一話:叶わぬ願い
生まれつき俺、遠山天理はそれぞれの目の色が違っていた。オッドアイというやつだ。ついでだが家も貧乏だった。
容姿が人と違っていて、貧乏。この2つが主な要因で俺はいじめを受けていた。
「気持ち悪ぃんだよ、こっち見んな」
「お前は貧乏でどうしようもないバケモンでクズなんだから大人しく退治されろ」
学校では罵詈雑言を吐かれ憂さ晴らしに殴られ続けるだけ。
「母さん、これ進路の紙なんだけど……」
「ブツブツブツ……」
家にも俺の場所はない。父は病死してもういない。母は酒に溺れ空虚につぶやくのみ。生活保護をそこに費やさないで欲しい。
将来を見据える時期である14歳であるのに、とても将来に期待できそうにない。
だがそうとはいえ絶望しきっているわけではない。身の周りの人は俺を気にかけてくれた。
一日を商店街の手伝いで時間を潰し、その対価に少し食べ物をもらってそれを食べてのりきる。たまにおやつをくれたり、バスケで遊んでくれたり、色々なものを貸してくれたり。
人間悪い人ばかりではない。だから俺は、お先は真っ暗でも、せめて人に優しくできるやつになろうと思えることができた。
これが俺が唯一誇れることだろう。自分が嫌っている相手と同じようになるわけにもいかないしな。
それに、俺はまだ自分の人生を諦めていない。絶対に良い将来にしてやる。期待せずにはいられないのだ。もしかしたら奇跡が起きるかも。
ーーひょっとしたらただ現実を見たくないだけかもしれない。
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そんな俺は、たまにネットを借りて情報を調べたりさせてもらっている。今日はバスケのイベントに行こうとしている。
こういうイベントに参加したことはない。ワクワクしている。無料で良かった。
ハチ公前、定番の待ち合わせ場所である。その前を過ぎ去る。
しかし、人が多い……。オッドアイが見られて罵られないか心配になってきた。今から会う人は、受け入れてくれるといいんだけどな……。
まあ、一応は前髪で片方隠してるし、まあ大丈夫だろ。
人混みをかき分け、目的の人を探す。あまりこんなところに来ることはないが、これが普通なのだろうか。いかんせん人が多いのだ。
だが、不穏な音ばかり耳に入る。ざわめく声、何かが壊れる音、問題なのは壊れる音が近づいてくること、ざわめく声が悲鳴に変わったこと。振り返った。振り返ってしまった。
見ればトラックが高速で突っ込んで来るではないか。逃げなければ。だが、幸か不幸か気づいてしまった。人混みに足を取られ、1人転んでいる。
まずい、轢かれる、行くか、行かないか。考えていたらもう俺は人混みをかき分けていた。ただ一心不乱に前へ進む。
今思えばここで見捨てたら、今まで心がけてきた、積み重ねてきたことが壊れる気がする。どうせ突っ込んでいた。気がつけば頭の中はあの人を助けるんだということでいっぱいだ。
ついにその時が来た。届いたのだ、しまったのだ。俺はそのままその人を思いっきり押し、宙に舞った。誇りに思っていいと思う。
でも、もう少し、いい人生を送れたらな……
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「おはよう、いやこんばんはかな? まあどちらにせよ、ようやく起きたか」
声がした。ということは俺助かった?
