ワソパソマソみたいな世界
苦手なタイプ...ですか?
乱暴な人ですかね...。
圧が強い人はちょっと...。
...え? ゴリラ隊員?
最初は怖いと思いましたけど、今は全然そう思わないですよ。
~ノンスタンスのメンバー、キュン~
「...ボスに就任したエスティーが組織強化のためにまず初めた事として、エミール内で階級制度を導入しました。この制度で団員はレベルの高い順にS,A,B,Cというクラスに区別され、組織への貢献度を明確に表す新たな指標として活用される事になりました。この前に話した時も少し触れましたがA以上に昇級すればアジト内で自分だけの個室を利用する事もできますし、格下のメンバーを付き人として利用する事が可能となります。特にSランクにもなればAよりも格段に待遇とかも変わりますし、事実上の幹部クラスメンバーだと思ってもらっても差し支えないです」。
「ふむ...まるで漫画のワソパソマソみたいな世界観だな。戦果を成し遂げると生活や地位が優遇されるようなシステムを構築しているとはこの前に聞いたが、それを測る基準として組織内において団員同士の競争心と士気を向上させる組織改革というのがそのヒエラルキー制度という事か。」。
ハリガネは頷きながらそう言って、ノートにローの証言を記録していた。
ちなみに、ワソパソマソとはポンズ王国内で連載中の人気漫画である。
その漫画の内容は就活中のフリーターである元王国兵士が、悪しき風習や汚職によって王国を腐敗させた国王を倒すべく庶民と共に立ち向かうというものである。
その漫画の主人公も元王国兵士でフリーターだったという境遇に親近感があったようで、求職中であったハリガネはそのワソパソマソという漫画を愛読していた。
ちなみに、これは余談であるがハリガネが王国の反逆者として軍事刑務所に収監されていた際に、幼馴染である道具屋の一人息子のミドルからワソパソマソの単行本を差し入れしてもらっていた。
「ふむ...そのSランクのメンバーはどのくらいいるんだ? やっぱり、さっきのウェーブやファイドとかいう強力な魔法を使う魔法使いで構成されているとは思うんだが...? 」。
「はい...。俺はそのヒエラルキー制度が導入されたばかりの時に抜けたんで、メンバーは大分変わっているとは思うんですけど...。自分がいた時、Sクラスのメンバーは四人いました」。
「四人...」。
ハリガネはそう呟きながらペンを走らせた。
「はい、一人目はセンコーという魔法使いです。エスティーの側近で事実上のナンバーツーです。奴も強力な魔法を操る事ができて魔法陣も豊富に描けます。奴が魔法関連の中心人物だと言っても過言ではありません」。
「なるほど、そいつは厄介だな。魔法使いというよりは魔術師、か...」。
ハリガネはローにそう相槌を打ちながら、証言をノートに記録していた。
「二人目はさっき姿を見せていたファイドです。ファイドは組織のマネージメントを務めている存在であり、組織の治安維持や情報管理,資金管理,人事といった総合的な組織内における事務関係の最高責任者を担っている人間です」。
「組織内においては総務的な立場って事か...」。
「はい...。三人目は同じくさっき外で暴れていたウェーブです。ウェーブは特に専門的な役割を担っているわけではないのですが、テリトリー範囲の防衛を担当しています。組織の中では随一の戦力を持つ恐ろしい魔法使いです。センコーと同じく魔法陣も操れますし、火力も圧倒的なんで凶悪な大型魔獣もウェーブ一人で討伐できてしまいます。そして、エミールも救世主様が率いるこの部隊と同様、“アルマンダイト”の討伐に熱を燃やしていますし...。エスティーはこれからもウェーブを重宝する事でしょう」。
最早、ローに救世主様呼ばわりされても指摘しなくなったハリガネは、ばつが悪い表情を浮かべつつノートを見渡していた。
