黒い笑み
好きなタイプ...。
私には分からない。
好きって言ってきた人も、言わなかった人も...。
私は受け入れてきたけど...。
結局、みんないなくなってしまったんだもの。
~ノンスタンスのメンバー、アネックス~
チェダーチーズ山中から光が消え去り、再び夜という暗闇の世界が舞い戻ってきた。
「隊長っ! シアターさんっ! お疲れ様ですっ! 」。
ハリガネとシアターが荷車を牽きながら基地の方へ向かおうとすると、その基地周辺を見張り続けていたヤマナカが草陰から現れた。
「おう、お疲れ。様子はどうだ? 何か変わった事は? 」。
「周囲は特に問題ありませんっ! 」。
ヤマナカは疲れている様子も見せず、声と胸を張ってハリガネにそう答えた。
「そうか、引き続き警戒を怠らないようにな~。それじゃあシアターさん、中に入りましょうか」。
「は、はいっ! 」。
ハリガネとシアターは周囲を見張り続けるヤマナカを残し、再び荷車を動かして基地の方へと向かっていった。
「隊長ハリガネ、隊員シアター。只今、偵察から戻って参りました~」。
ハリガネとシアターは荷車と共に洞穴を塞いでいる岩をすり抜けると、入口付近を見張っていたゴリラ隊員の姿が二人の視界に入ってきた。
「おう、お疲れ。どうやら、無事生きて戻ってこれたみたいだな」。
ゴリラ隊員は相も変わらず厳かな表情で、そう声をかけながらハリガネ達を迎えた。
「まぁ、二組しか遭遇しませんでしたけどね~。あそこは諸国軍が巡回するんで人があんまり通らなさそうですね~」。
ハリガネはゴリラ隊員にそう答えながらシアターと壁際に荷車を移動させた。
「我が救世主ッ!! ノンスタンスの神ハリボテ=ポップの実子ッ!! ハリガネ=ポップ勇士の御帰還だぁぁぁぁああああああああああああああッッ!! 」。
ローはそう叫びながらハリガネ達の方へ足早に向かってきた。
「止まれッッ!! 貴様ッッ!! さっさと奥の方へ戻れッッ!! 」。
ゴリラ隊員は接近してくるローの胸元にライフルの銃口を突き付けた。
「まぁまぁ、ゴリラ隊員っ! さぁっ! 救世主っ! シアターさんっ! どうぞ奥の方へっ! 」。
ローはゴリラ隊員をそうなだめつつ、ハリガネとシアターを奥の方にあるテーブル席へ誘った。
「だから、その救世主っていうのやめろや。いい加減にしないと、魔獣を捕獲するためのトラップを作る事になるぞ? ...お前の身体でな」。
ハリガネがローにそう警告している時...。
「おかえりなさぁ~い! 救世主様ぁ~! シアター様ぁ~! 」。
捕虜であるノンスタンスの子供達は笑顔でハリガネとシアターの帰りを出迎えた。
当初は怯えた様子の子供達も基地内の環境に慣れたのか表情が活き活きとしており、共に加工された毛皮の裁縫を楽しんでいる最中であった。
「ただいまぁ~! 」。
ハリガネの後ろからシアターが姿を現すと、子供達は嬉々としてシアターの下へ駆け寄ってきた。
「わぁ~い! シアター様ぁ~! 」。
「みんな~! 良い子にしてたぁ~? 」。
シアターも子供達に微笑みかけ、一人一人の頭を撫でていた。
「すっかりシアターさんに懐いているみたいですね~」。
ハリガネは羽織っている毛皮のコートに付いたフードを頭から外しながら、微笑ましい様子で子供達と戯れているシアターに話しかけた。
「はい! 僕は基本的に基地の中で待機してますからねぇ~! 裁縫とか手伝ってもらってるんで、それを通じてコミュニケーションとってるうちにすっかり仲良くなりましたぁ~! それに僕は子供達が大好きなんですよぉ~! 」。
シアターが嬉しそうにそう答えていた時、一人の子供がハリガネの下に駆け寄ってきた。
「ん...? 君の名前はダマエ...だったよな? 」。
ハリガネがそう問うとダマエと呼ばれた男の子は小さく頷き、ハリガネをじっと見つめていた。
「ん? どうしたんだ? 」。
ハリガネはその場にしゃがみ、ダマエと同じ目線の高さでそう問いかけた。
「勇者様~、僕達が作った服はどうですか~? 」。
ダマエはそう言ってハリガネが着ているコートに視線を向けた。
ハリガネがそんなダマエの反応を察すると、悪戯っぽく笑みを浮かべた。
「おうっ! 超カッコいいぜっ! ありがとなっ! 」。
ハリガネはそうお礼を言って、ダマエの頭を撫でた。
「えへへ~! 」。
ダマエは嬉しそうに他の子供達とハイタッチを交わした。
「そうかぁ~! これは子供達が作ったのか~! 」。
ハリガネは感心した様子で自身の羽織っているコートを眺めていた。
