十四話:楽しみ
剣を振りながら、様々な事を考えてみる。どうやったらいい魔法ができるか、とか、どこをどうしたら体がよく動くか、とか。
一番の疑問は何故俺には剣が使えるのだろうということだった。恐らく生前の行動に直結するのだろう。
商店街の客足が遠のいていて、何かいい案はないか、という議論が巻き起こり、何かパフォーマンスをしようという案が出た。
しかし、皆ご高齢だったので、できるのが俺しかいなかった。何をしようかと考えて、最終的に思いついたのは
旗をめちゃくちゃに振り回すこと。
頭の上で旗を回してから、回している状態を保ったまま体の右側、背中、左手と移動させて、さらにもう一本増やす。壮絶な努力の末に俺はこれを覚えていた。これやると結構客来るんだよな。
今皆どうしてるかな……俺がいなくなったから客減ったかな……お母さんは野垂れ死んでるかも……学校の奴らは……ノーコメントで。
あ、過去に耽ってるうちに剣の素振り終わった。さて、次は何しよっかな……
「いつも頑張ってるね、テンリ君。はいこれいつもの」
「おっ、牛乳。ありがとう。おおーちべたっ」
アズサ、見てたのか。たまにガンガンに冷えた牛乳が本当にタイミングよく持ってきてくれる。ああ、マジでありがたい。
「かあーっ!うめー!生き返るー!」
しかし、牛乳とは言ったがこれはなんの動物の乳なのか。気になってこの前メルティスさんに聞いたら牛とアルパカを混ぜたみたいなリークオンという動物が出てきた。
ちょっと造形に違和感しかないが、とにかく牛要素があるので牛乳と呼んでもいいだろう。めちゃくちゃ美味いし、問題ない。
「テンリ君身長伸びたよね。169センチが176センチになってるんだもん。牛乳ってすごいね」
いや、それ牛乳だけじゃなくて普通にまともなご飯が食べられるようになったからだと……それでも伸び過ぎだと思うが。どんだけ飯食ってなかったんだよ俺。
「人間ってよく成長するよね。君は身長だけじゃなくて実力もどんどん付いていくよね」
「頑張ればアズサもできると思うぞ」
アズサが悲しそうに笑う。たまにこういう顔するんだよな。主に一人でいるときとか、か細くて、儚い。それに彼女はよく笑うけど……
「しかし、俺等大分ここで話してるよな。いつからだっけ」
「初授業からしばらく経ってからじゃない?始めはたまに追いつけないときって感じだったけど、気付いたら毎日集まってるね」
まあ、俺がアレクを目標にしてから毎日だからな。あんな努力人間を目標にしてしまった以上、俺もできる限りのことをやらねば。
「でも、レズリーさんだけは越えられる自信湧かないな。後女子人気」
「ああ、あれはすごかったもんね。でも私あの人そんなに好きじゃない。なんかこう……全部下に見てるっていうか……」
いい人っぽいんだけどな。アズサは直感がいいのか悪いのか。とことん当たるときもあればとことん外れるときもあるからな……よくわかんないや。
しかし、大分長いことアズサと話してきたせいで、一日の欠かせないルーティンになっちゃったな。俺にとって、月を見ながらアズサと話す時間が一番楽しいんだろうな。
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「毎日毎日うざったらしすぎるぞお前!一人でやることだってあるはずだろうが!」
「一人でやることは後に回してるんだ」
「お前が一人で何かやってるとこ見たことねえよ……それに、何も似たようなことしなくてもいいだろうが!」
でも、絶対に君以上に鍛錬しなきゃ君は越えられない。だから、ここを離れる訳にはいかない。一度決めたら突っ走るまでだ。
「なんで俺を越えようとしてんだよ!俺より兄貴目指せよ!どうせ兄貴より劣ってるクソゴミなんだからよ、俺は!」
「努力する姿がカッコよかったからだよ!だから俺もそうなりたいって思ったの!」
マジでこれは本音。だから憧れたんだよ。でも、どうしても気になる。
悔しい、といった風に顔を歪めているアレクを見て、何が彼を彼たらしめるのか。何が彼をここまで努力の鬼にしたのか気になってしまう。
努力家だからこそ俺にはアレクが何か心にデカい爆弾でも抱えているのではないかと思うのだ。だから、
「だからさ、俺が君を越えたら、何でそんなに努力するようになったのか教えてくれよ」
そう言ってアレクの顔を見たが、心なしかアレクの顔が少し赤い。
「褒めても何も出ねえかんな。いい加減にしておけ。それと、まあ考えてやらんこともない」
言質取りました。言ったね?男に二言はないね?