「う~ん、しかし本当に厄介だな~。ただでさえ、総数も負けてて組織自体にも隙が無さそうなのに...。つーか、あんな癇癪持ちをエミールはよくコントロールできるな~」。
「...」。
両手を自身の後頭部に回して身体をのけ反らしながらそう言うハリガネを余所に、ローは険しい表情を浮かべたまま考え込んでいた。
「ん...? 何か気になる事でもあるのか? 」。
「いや、なんか...。アイツ、あんな感じの奴だったかな~って思って...」。
「アイツ...? ウェーブの事か? 」。
「はい...。アジト内にいるウェーブって、無口でコミュニケーションを取るのが苦手な内向的人間だと、自分の中ではそう記憶しているんですけど...。あんなにヒステリーを起こすような奴ではなかったような気がするんですがね...。アジト内でも表情も感情もあまり出さない大人しい奴だったんですが...」。
小首を傾げながらそう答えるローに、ハリガネは納得したように小さく何度か頷いた。
「ふ~ん、それで話を戻すんだけどさ。最後の四人目のSクラスメンバーを教えてくれ」。
「はい、四人目はベルっていう女の魔法使いです。ベルは戦闘型のウェーブとは異なり、医療系の魔法を使いこなす事ができるので組織内ではドクター的な立場に置かれています」。
「医療系の魔法? 回復とかそういうのじゃなくて? 」。
ハリガネは怪訝な表情を浮かべ、ローにそう聞き返した。
「もちろん、回復魔法も使えますがベルは魔法を用いて施術ができるんです」。
「...マジで? 医療系魔法を使っての施術だから、実質それは手術って事だよな? 」。
ハリガネは驚いた様子で眉をひそめ、ローを見ながら重ねて問いかけた。
「はい、縫合も魔力を利用して行う事ができるみたいなので、身体の部位が切断したり回復魔法では処置が困難な怪我でも対応する事が可能です」。
「うわ...賊団なのにドクターもいるかよぉ~! マジで面倒クセーなぁ~! 」。
ハリガネはばつが悪い表情を浮かべながら被っている兜を外し、乱れたボサボサ髪を強めに掻いた。
「回復魔法と言っても効力に限りがありますからね~。この間ジューンさんがエミールの連中にやられた時にも言いましたけど、単純な止血とか軽い火傷とかだったら回復魔法で何とかなりますよ~。でも、内臓関係とかより専門的な治療法が必要になると、回復魔法で補えない点もありますからね~。特に身体にメスを入れるわけっすから、回復専門の魔法使いであっても医療的技術や知識を取得していないと魔法による医療行為なんて実行できないはずですからね~。まぁ、ほとんどの国家においては医療魔法限らず、医療行為は医師以外の者が行う事は禁じられているのが現実ですからね~。そういった非合法的な事もやってのけるあたりは、いかにも賊団らしい感じがしますけど」。
「あ、パルスさん」。
パルスが基地に姿を現すと、後ろから続々と隊員達が続いてきた。
「只今戻った」。
「おかえりなさい、作業はどうでしたか? 」。
ハリガネはゴリラ隊員にそう問いかけた。
「問題無い、外で色々とテストして複数の位置に魔法陣を配置したところだ。あとは基地に配置してあるスクリーンに連動させて映せるようにしたら完了らしい」。
「そうですか、外の状況はどうでしたか? 」。
ハリガネがそう問いかけると、ゴリラ隊員は基地の中心に設置してあるスクリーンを指差した。
「...あんな感じだ」。
ハリガネがスクリーンに視線を向けると、監視魔法陣によって外の様子があらゆる角度から分割して映し出されていた。
「隊長さ~ん! 魔法陣の設置が終わりました~! 」。
チャールズはスクリーンの傍でハリガネに手を振りながらそう答えた。
「ご苦労様で~す! おお! よく映ってるな~! 」。
ハリガネは感心した様子で頷きながらスクリーンをまじまじと眺めた。
「魔法陣で監視する場所はゴリラさんとヤマナカさんが決められました~」
「いやぁ~! 僕もついて行って良かったなぁ~! フユカワさんに監視魔法陣の描き方を教わってましてね~! 」。
