三十路の意地
ウェーブはあの小柄な体内に大量の魔力を積んでおり、魔法使いとしても圧倒的な力を秘めている優秀なメンバーだ。
精密機械の様に敵対勢力の賊員や魔獣を粛清し、エミールでは絶対的な地位を確立していた。
そんなウェーブは感情を表に出す事がほとんど無く、自分の意志で行動する事も全く無かった。
だから、あんな行動を起こした時は驚いたもんさ。
~エミールのメンバー、ファイド~
「ハリガネ...ポップ? 」。
ハリガネは自分自身の名前をその槍使いらしき女性へ聞き返すように声を発した。
「ええ、私はポンズ王国出身なの。王国の方で一ヶ月くらい前にそのハリガネっていう傭兵が王国兵士や同じ傭兵達と軍の許可も無く部隊を結成して、王国内を暴走したっていう事件があったのよ。それでそのハリガネっていう傭兵は国家反逆罪に問われて王国を追放されたのよ」。
「あ~、確かニュースになってたでおじゃるね~」。
ハリガネは頷きながら槍使いらしき女性に調子を合わせ、そうしらばっくれていた。
「そうそう、それで山脈の方へ向かっていったと思うんだけど...。貴方達はハリガネっていう傭兵と遭遇しなかった? 戦士職としては結構小柄な方なんだけど...」。
「いやぁ~、見てないでゲスね~」。
ハリガネはシアターと目を合わせながらそう答えた。
「そ、そうですね...。見てないですね」。
シアターもハリガネの発言に合わせてそう答えた。
「そう...私達よりも前の世代で戦中期の兵士だったって聞いてたから、仲間にすれば頼りになると思ったんだけどなぁ~。ねぇ~、やっぱり山脈の方まで行かな~い? 」。
槍使いらしき女性がそう問うと、剣士らしき男性は再び嫌悪感を露わにした。
「おいおいっ! 冗談じゃないっ! 魔王を倒す前に、山脈の魔獣と戦って余計なダメージを背負ったらどうするんだっ! 」。
「いいじゃな~い! 景気付けに“アルマンダイト”でも狩りましょうよぉ~! 」。
「“アルマンダイト”だとぉ~!? あんな化け物なんか狩れるわけがないだろうっ!? 諸国軍の魔獣討伐部隊ですらことごとく撃沈してきた凶悪な大型魔獣だぞっ!? 諸国の軍隊や魔獣目当てのハンター達がパルメザンチーズ山脈に寄り付かなくなった諸悪の根源じゃないかっ!! 」。
(逆に“アルマンダイト”を狩れなくて、その魔王とやらを倒せるのかよ? )。
ハリガネは必死に反対する剣士らしき男性に、怪訝な表情を向けながらそう思っていた。
「えぇ~? もしかしたら、山脈の方にハリガネ=ポップがいるかもしれないわよ~?? だって、ハリガネ=ポップは山脈に生息する“アルマンダイト”を討伐しないと王国に戻れない王令が下ってるんだし~」。
槍使いらしき女性がそう言うと、剣士らしき男性はフンッと鼻を鳴らして嘲笑った。
「たった一人の人間を仲間に取り入れるために、わざわざ山脈に行く必要も無いだろう? それに、ハリガネ=ポップって魔法を使わない戦士で身長もそんなにないし、三十を過ぎたただの傭兵なんだろう? どうせ、山脈内にいたとしても魔獣達に食われたんだろうよ。国外を追放されたもう一人の元王国兵士と行動を共にしていると報道されていたが、あんな化け物が潜んでいる危険地帯で魔法を使わない生身の人間二人に何ができるというんだ? 君達もそう思うだろ? 」。
剣士らしき男性に話を振られたハリガネは、人差し指で自身の鼻の頭を軽く擦りながら微笑を浮かべた。
「そうでしょうな~。もう、食われたんじゃないでゲスかね~? 」。
「はははっ! ...おっと! そろそろ行かなくては。立ち話に付き合わせてしまって悪かったね。我々はこの辺で失礼するよ」。
「お気をつけて~」。
ハリガネはそう言って去っていく集団を見送っていた。
「魔獣にビビってるくせに...随分と言ってくれんじゃねぇかよ...。三十路舐めんじゃねぇぞ...」。
「...」。
声を押し殺しながら呟いたハリガネを、シアターは心配した様子で見つめていた。
そして、上目遣いで去っていく集団の背中を睨み付けているその姿から、ハリガネが静かな怒りを湧き上がらせている事を感じ取っていた。




