シアターの憂鬱
好きなタイプ~?
う~ん、はっきりと自分の意見が言える人かな~?
そうそう、うわべを取り繕う事がなくて着飾らない人ね~。
~ノンスタンスのメンバー、マーシュ~
「結局、今日は山脈へ向かう傭兵団とケチャップ共和国の部隊しか通らなかったな~。まぁ、チェダチーズ山の周辺は諸国の軍部隊が巡回してますし、魔獣にも遭遇しやすいから賊団も旅人もここら辺は歩いていかないんでしょうね~。でも、それなりに役立ちそうな情報は仕入れる事ができましたね~」。
空がオレンジ色に染まっていく夕方のチェダーチーズ山。
ハリガネとシアターは基地へ戻るため荷車を牽いていた
「隊長、しばらくは商人に変装してこの辺を情報収集するんですか? 」。
後方から荷車を押しているシアターはハリガネにそう問いかけた。
「うーん、でもこの辺は諸国の軍の巡回ルートみたいだし、人もほとんど通らなかったですから頃合いを見計らって別の場所でも聞き込みしたいですね~。基地でも話しましたが、隊の現状を考えて“アルマンダイト”や潜伏している賊団を今は刺激しない方が良い。しばらくは山中にいる通行人の聞き込み調査を地道にこなすしかないでしょう。まぁ、タチの悪い賊団やハンターに絡まれる可能性も大いにあるとは思いますが、その時はその時です」。
「は、はぁ...」。
「あ、でも明日はケチャップ国軍の隊長と物資交換の取引を約束したんで、明日もここら辺を張り込むつもりです」。
前方で荷車を牽いているハリガネがそう答えると、シアターは苦虫を嚙み潰したような表情を浮かべた。
「あの...。やっぱり、その聞き込み調査に僕も引き続き同行する事になるんですか...? 」。
「ええ...。てか、僕とシアターさんじゃないとこの先聞き込みの対象になるであろう山脈を拠点にしている賊人やハンター達に、僕等がタダの露天商人ではないと思われて逆に怪しまれます」。
「...と、言いますと? 」。
シアターは荷車の後ろから、ひょっこりと顔を出してハリガネにそう問いかけた。
「まず隊員であるパルスさんはポンズ王国内でも著名な貴族出身の高官軍人です。母国のポンズ王国は勿論の事、諸国でもよくメディアに露出していますので諸国の軍関係者間でも顔がバレてます。ただ、この間ケチャップ国やソイ=ソース国の部隊と鉢合わせした時、パルスさんはフルフェイスの兜を着用してて顔がバレてなかったみたいなんですよね~。その後、僕やゴリラ隊員と各部隊の隊長がその場で会話しててもパルスさん達の事を気にも留めていない様子でしたが、今になって考えてみるとあの場面で部隊と接触していたのは結構危なかったですね~」。
ハリガネが淡々とそう答えると、シアターは納得した様子で何度も頷いた。
「あ、そっか...。旦那様は諸国の軍に顔バレしてるから、僕達が隊長と一緒に“アルマンダイト”討伐のためにここにいる事も全部王国の方に情報渡っちゃいますよね? そしたら、旦那様を探し出すために王国軍がこっちに向かってくる事になりますよね...。うわぁ...。そんな事になったら、側近としての責任を問われて...。お、王国から...。し、死刑になってしまう...」。
シアターは青ざめた表情を浮かべると、深い溜息をついて大きくうなだれた。
「いや、僕等がまず王国軍に見つかった時点で殺される事はほぼ確実でしょうね。それに、パルスさんは王国を追放された反逆者とみなされている僕等と行動を共にしているので、その高官をそそのかしたという罪を着せられてそのまま抹殺されると思いますよ」。
「そ、そんなぁ...」。
まるで他人事の様に淡々とそう続けて答えるハリガネとは対照的に、シアターの顔は一層真っ青になりどんよりとした空気を身体の周りに漂わせていた。
「まぁ、無法地帯のパルメザンチーズ山脈付近にいる事自体、自分達の命があるようで無いようなもんですからね~! はっはっは~! 」。
笑いながら呑気な様子でそう答えるハリガネ。
「うぅ...。敬愛なるポンズ神様ぁ~。その空より広く海より深い愛で、何卒我々を危機から御助け下さいぃ~。ま、魔力は神の愛の中にぃ~」。
一方、シアターは恐怖で身体を震わせながらポンズ神に祈りを捧げていた。
「まぁまぁ、そんなに落ち込まないで下さいよ~。それにパルスさんは弁が立つでしょうし、何だかんだでそこら辺は要領良く立ち振る舞うとは思いますよ。ただ、問題は残りの二人ですけどね~」。