「ええ、これ二着ともみんなで作ったんですよぉ~! 最初からコートを作るのは難しいんじゃないかと思っていたんですけど、みんな器用なんであっという間に完成したんですよぉ~! うんっ! 一日中着用してたけど縫い目ほどけてないし、しっかりと縫えてるなぁ~」。
シアターは着ているコートを脱ぎ、それを広げて出来具合を確認していた。
「うっしっ! それじゃあ今度ドでかい竜族魔獣を捕まえてくるぞっ! 楽しみにしててくれよなっ! 」。
「わぁ~い! 」。
「すご~い! 」。
「やったぁ~! 」。
ハリガネは拳を突き上げて高らかにそう宣言すると、子供達は一層嬉しそうにはしゃいでいた。
(魔獣の部位も加工したら、賊人やハンターの馬鹿共に売りつけて穀物と交換してもらお~うっと。パルスさん達の料理も美味しいんだけど、久々に白米も食いたくなってきたしなぁ~。食の楽しみが増えるぜ~! グヘヘ~)。
「い、いや...。竜族の鱗や皮はちょっと硬くてあまり衣服の製作には向いてないですよ~。防具とかには向いていると思いますが...。僕はそっち専門ではないので...」。
シアターは下心を抱いているハリガネに苦笑しながらそう答えると、ゴリラ隊員が険しい表情を浮かべながら歩み寄ってきた。
「おい、あまり調子に乗るなよ。派手に動いて賊団に感づかれたら偵察どころじゃなくなるだろ? 遭遇した時の最低限に抑えろ。賊団やハンターを刺激するな」。
「あ、すんません。つい...」。
ハリガネは咳払いして椅子に腰を下ろした。
「...それより、さっき二組に遭遇したと言っていたが...。一体どんな奴等だ? 賊団の連中か? 」。
「いえ、傭兵の集団とケチャップ国軍の部隊でした」。
ハリガネはゴリラ隊員の問いかけに答えながら、羽織っているコートを脱いで丁寧に畳んだ。
「何? 商人に扮したお前がケチャップ国軍と遭遇したというのか? 」。
ハリガネの言葉を聞いたゴリラ隊員は、怪訝な表情を浮かべてそう聞き返した。
「はい、一応偵察なんで軍と遭遇する前は商人に成りすましてたんですけど、諸国軍の警戒区域で商売をしてるって事になると賊団だと思われてそれはそれで問題だと思ったんです。だから、最初から素顔を晒して食料調達のために魔獣狩りしてる最中って誤魔化しましたけど」。
ハリガネがそう答えると、ゴリラ隊員は呆れた表情を浮かべて小さく溜息をついた。
「お前、あまり諸国軍の部隊に迷惑をかけるなよ? 兵士の身分であったお前とは面識があるとは言っても、今の俺達は王国から追放された反逆者の身だ。反吐が出るくらいこんな事言いたくないし思いたくもないが、諸国の軍から見ればこの部隊は賊団やテロリスト集団と同等の反社会的集団だと括られているはずだ。まぁ...隊長達は俺達で賭け事をしてるから俺達を殺す事は無いかもしれんが...。だが、そんな俺達と巡回中の軍が頻繁に接触したりして親密な関係だと外部から思われてもおかしくないような行動をしてたら、お互い取り返しのつかない事になるかもしれんぞ? 」。
「取り返しのつかない事...? 」。
ハリガネがそう聞き返した時、ゴリラ隊員も椅子に腰を下ろしながら話を続けた。
「ジューンとかいう奴みたいに情報で飯食ってるスパイみたいな奴がここら辺にいるかもしれん。そんな奴等にお前と軍が接触しているところを撮られて、その情報が国家の方にバレたら彼等にも反逆罪を背負わせてしまうかもしれん。それに、王国と友好国との関係も悪化してしまうかもしれんぞ? 」。
「う~ん、まぁ...偵察する場所に関しては通りかかる人間もあんまりいなさそうなので、諸国軍の巡回ルートを跨がないようにするつもりです。でも、ケチャップ軍の隊長と物々交換の取引をしたんで明日も例の場所で落ち合う事になってます。取引が済んだら軍との接触は控えるようにしますよ」。
「取引...? 」。
ゴリラ隊員は眉をひそめてそう聞き返すと、ハリガネは黒い笑みを浮かべて話を切り出した。
「いやぁ~! 隊長何かお金に困ってたみたいなんで~、ちょ~っと助けてあげようかなぁ~って。ちょうど毛皮とか魔獣の牙や角があるんで、それと食料や日用品を交換してもらおうかな~って。隊長には、もし可能であれば砂糖と食塩とかの調味料とかリクエストしといたんで~。あと、油とか薬草とか...」。
(こ、コイツは何時殺されてもおかしくない立場なのに...。なんて緊張感の無い奴なんだ...)。
目を爛々とさせながらそう話し続けるハリガネを見て、げんなりとした面持ちのゴリラ隊員は呆れて物も言えない様子でガックリとうなだれるしかなかった。