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今まででこんな奴初めてだ。だって、普通俺に近づいてきた奴は皆幻滅していくのに、コイツ俺に憧れてるって?
冗談はよせよ。どうせお前も俺を越えていくだけだってのに。しかし、褒められたことなんかなかったからよ、なんか変な気分だ。おい、なんで雷じゃなくて火が出てくる。
なんか、コイツがずっと張り合ってくるから、調子狂う……いや、戻ってきてるんだろうな。努力の目的がテンリに変わってきてる気がする。
今はこれでいいのかもしれない。兄貴との張り合いに絶望しかない今、コイツとの張り合いで調子を取り戻したほうがいいのかもしれない。
張り合い甲斐はある。コイツ、多分ただの純粋馬鹿。自分で気づいていないようだが、相当の純粋な努力馬鹿だ。もうこいつの人となりにそんなに悪い気はしなくなってきた。
コイツと張り合うのが楽しいと感じてしまっている自分がいる。しかし、それは張り合うことだけ。
才能と人間関係、これをアイツが持っていることを俺が妬み続けている限り、アイツと俺が本当に相容れることはないだろう。
たしかにアイツと張り合っているのは楽しい。だが、あの魔法の特異な性質、人の隣で楽しそうに笑う顔……胸が痛い。こんなことで意地張ってる自分が嫌いだ。
「魔力供給止まってない?考え事?」
「うるせえ。そう言ってる暇あんなら話しかけずに剣振れよ。追い抜きやすいぞ」
「いや、どっちも動き続けたまま越えないと意味ない」
「……勝手にしろ」
本当ににコイツは、馬鹿というかなんというか……じゃあついてこいよ、速攻で行くからな。
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いや、良い日々を送れている気がする。言い友、良いライバル、恵まれた青春だな。前世からは考えられん。
最初にこの世界に来たとき、もう人とは関われないと思っていたけど、人のことを信じるのをやめかけたけど、それも相まって、今が本当に楽しい。
だけど今日は学校おやすみ。代行者としての初仕事をする予定の日だからだ。なんかそれっぽくランクが存在するらしいが、駆け出しなので最低のEランク。妥当。
返済に必要な金は500万ほど。以来一回につき10万から150万。桁がおかしいと思う。まあ、代行者は割と重い仕事らしいのでこのくらいが妥当なのだそう。
今日は行った依頼は……え?150万?待って待って待っておかしいって。いきなり?ランク上の人にやらせろよ。
内容は……超高いとこにある花の採取。……俺の出番じゃねえか。俺がどんだけ岩登ったと思ってんだ。いや、もう受けるしかないよね。泥棒とかするわけでもないし。
金額のせいでもう頭が回らないけど、……行くか。場所はアルライムの隣の国、ナグポリス。さあ、持っていく荷物も整ったし、いざ行かん!
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「おお、君がテンリ君。岩を登れるテンリ君か!」
ああ、そういえば代行者登録のとき、得意分野に岩登りって書いたんだった。それが目に止まってここに呼ばれた感じか?
「私はソルマエニ・ルーカスだ。頼む!あの高原の上にある花を取ってきてくれ!私の娘が……」
話によると、娘が重病を患っており、それを治すための特効薬がその花なのだと。高すぎて誰も登れず、藁にも縋る思いで俺を呼んだそうだ。
ー岩を登れるだけの俺より風属性魔法使い呼んだほうがいいと思う。……俺か。じゃあ適しに適しまくってるな。
ルーカスさんは貴族なので報酬金が高いらしい。これはもう本当にラッキーだった。というか、代行者システムそのものが金持ちに有利にできてると思う。
「わかりました。謹んでお受けいたしましょう」
まあ、それをわかってやってる以上何も言えないんだけどね。目的の場所へ向かい、絶句する。
「高っっっか」
尋常じゃなく高い。何だこれは。人力で登れという方がおかしいだろう。笑えてくるな……。
でも、受けてしまった以上やるしか無いか。岩に手を掛け、俺はその岩、もはや崖としか言いようがないそれを登り始めた。