旅は道連れ世は情け
え...? 苦手なタイプ...?
う~ん、信念を貫き通せない人かな。
簡単に言えばヤンデレとかメンヘラとか...。
ああいう、癖が強くて重い人は苦手だな~。
~さすらいの遊び人、ジューン~
(じ、十億ゴールドだと...ッッ!? ほ、本当かそれ...ッッ!? 俺に懸賞金が懸けられている事はオッサンや渓谷で遭遇した賊人から聞いてはいたが...。まさか、俺の首がそんなに値打ちあるとは...ッッ!! ほ、本当にこのオッサン...。い、一体何者なんだ...ッッ!? )。
フードで目線を隠しながらも表情を強張らせてやや動揺するハリガネは固唾を呑み込み、神妙な面持ちでこちらを見つめている男の目を覗き込んだ。
幸薄そうで無愛想な表情とは裏腹にその男の鳶色の瞳は澄んでおり、その瞳に思考が見透かされているような感覚にハリガネは陥っていた。
(何だ、この男は...。ここまで生気の無い無表情な顔を保たれると、逆にシュール過ぎて思わず吹き出しそうになるよ...)。
その男は無表情のまま、話を切り出した。
「...明日は十五億」。
「...へっ?? 」。
呆気に取られるハリガネを余所に、男は淡々とした口調で話を続ける。
「明後日は二十億くらいで...。明々後日には、雨さえ降らなければ二十五億は軽く超えるだろう...。最終的には五十億は届くだろう...多分」。
(五十億...? 何? 予想?? どういうこったよ?? てか、多分って何だよ?? )
変わらず神妙な表情を浮かべたまま再び黙り込んで空を見上げる男に、ハリガネはただ呆然として見つめる事しかできなかった。
「...」。
しばらくして、男はハリガネの方に視線を戻した。
「まぁ、冗談はこれくらいにしておいて...」。
(はぁっ...!? 冗談っ!? えっ!? 今までの冗談っ...!? えっ!? 何っ!? 一体どういう事だよっ!! )。
男は混乱するハリガネを無視して更に話を続ける。
「私はこれからパルメザンチーズ山脈住まいの“ゴクアクボンド”さん宅へ行かなければならないのだが...。どうも道に迷ってしまったようだ...。君達は“ゴクアクボンド”さんの住所を御存知かな? 」。
男はそう言って無表情のまま、再び辺りを見回し始めた。
(“ゴクアクボンド”...? ローが昨日言ってたソイ=ソース国方面の山脈に拠点を構えている賊団だったな。このオッサン、賊団の団員じゃないのか? マジで何者なんだ...? つーか、山脈の方へ何しに行くんだ? この間の傭兵みたくその賊団に加入するのかな...? )。
ハリガネは困惑しながらも、山道の奥を一瞥して口を開いた。
「その...“ゴクアクボンド”さんの住所は分からないでやんすが、この先を歩けばパルメザンチーズ山脈へ着くでごわす。ブルーチーズ川に沿って歩くとモッツァレラチーズ渓谷経由でブルーチーズ湖へ辿り着くでゲス。パルメザンチーズ山脈はその湖のすぐ先にあるザマス」。
ハリガネは例のヘンテコな口調で男に山脈への行き先を教えた。
「...」。
しかし、男は無表情で黙ったままハリガネを見つめている。
「...? 」。
ハリガネは何も話さない男に困惑していると、その男は再び口を開いた。
「...聞き取りづらかったかな? では、もう一度話そう。私はこれからパルメザンチーズ山脈住まいの“ゴクアクボンド”さん宅へ行かなければならないのだが...。どうも道に迷ってしまったようだ...。君達は“ゴクアクボンド”さんの住所を御存知かな? 」。
(え...? 俺の声が聞こえてなかったのかな...? )。
困惑するハリガネは山道の奥を指差しながら声のボリュームを上げてスピードも落とし、相手にしっかりと聞き取れるよう努めてその男に行き先を再び説明した。
「“ゴクアクボンド”さんの住所は分からないでやんすっ! だけどっ! この先にあるっ! ブルーチーズ川に沿って歩くとっ! モッツァレラチーズ渓谷を通じてっ! ブルーチーズ湖へ辿り着くでごわすっ! パルメザンチーズ山脈はっ! その湖のすぐ先にあるですたいっ! 」。
ハリガネは再びそう答えると...。
「ん~?? おかしいな~?? さっきから言ってる事が全然聞こえんぞ~?? 」。
男はそう言いながら顔をしかめてハリガネに耳を傾けた。
「えっ?? それはどういう..あっ! 」。
ハリガネは男が耳栓をしている事に気がついた。
「耳っ! 耳っ! 」。
ハリガネが自身の両耳を指し示すと、その事に気づいた男はハッとした様子で両耳の穴を塞いでいる耳栓を外した。
「こりゃ、失敬。耳栓をしていた事をすっかり忘れとった。それでは人の話が聞こえてくるはずがない」。
「な、何で耳栓なんかしてるんでござるか? そんな事してたら危ないでおじゃるよ? ただでさえ、凶悪な魔獣が住み着いているパルメザンチーズ山脈へ向かうのに...」。
「私は...その魔獣が嫌いなんだ」。
「え...? 」。
「正確に言えば、魔獣の鳴き声が嫌いだ」。
「は、はぁ...」。
「だから、道中では耳栓を必ず装着すると天地神明に誓っている」。
真顔で淡々とそう答える男の心境が理解できず、ハリガネとシアターは困惑した表情のままお互い顔を見合わせていた。
