ローの怒り
好きなタイプ~?
う~ん、そうだなぁ~。
一緒に魔獣の研究を二十四時間してくれる人かな~。
でも、あんまり恋愛とか考えてないからな~。
王国にいた時は、父上や親族が企業の令嬢とか貴族の娘とかのお見合いをやたらと勧めてきてクソウザかったな~。
バックレたけど。
...え?
もう、その話は聞いた??
~討伐部隊“勇者”パルス=イン八世隊員~
ジューンの一言で周囲がざわつき始めた時...。
「やかましいッッ!! 貴様等ッッ!! 静かにせんかッッ!! 」。
ざわついていたノンスタンスのメンバーはゴリラ隊員に一喝され、周囲は一気に静まり返った。
「...一応聞くけど。デイって、ノンスタンスのデイの事? 」。
すっかり静まり返った基地内で、ハリガネはジューンにそう話を切り出した。
「もちろんっ! 」。
「...ってか、そもそも何でデイを追ってたんだよ? アンタ、散歩に行ってくるとか今朝言ってたみたいだけど...? 」。
「いやぁ~、ちょっと別件で午前中はソルト国の方まで行っててね~。そのソルト国にしばらくいたんだけど数人の集団を見つけて、ちょっと気になって跡をつけていってみたら山脈の奥の方でデイと落ち合っていたんだよ~。デイも何人か引き連れていたんだけど、出会った人間達の方は見た感じ交渉相手だったっぽいな~。そんな緊迫した雰囲気の中でお互いその場で少し話をした後、デイ達は“エミール”のアジトに関係者と向かうわけなんだ。自分も追跡してたんだけど、そしたら存在がバレてて気が付いたら包囲されてて死にかけたっていうね~。おかげでデイが“エミール”のアジトで何をしていたかまでは分からなかったよ~。う~ん、残念っ! 」。
ジューンは首を小さく横に振りながら肩をすくめた。
「その時、ジューンさんを包囲したメンバーは全員魔法使いって事っすかね~? 」。
「うん、全員魔法使いだった。兵器を一切使わずに魔法で攻撃してきたよ。しかも、滅茶苦茶素早くて撒くのに随分と苦労したよぉ~! 」。
「ほへ~! よく逃げ切れましたね~! 」。
ジューンはそう答えると、パルスは感心した様子で何度か頷きながら両腕を組んだ。
「フンッ! それより、とんでもない事をしてくれたなッ! この周辺を陣取って山脈の様子を静観していくのが俺達の方針だっつーのに、貴様が余計な事をしてくれたせいでその“エミール”とかいう賊団の連中が貴様を探しにここまで下ってきたらどう責任を取るつもりなんだッ!? しかも、のこのこと血を流しながら基地に戻ってきやがってッ! 」。
ゴリラ隊員はばつが悪い表情でそう言いながらジューンを睨み付けた。
「えっ!? 心配してくれてたのっ!? 嬉しっ!! 」。
ジューンは笑みを浮かべて両指を組み、自身の胸に当てて乙女の様な仕草をした。
「やめろッ!! 気持ちが悪いッ!! それに、俺は貴様のために言っているのでないッ!! 貴様の残した血痕を辿って奴等に基地の周辺をうろつかれたら厄介だって言ってんだッ!! 奴等に俺達の存在がバレたら、それこそ偵察はおろか外部での行動が難しくなってしまうではないかッ!! 」。
「それに、テリトリーの周囲を監視していた魔法使いのチームが存在している事を考えると、敵地への抗争を仕掛けたり魔獣討伐を主とする戦闘寄りのチームは相当強い魔法を使ってくるという事ですかね...? 」。
ハリガネは眉をひそめながらゴリラ隊員にそう言葉を返した。
「む...情報がそれだけだと何とも言えないが、テリトリーの防衛重視だと強力な魔法使いで固めるという手になるだろう。そうなると、討伐や抗争で構成される戦闘組織は俺達みたいな物理系の戦力が占める場合もありうるかもしれんぞ? 特に“アルマンダイト”討伐や賊団との抗争は犠牲が大きいからな。有力な魔法使いは失いたくないだろうし、そうだとすれば賊団の勢力維持のために有力な魔法使いは拠点内に手堅く配置しているだろう」。
「でも、大丈夫っすかね...? ここがその“エミール”や他の賊団にバレないっすかね~? 」。
「今は何とも言えんが、なるべく外に出ない方が良さそうだ。周囲の監視も今まで以上に神経を尖らせる必要がある」。
「そうっすね~、とりあえず明日ケチャップ国軍の隊長との取引が終わったら速やかに...そうだっ!! 」。
ハリガネはゴリラ隊員とやり取りをしている途中、隅にいたローの下へ歩み寄った。
「確か、ローは“エミール”の賊団に属していたと言っていたな? 」。
「はいっ! そうですっ! 」。
ローは直立不動でハリガネにそう答えた。
「“エミール”について詳しく聞かせてくれないか? 」。
「喜んでっ! 救世主様の御力になれて大変光栄でありますっ! 」。
ローが嬉々としてそう答えると、ハリガネはばつが悪い表情を浮かべた。
「...だから、その救世主ってのは...もういいや。いちいちツッコむのも馬鹿らしくなってきた...。それで、まず初めに聞きたいんだけど、その賊団“エミール”のボスってのはどんな奴なんだ? 」。
ハリガネがそう問うと、ローは鼻を鳴らして薄ら笑みを浮かべた。
「あ~んなクソ野郎なんて全然大した事無いっすよ~! 救世主様だったらあんなクソ野郎なんて五秒で殺せますわぁ~! 五秒でっ! あんなカスにボスの素質なんてありゃしませんぜ~! チキンでゴミでイキり散らしてるだけの小便野郎ですぜ~! 」。
「...でも、オッサ...あの人が負傷して退避してくるくらいだ。団員の使ってる魔法のレベルも高いだろう? 」。
ハリガネがそう言いながら親指でジューンを差した時、オッサンと呼ばれかけたジューンの表情が一瞬だけ曇った。
そんなジューンの様子を気にも留めずにハリガネは話を続ける。
「それに、あのパルメザンチーズ山脈内に拠点を構えているわけだから、それなりに肝が据わってるんじゃないのか? 」。
ハリガネがそう言うと、ローは眉間にしわを寄せて地面を睨み付けた。
「...アイツは本当にタダのクソ野郎ですよ。本当にどうしようもねぇ...。タダのクソ野郎だ...」。
「...」。
ハリガネを含めた周囲の人間は固く握った両拳を震わし、静かに怒るローを神妙な面持ちで黙ったまま見つめていた。