「え...? ゴリラさんとヤマナカさんですか...? 」。
「はい、二人共背が高くて体格も良いし、何よりも顔が厳ついから人に威圧感を与えやすいんですよね~。ですから、特に用心している賊団やハンター達から一層警戒されやすくなると思うんですよ」。
「威圧感...ですか。でも、あの二人だったら偵察の際に賊団やハンター達から襲われても撃退できそうな気がしますが...」。
「いや、仮に撃退はできたとしても、それでは偵察として機能しません。それにあの二人がこの山中で賊団やハンター達相手に抗争を展開したら、山脈にいる奴等に自分達の存在がバレて追跡の的になってしまいます。そんな事にでもなったら僕等も奴等にマークされて“アルマンダイト”討伐はおろか、基地の場所もいずれはバレて集団強襲を食らうハメになってしまいます。こっちは人数的にも絶対に不利だし奴等との敵対関係を作ってしまうと、もう偵察は不可能となってジリ貧のまま奴等と戦い続けなければいけません。そんな最中で大型魔獣や“アルマンダイト”なんかに遭遇したら、それはもうほぼ“詰み”です」。
「確かに...抗争とか物理的な接触で賊団を刺激したら敵意を向けられて狙われやすくなってしまいますね。さっき通りかかった傭兵の話を聞いていましたが、賊団が傭兵とか人員を外部から人員補充しているわけですから争い等の衝突は避けておきたい...。隊長のおっしゃる通り、戦力的に不利だから今後は偵察とかの情報戦が大事になってくるわけなんですね...」。
「そうです、それにあの二人は威圧感もあるし目立ちますからね~。そんでもって、無駄に正義感がある上に結構単純ですから、奴等の挑発を真に受けて口論から抗争へと展開されるのが火を見るより明らかですしね~。特にゴリラ隊員は賊団とかの反社会的集団が大嫌いだし基本的に不愛想で高圧的な態度をとるから取り調べや敵地へ潜伏しての偵察とかには適してるんでしょうが、こういうコミュニケーションを使った聞き込みでに関しては不適格なんですよね~。あと、短気だしすぐ人を殴るし。今日だって午前中でどんだけ殴られた事か。そんなんだから、何時まで経っても曹長止まりなんだ。それに...ブツブツ」。
「はは...。それで、こういう聞き込みとかは僕と隊長の方が向いているという事ですか? 」。
シアターはゴリラ隊員に対してブツブツと愚痴をこぼし続けているハリガネに、苦笑しながらも続けてそう問いかけた。
「ええ、僕自身も戦中期に敵地とかに入り込んでよく偵察活動してましたよ。こういうターゲットと接触して情報を聞き出すためには、僕みたいな小柄なタイプかシアターさんみたいな見た目厳つくなさそうな人間が適してるんですよね~。そういう威圧感で警戒心を煽らせる雰囲気の無い人間は商人や職人とかに変装しやすいですし、逆に相手がこっちを舐めてくれるかもしれないんで鎌をかけやすいんですよね~」。
「なるほど、偵察って敵地に潜伏して身を隠しながら情報収集してるのかと思ったんですが、偵察って色々な手段があるんですね~」。
「ええ、他にも女性兵士が遊び人に扮してターゲットをお色気とかで惑わすハニートラップなんかも存在しますね~。自分はこういう変装してターゲットに接触する偵察が結構好きでね~。危険と隣り合わせだからスリリングなんですけど、敵対関係関わらず色んな人間と話せますから楽しいんですよね~。それにヤマナカとゴリラ隊員の外見からして兵士以外で成りすませる事ができるのであれば、せいぜい賊人か反逆集団の団員に限定されるでしょうね~。あ、ワンチャン旅人っていう方向もアリか...」。
ハリガネはそう言いながら、暗くなっていく空を見上げつつ色々と考えを巡らせていた。
「た、楽しいですか...。でも、やっぱり僕は怖いですよぉ~。もうずっと心臓がバクバクでしたもん...。ま、また明日もこれがあるのか...。僕は隊長みたいに兵士出身じゃないし...。戦闘経験なんか無いし...。ぼ、僕は...い、一体...ど、どうなってしまうんだろう...」。
シアターはそう弱音を吐くと、再び大きくうなだれた。
「まぁまぁ、何かあったら僕が対応しますから楽しくやりましょうよ~! はっはっは~! 」。
「はぁ~」。
シアターはハリガネにそう答えるも、悲観的な気持ちが拭えずに再び深い溜息をついた。




