マリオネット
やぁ! また僕だよ!
AI? アンドロイド?
この世界にはそんな物存在しないよ。
~某道具屋の従業員~
ハリガネとシアターがケチャップ軍と落ち合うため外に出ている時、基地内ではゴリラ隊員が捕虜であるノンスタンスのメンバーを監視していた。
ノンスタンスのメンバーはパルスが収集した薬草で調合したり、加工した魔獣の毛皮に裁縫を施したりしていた。
(...ったく、あのジューンとかいう男、エミールの賊人共に殺されかけたっつーのに性懲りも無くまたどっかへ行きやがって...。いなくなってやがったの全然気付かなかったわ...。もう、今度負傷して戻ってきたら手当もしてやらないでさっさと追い出すか...。勇者が言うには強力な魔法を操る魔法使いらしいが、もし抗ってきたら普通に殺そっと)。
ゴリラ隊員はそう思いつつ壁に寄りかかりながら基地内の様子を眺めていた。
ノンスタンスの子供達と女性陣は裁縫をしながら楽しく談笑をしており、青年メンバーは熱心な様子でパルスと薬の調合を行っていた。
そんな時、テーブル席で皆と楽しげに作業をしていたキュンが、不意にゴリラ隊員と視線が合うと椅子から立ち上がった。
「...む? 」。
ゴリラ隊員は怪訝な表情を浮かべて歩み寄ってくるキュンを見つめた。
「あの...お花摘みに行きたいんですけど...」。
キュンが怖ず怖ずとそう告げると、ゴリラ隊員は片眉を吊り上げた。
「お花を摘む...? 」。
「あっ! いやっ! お手洗いの事ですっ! 」。
キュンが慌てた様子でそう補足すると、ゴリラ隊員は納得した様子で小さく頷いた。
「...用便か、最近の若い奴が使う言葉はまどろこしくてよく分らん」。
「す、すみません...」。
キュンは申し訳なさそうにうつむきながらゴリラ隊員にそう言った。
「...ついてこい」。
ゴリラ隊員はそう言いながら外に繋がる魔法陣へキュンを誘導した。
そして、二人は魔法陣を通じて基地から少し外れた草陰に行き着いた。
外に出ると、ライフルを構えて周囲を見張っているヤマナカが二人の視界に入ってきた。
「ゴリラ隊員っ! お疲れ様ですっ! 」。
ヤマナカがそう言いながら敬礼すると、ゴリラ隊員も敬礼を返した。
「お疲れ、外の様子はどうだ? 」。
「特に変わりありませんっ! 」。
ヤマナカがそう答えると、ゴリラ隊員は小さく頷いた。
「そうか、そろそろ交代だから基地に戻っていいぞ」。
「了解しましたっ! 」。
ヤマナカはゴリラ隊員にそう言い残し、魔法陣を通ってその場から姿を消していった。
「速やかに済ませろ。不審な動きはするなよ? 」。
ゴリラ隊員は少し離れた大岩を指差しながらキュンにそう釘を刺した。
「し、失礼しますっ! 」。
キュンは足早に大岩の裏に向かっていった。
「...」。
ゴリラ隊員は地面に尻餅をつき、立木に寄りかかると懐から一枚の写真を取り出した。
その写真にはゴリラ隊員と一人の女性、そして三人の幼い子供達が笑顔で写り込んでいた。
(アイツ等...。今、どうしてるだろうか...? 俺の貯蓄した金だけで、ガキ共が独り立ちするまでやり繰りできるかどうか...)。
ゴリラ隊員はそう思いながら小さく溜息をついた。
(一家の大黒柱が反逆者として国外追放を受けてしまった...。軍人以前に、俺は一人の父親として失格だ...。アイツ等は肩身が狭い思いをしているに違いない...。そんな駄目な俺が家族や王国に対して償える事は...これしかねぇんだ...ッッ!! “アルマンダイト”を討伐して何とか報いるしかねぇ...ッッ!! )。
ゴリラ隊員は一層険しい表情で睨み付ける様に写真を眺めていた。
「ご家族...ですか? 」。
「む...? 」。
ゴリラ隊員が写真から目を逸らすと、いつの間にか隣にいるキュンが屈み込んで興味深しげにその写真を見つめていた。
「...そうだ」。
ゴリラ隊員はキュンにそう答えながら、その写真を懐に仕舞い込んだ。
「その...可愛いお子さんですね...」。
「...」。
ゴリラ隊員は微笑みを浮かべるキュンを一瞥すると、懐から煙草の箱を取り出した。
「私もそうですけど...。みんな家族がいないので、今ここに残っているみんなが家族みたいなものなんです」。
「ノンスタンスが家族...か」。
ゴリラ隊員は煙草を口にくわえながらそう呟いた。
「...」。
キュンは思い詰めた表情を浮かべて口をつぐんだ。
「...」。
ゴリラ隊員も一言も発さずにくわえている煙草に火をつけた。
「...」。