「あ、これだめだわ絶対助かってない」
目覚めて開口一番驚きすぎて変なこと言ってしまった。いやでも普通驚くだろ目の前がいかにも天国っぽい場所だったら。
しかも目の前に白いよくわからない服を着た男がいる。
「あなたは誰ですか?」
「僕は神様さ。君は轢死したんだ。いや電線にも巻き込まれてたし、感電死かな? まあ、単刀直入に言うけど、君にはここではない世界で生きてもらうから。」
「は?」
意味分からなすぎる。なんで俺が?死んだなら普通に天国で暮らさせろよ。嫌なんだよ前みたいに嫌われるかもしれないし。
「なんか不服そうだけど……もう決まってるから転移以外は無理。たまに誰かをどっか他のとこに送んないと世界がバランス取れないの。めんどくさいよね。」
強引だな……。しかし、頭に輪っかとか付いてるしまじで神なんだろうな。金髪で、目は赤い。儚い雰囲気で、女の人に見えないこともない。
神殿とかあるし、ん? 何だこれ?なんか、白いりんご? に黒い羽みたいなのが……思わず手に取った。
「あ、それ触ると燃えるから気をつけて」
「え? アッツ!」
遅かった。もう黒い炎が手を覆ってた。すぐ消えたけど。あぶねえ。しかし、こんな物騒なもんがある以上、絶対ここは人知を超えてる場所なんだろうな。
「まあ、勝手に決めたお詫びに強い能力あげるから。定番だろ?」
この状況を定番だと思う人間がこの世には存在するのか。信じらんねえ。まあもらえるならもらうけど。無料には勝てん。この前だってポケットティッシュ大量に……
「いいかい、君が行く世界には魔法もあるし、戦争もある。今までの世界とは何もかも違う。それを心に入れておくんだよ。君は今日からテンリ・トオヤマとして生きるんだ。日本姓とかないからね。じゃあいってらっしゃい。」
なんか穴が開いた。ここを通ればいいのだろうか。
「行ってきま、ん、え? あああああ!」
清々しく挨拶しようとしたら吸い込まれたんだが。やっぱ強引だな……。しかし、何であんな急かすんだ?
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いい加減呆れたものだ。あの男の横暴には。留まることを知らない。どれだけ振り回されただろうか。
ーーいや、自分が振り回されるだけならまだ良かった。
それだけでは飽き足らず、あの男は自らの欲のために何も知らない少年を修羅へと変貌させようとしている。
それだけはだめだ。世界を担う、いや、担っていた自分のプライドが許さない。
どうせ彼は元の世界には戻れないだろう。端から選択肢なんてなかった。だから、あの少年は少しだけ早く降り立たせることにした。あの男に会うことがないように。
結局それも、少年を正気のまま地獄に叩き落すことになるのだろうが。そんな選択をしたことに罪悪感が芽生える。
それを潰すためなのだろうか。自分は少年に地獄を乗り切るための授け物をした。
「でも、これじゃ、彼が地獄に落ちる前提じゃないか」
その時、その男は後ろに降り立ち、審判を下す。
「洒落にならないことをやってくれたな」
震える声から怒気が感じ取れる。間違いなく、これは……
ーー結局、最期まで罪悪感が消えることはなかった。そのまま死ぬのは心苦しい。
だから、ありったけの思いを吐露する。ーその少年には聞こえないのに。
「あき、ら、め、るな……いき、てつか、み、と、れ……」
本来死ぬような選択なんて選ばなくてよかった。そうすればいつまでも生きていられた。寿命なんて無いからだ。
選んでしまったった自分は、甘い。つくづく向いていないと思った。一人の人間に情けをかけるなんて。
ーー神なんて、やるんじゃなかった。
神だった強引な、儚い男は、完全に輝きを失った。唯一輝きを保つその贈り物は、少年の目の中で赤く煌めいている。
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ゆっくり移動していたら、街が見えてきた。もうすぐかな? ついに俺は、穴を抜ける……。
「えっ、あギャッ!」
落っこちて、地面に激突した。痛いよ! なんでだよ!一歩目は力強く踏むって決めてたのに着地ミスっちまった! 足からだったし!
散々だな……こんな不運を遥かに超える運命がこの先に待っているとも知らず、俺はそう思った。そして、新しい人生こそは良い未来を目指すと決めたのだった。生前の心構えと死ぬ前の自分を持って。
生前とはいったが、今は生きているというのだから不思議だ。