パルスがハリガネ達のいるスクリーンの方へやって来た。
「さすがパルスさんですね~! もう陣形の描き方をマスターするとはっ! 敬服致しましたっ! 」。
フユカワは手放しでパルスを称賛した。
「いやいやぁ~! まだ完全に使いこなせるわけではないっすけどね~! でも、これで隊員としての行動パターンがまた一つ増えましたね~! 」。
そう言うパルスは満足している様子で大きく頷いた。
「しかし、改めて見ると酷い光景だな~。基地の周辺が滅茶苦茶だ~」。
ハリガネが覗いているスクリーンには緑が生い茂っていたはずの基地周辺が、ウェーブの手によってすっかり荒れ果てている様子が映し出されていた。
そびえ立っていた木々のほとんどがなぎ倒されており、魔法の衝撃で土砂崩れが起こった形跡もそのまま残されていた。
「パルスさんから周囲の魔力チェックをしていただいたんだが、既にエミールの連中は自分達のアジトに戻っていったと考えられる。基地周辺に人の気配も感じられなかった」。
ゴリラ隊員はハリガネにそう伝えると、テーブルの上に置いてあるノートをまじまじと見つめていた。
「了解です」。
「それで、そっちの方はどうだ? 」。
「まだ、聞き込み中ですが、ボスのエスティを除いた幹部クラスのメンバーに関してはノートに書いてある情報の通りです」。
ハリガネはゴリラ隊員にそう答えながらテーブル席の方へ戻った
「ふむ...あの二人は幹部的なポジションだったという事か...」。
ゴリラ隊員は険しい表情を浮かべながら両腕を組んで唸った。
「ええ、幹部の中には医療行為ができるドクター的ポジションの人間もいるみたいです。それが下の方に書いてあるベルって奴みたいです」。
ハリガネはそう答えながら椅子に座り直した。
「医療...エミールにはそんな闇医者みたいな奴までいるのか。なるほど、バックアップ体制を万全という事か...。エミールは今後も脅威的な存在になるだろうな」。
「そうですね」。
「うむ...。それじゃあ、引き続き頼むぞ」。
ゴリラ隊員はハリガネにそう言い残してその場から離れ、シアターに替わり入口付近に立った。
「お、お疲れ様です。見張り交替しました」
「お疲れ様で~す。それじゃあ、シアターさんは引き続き奥の方でみんなと作業に戻ってくださ~い」。
「は~い」。
見張り番を交替したシアターは、ハリガネに会釈しながら奥の方へ去っていった。
「あ~、悪い。話の腰を折ってしまったな」。
ハリガネはローにそう言葉をかけながらテーブル上に置いてあるノートとペンを再び手に取った。
「いえ...」。
ローは暗い表情のまま、うつむき気味に答えた。
「え~と、何処まで聞いたっけな...。そっか、Sクラスのメンバーの事は聞いたな。それで、Aクラスのメンバーはどんくらいいるんだ? 」。
「Aクラスのメンバーはだいたい十人前後くらいまで決める事になっていたみたいです。Aクラスは魔法が使える組織の中でも抜きん出た能力を持っているメンバーが選ばれる事になっていました。ただ、そのAクラスのメンバーが選抜される前に俺は抜けたので、Aクラスの具体的なメンバーに関しては分からないです。Bクラスは魔法が使える並みのメンバー。それに対して、Cクラスは魔法が使えないメンバーと、当時はそんな感じで区別されていたはずです」。
「なるほど、ローがエミールを離脱する前に決められていた事はSクラスメンバーの選抜か。まぁ、話を聞いたところだと、やはりウェーブは警戒するべきだろうが...。他の団員も魔法が使えるとなると...」。
ハリガネはそう言いかけて話を止めると、小さく溜息をついて再び頭を掻き険しい表情を浮かべた。
「エミールは山脈に構えた賊団の中で総力も勢力も圧倒的です...。何卒、お気を付けて...」。
ローは真剣な眼差しで語気を強め、必死な様子でハリガネにそう訴えた。
「...」。
そう訴えかけるローの必死な形相を、ハリガネは険しい表情のまま黙って見つめていた。