「...」。
二人の間にしばらく沈黙が続いた。
「...」。
「もう基地に...」。
ゴリラ隊員が煙草の煙を吐き出しながらキュンにそう言いかけた時...。
「私のお姉ちゃん...自ら命を絶ったんです...」。
「む...? 」。
ゴリラ隊員は神妙な表情を浮かべ、うつむきながらそう話を切り出したキュンに視線を向けた。
「私の両親が戦争で亡くなってしまって...。私もお姉ちゃんもまだ幼かった時に、軍からの空襲に巻き込まれてしまって...」。
「お前の国は何処だ? 」。
ゴリラ隊員は厳かな声でキュンにそう問いかけた。
「...ミソ帝国です」。
キュンは表情を曇らせたまま呟く様にそう答えた。
(ミソ帝国...我がポンズ王国と終戦締結を宣言するまで戦い続けた国家だな...。俺の部隊は侵攻した経験は無いがゴダイが率いていた騎兵部隊や魔術部隊が都市を中心にミソ帝国を滅茶苦茶にしたせいで、筆舌に尽くし難い程に惨憺たる光景が広がっていたみたいだな)。
ゴリラ隊員は険しい表情を浮かべたまま虚空に向けて煙草の白い煙をくゆらせ、当時ポンズ王国と敵対関係にあったミソ帝国との戦況を振り返っていた。
(...話によれば、コイツとその姉貴は母国で両親を失った後にリーダーのデイに拾われたんだったな)。
ゴリラ隊員は煙草をくわえたまま、睨み付ける様にキュンへ視線を向けていた。
「本当に自慢のお姉ちゃんでした...。おどおどしてて毎日べそをかいていた私を邪険にする事なく、自分も辛いのにいつも笑顔を振りまきながら励ましてくれて...。お姉ちゃんも辛いはずなのに、ノンスタンスに入った後も気丈に振る舞っていて...」。
「...」。
ゴリラ隊員はうつむき気味に淡々と話すキュンの横顔を黙ったまま見つめていた。
陶磁器の様に白く滑らかな肌に、先端の尖った耳は魔獣との混血である彼女の特徴なのであろう。
肩までサラリと伸びたキュンの綺麗な黒髪のセミロングは、地上を照らす太陽の光を浴びて栗色に染まっていた。
そして、太陽の光に照らされたキュンの頭上には光輪が浮かんでおり、悲哀に満ちたその表情は不謹慎ながらも美しく天使の様だとゴリラ隊員は思っていた。
そのキュンは桜色の唇を微かに震わせながら話を続けた。
「身寄りもいなくて絶望的な境遇にいたそんな私達を、デイ様がノンスタンスへ快く迎え入れてくれたんです。ノンスタンスは当時からそんなに裕福な組織ではありませんでしたが、そんな私達をみんなも快く迎え入れてくれてすぐに溶け込む事ができました。特に、ハード様は親身になって私達に声をかけてくださりました...」。
(ハード...。この間、基地で話していたノンスタンスの初期メンバーか...。確か、賊団に殺されたんだったな...)。
ゴリラ隊員は煙草をくゆらせたまま、神妙な表情を浮かべてキュンの話に耳を傾けていた。
「ハード様も頼りがいがあってとても優しくて、本当に暖かい実のお兄ちゃんの様な存在...。私達にとってかけがえのない大切な人だったんです...。お姉ちゃんとハード様は行動を共にする機会が多く、やがて二人共惹かれ合いました。その最中、戦争が激しくなって居場所も追われるようになった時、身の回りの環境も変わっていきました。家族の様に接していた子達が殺されちゃって、入れ替わるように怖そうな人達がやって来て...。生活も苦しくなり始めて、みんなとの間でも揉め事も起き始めちゃって...。それでも、お姉ちゃんとハード様が間を取り持ってくれて何とか保ててました...。でも、ハード様が殺された日から...」。
声の震えが徐々に大きくなるキュンは瞼を閉じ、悲痛に耐えながら話を続ける。
「太陽の様に明るかったお姉ちゃんは、まるで人が変わった様に暗い人間に変わっていきました。活き活きとしていたお姉ちゃんは上の空になる事が多くなって、生気を失った人形の様に...」。
キュンは懐から二個の小瓶を取り出し、悲痛な面持ちでそれを見つめていた。
「...」。
透明なそれぞれの小瓶には複数の白骨の欠片が納められていたのがゴリラ隊員には確認できた。
「戦闘組...とおっしゃってましたっけ...? その人達に...都合の良いままに...。なすがままにされて...ぞんざいに扱われて操り人形になっていくお姉ちゃんをただ見ている事しかできなかった...。そんな壊れていくお姉ちゃん...に...。何もしてあげられないまま...お姉ちゃんは...。わ...私の目の前で...拳銃を片手にっっ...!! 」。