「ちなみに、この耳栓には防音魔法を施しているおかげで鳴声対策はバッチリだ。私が呟く独り言も自分の耳に入ってこない」。
「い、いや...。でも、鳴き声が聞こえないと魔獣の存在にも気づかないし、魔獣やタチの悪い賊人に襲われた時に大変じゃないでやんすか? 」。
ハリガネがそう問うと、男は無表情のまま空を見上げた。
「魔獣の鳴き声を聞くくらいなら、死んだ方がマシや。自分が殺されてバラバラされた後、自分の首が賊団のアジトに晒されたり身体が標本扱いされるような事になろうとも...。食べられたりどんな無残な末路を歩む事になろうとも...。魔獣の鳴き声を聞くよりは、数千倍マシや」。
(そ、そこまでぇ~!? )。
ハリガネとシアターは呆れ返った様子で口をポカーンと開けたまま、空を再び眺めながらそう話す男を見つめ続けていた。
男はしばらく空を眺めた後、ハリガネの方に視線を戻した。
「おっと、こんなところでグズグズしているわけにはいかないな...。それで、話を戻すが“ゴクアクボンド”さん宅を教えて欲しいのだ」。
「ああ、はい。その“ゴクアクボンド”さんの住所は分からないでござるが、パルメザンチーズ山脈はこの山道の先にあるでゲス。ブルーチーズ川に沿って歩くとモッツァレラチーズ渓谷経由でブルーチーズ湖へ辿り着くでございやす。パルメザンチーズ山脈はその湖のすぐ先にあるぜよ」。
ハリガネがそう答えると、男は納得した様子で小さく頷いた。
「そうか、ありがとう」。
「いえいえ」。
男はハリガネにそう礼を言ってその場を...。
「...」。
「...」。
その場を...。
「...」。
「...? 」。
その場を離れずに無表情のままハリガネを見つめていた。
「あの...。な、何か...? 」。
ハリガネは沈黙に耐えかねて男に声をかけた。
「...今日は朝から何も食べていないんだ。だから、腹が減っている。何か食べ物はないか? 」。
男はハリガネとシアターの後方にある荷車に視線を移しながらそう問いかけた。
「え、えぇ...。まぁ...あっし達は商人なんで...。食べ物は少ないけど荷車に入ってるでやんす」。
ハリガネは荷車から食べ物を何個か取り出した。
もちろん、その食べ物はケチャップ軍との物々交換を経て手に入れた物である。
「できれば、おにぎりが欲しいのだが」。
「おにぎりは無いでゲスが、大きめのパンならあるでやんす。他にも果物とか...」。
「おぉ...っ! これはっ! 」。
男はハリガネが両腕に抱えている食べ物の中から、太い棒状の食材を取り出した。
「これは...世界に一つしかないという伝説の剣、“レジェンドスティック”! 」。
(どっからどう見てもただのソーセージだろうが。しかも、荷車の中にまだ二十本くらいあるし...。だいたい、剣なのに“レジェンドスティック”って...。てか、剣なのか棒なのかハッキリしろよ...)。
ハリガネは嬉々としてソーセージを見つめる男に冷ややかな視線を向けていた。
「これを貰おう。いくらだい? 」。
男はローブのポケットから金貨を取り出し、ハリガネにそう問いかけた。
「あ、すいやせん。ウチは物々交換での取引になりやす。お金での取引は受け付けておりやせんです」。
ハリガネが男にそう答えると、男は再びローブのポケットに手を突っ込んだ。
「随分と原始的だな...。まぁ、山脈の辺りの露天商売はみんなそんな感じか...」。
男はそう言いながらローブのポケットから三つの飴玉を取り出した。
その飴玉は白い紙に包まれており、その包み紙には一つ目だけが描かれていた。
(何だ...? この気持ち悪いデザインの飴玉は...? )。
ハリガネは表情を曇らせて、男から受け取った怪しい飴玉を凝視した。
「それは著名な魔術師が開発したキャンディだと言われている。このキャンディの中には強力な魔法が凝縮されているというが...。詳しい事は分かっていない。もともと知り合いの魔法使いから貰ったものなのだが、それを舐めて私は散々な目に遭ったからもう要らない。だから、あげる」。
「さ、散々な目...? 」。
「下痢になったり、痔になったり...。週に三日は金縛りに遭ったり、若い女性から変な因縁をつけられたり...。税金が高くなったり、物価が高くなったり...」。
(飴玉とほとんど関係の無い事ばっかじゃねぇか。てか、そんな物騒なもん俺に押し付けてくんなよ)。
げんなりとした表情を浮かべて掌にある三つの飴玉を眺めているハリガネを余所に、男はソーセージをローブのポケットに入れて皆から背を向けた。
「旅は道連れ世は情け...また会おう」。
男はハリガネ達にそう言うと、再び耳栓を自身の両耳に装着し...。
「アットマーク~、私は好きよ~。魔力薬を耳と鼻の穴へ注ぎたくなるほど~、大好き~」。
「...」。
「味の無いガムと令嬢のコミュニケーショ~ン」。
変な歌を歌いながらハリガネ達の下から離れていた。
(何だあのヘンテコなアカペラ...。てか、何が旅は道連れ世は情けだ。ただ、変な飴玉押し付けていっただけじゃねぇか)。
ハリガネはうんざりとした表情で、去っていく男の背中を黙って見送っていた。




