで、こうなったんだろう……」
「テンリ君。その目の色、私は気にしないよ。気にするのは人間だけだもの」
そうか、この人は人間じゃないらしいから受け入れられるのか。でも、他のやつらは?
「他の、皆は……」
「わからない。皆、受け入れられないみたい。襲われるんじゃないかって。アズサちゃんは味方してくれてるけど……」
そうか、味方がいるのか。それだけで、少し安心することが出来た。この先、どうしよう。
「アタシ、何か食べられるもの持ってくるから」
ああ、弱いからこうなったんだ。弱いから、何も選べなかったんだ……強くならなきゃ……授業……自主練……強くならなきゃ……。
幸せに生きたい。強くならなきゃ幸せは選べない……結局ここか……強くなりたい……幸せに生きたい……強くならなきゃ……一度幸せを体験したら抜け出すのは不可能だ。
何もないところからあれを経験してしまったから、欲しくて欲しくてしょうがないんだ。また、地獄には戻りたくない。隠す?無理だ。
能動的に体が動いていた。ー強くならなきゃ……体が痛い。