キュンは突然口をつぐみ、群青色の眼から一滴の涙が頬を伝っていた。
「お...お姉ちゃんを失ってっっ...!! ハ...ハード様も失ってっっ...!! み...みんないなくなってっっ...!! そ...それでも私達は生きなくちゃいけなくてっっ...!! お姉ちゃんの代わりを...ぐすっ。わ...私達が...その人達のお世話をする事になって...。あ...あんな辛い事をずっと...お...お姉ちゃんっっ...!! そ...そんなお姉ちゃんの苦労も知らずにっっ...!! わ...私がお姉ちゃんを見殺しにしたようなものだわっっ...!! うぅ...っっ!! 」。
キュンは手で口を押えながら嗚咽を漏らし始めた。
「...」。
ゴリラ隊員は黙ったまま、涙を流して啜り泣くキュンを見つめていた。
「わ...私が死ねば良かったのにっっ...!! 」。
キュンが手に持っている小瓶を抱きしめたまま、声を詰まらせながらそう言った時...。
「馬鹿者ッッ!! 」。
ゴリラ隊員は険しい表情を保ったまま涙に暮れるキュンを叱咤した。
「...っっ!? 」。
突然の怒声に怯んだキュンは、涙で赤くした目を大きくしてゴリラ隊員に顔を向けた。
「今のお前は部隊の捕虜だッ!! 勝手に死ぬ事が許されると思うなッ!! 己の立場をわきまえろッ!! 」。
「...」。
ゴリラ隊員に叱咤されたキュンは勢いに圧倒的され、すっかり萎縮してしまった。
「...ふんっ! 」。
暗い表情で黙り込んでいるキュンを見て、鼻を鳴らした後に話を切り出した。
「お前、そんな情けない顔をしたまま仲間達のいる基地に戻る気か? 」。
ゴリラ隊員は鼻を啜りながら袖で涙を拭っているキュンに青色のハンカチを差し出した。
「あ、ありがとうございます...」。
キュンはゴリラ隊員からハンカチを受け取り、それで涙を拭った。
「今はどんなに辛かろうが基地内で生きてもらう。勝手な真似は許さん...分かったな? 」。
「は、はい...」。
キュンはうつむき気味でゴリラ隊員にそう答えた。
「ふんっ! 分かったらさっさと基地へ戻れッ!! そんな重苦しい雰囲気をこっちにまで移されたら敵わんッ!! 」。
「す、すいませんっ! 」。
キュンはゴリラ隊員に頭を下げ、慌ただしい様子で基地に繋がっている魔法陣へ向かった。
「それと、予め言っておくッ!! 」。
ゴリラ隊員は突如魔法陣へ入ろうとするキュンを呼び止め、話を続けた。
「俺達はポンズ王国から追放された身ではあるが、王国兵士として戦中期を戦い抜いてきた戦士を中心に結成した魔獣討伐部隊だッ!! 俺達は竜族魔獣“アルマンダイト”を討伐するためにここまでやって来たッ!! 自身の力に溺れ、快楽と欲望を無心で貪る様な獣共とは違うッ!! 我々には大義を果たして王国へ帰還するという使命があるのだッ!! 」。
ゴリラ隊員は神妙な表情を浮かべてキュンに対し、そう熱弁を振るった...のだが。
「...? 」。
ゴリラ隊員の話を聞いていたキュンは、キョトンとした様子でその場に立ち尽くしていた。
どうも、ゴリラ隊員の話している内容がいまいち理解できていない様子であった。
そんなキュンの様子を察したゴリラ隊員は、若干恥ずかしそうに咳払いをした後に再び話を切り出した。
「まぁ...。その、何だ...。俺達はそういういかがわしい行為をお前等に強要しないから...。安心しろって事だ...」。
ゴリラ隊員はキュンから顔を背けながらそう答えた。
「...んふっ」。
そんなゴリラ隊員の素振りを見て真意を察したキュンは、クスッと可笑しそうに微笑んだ。
「な、何が可笑しいんだッ!? 」。
「...んふふっ! ありがとうございますっ! 」。
「お、おいっ!! 」。
狼狽するゴリラ隊員を尻目に、キュンは足取り軽く魔法陣を通って基地の中へ戻っていった。
「...」。
そして、その場から消えていくキュンをただただ見届ける事しかできなかったゴリラ隊員は、呆気に取られてしばらくその場に立ち尽していた。
「...むっ! いかんいかん! 」。
ゴリラ隊員は我に返ったように、手に持っていた煙草の火を慌てて消した。
(雰囲気に合わせてしまったとはいえ、この危険地帯で何を呑気に煙草を吸っているんだ俺はっ!! こんな醜態をアイツに見られてしまったら格好の餌食になっちまうっ!! それだけは避けたいっ!! てか、地味にこの場で二本も吸っちまったっ!! )。
ゴリラ隊員は内心戦々恐々としながら基地周辺の見張りにつくのであった。




