腹の虫が鳴り止まない
そうっすね~。
僕も成り行きでノンスタンスに入りましてね~。
実はアゲハラとは幼馴染なんですよ。
ノンスタンスは今でもだけど、世間からは蔑まれながらも仲良く生活してきたんだよね。
やっぱり抗争が始まってからかな。
仲間が死んで、知らない人間が入ってきて...。
今となっては組織もバラバラになって、なんか生きてる事が本当にしんどいんだよな...。
自分の人生って何なんだろうな~?
~ノンスタンスのメンバー、オシイチ~
灯が皆無である闇の中のチェダーチーズ山。
ハリガネは昨晩と同様、基地から少し外れた草陰に身を隠して周囲を監視していた。
グギュルゥゥゥゥウウウウウ~!!
(腹減った...)。
ハリガネは虫が鳴っている自身の腹を摩り、懐からチョコバーに似た固形物を口の中へ放り込んだ。
その固形物は以前パルスがゴーダチーズ丘で食していた物であり、王国軍から支給してもらった戦闘糧食であった。
(クッソォ~!! あの鬼ゴリラァッッ!! 散々こき使いやがってぇ~!! 今は俺が隊長なんだぞぉッ!? まったく~!! )。
ハリガネは心の中でゴリラ隊員に悪態をつきながら携帯食を頬張っていた。
(だいたい、そうやって人をぞんざいに扱うから部下や同僚に嫌われ...)。
グギュルゥゥゥゥウウウウウ~!!
再び大きな腹の虫が鳴ると、ハリガネは溜息をついて大きくうなだれた。
(やめよう、やめよう。怒れば怒るほど腹の虫が治まらないわ。腹が立つ意味としても、腹が減った意味としても...)。
ハリガネは冷静さを取り戻すため、今日の出来事を振り返っていた。
(最初は付近に流れるブルーチーズ川で水の確保ができればいいとだけ考えていた...。結局、あのオッサンの無茶ぶりで湖まで向かう事になったが、その手前の渓谷でノンスタンスのメンバーが賊団に襲われていたところに遭遇した。そこでの爆音に気づいたのか山脈から“アルマンダイト”まで飛んできやがった。まさかこんな早くに御対面できるとはな...。そうなると、山脈に潜伏している賊団やデイはブルーチーズ湖にも姿を現してくる可能性は大だな...)。
うつ伏せでライフルを構えているハリガネは片手を掴んでいるグリップから離し、その手で地面に頬杖をついて再び考え込んだ。
(“アルマンダイト”に遭遇したのは十年以上前の討伐作戦以来か...。久々に遭遇したが小さかったし、多分あれは幼獣だろうなぁ~。でも、何か嫌だなぁ~。数増えてんのかなぁ~? つーか、ノンスタンスとか賊団が代わりに狩ってくんねぇかなぁ~? そしたら、ついでに討伐した賊団の奴等の首も闇討ちとかで狩り獲って手柄横取りすればいいや。そんでもって、あのオッサンに兵士を手配してもらって“アルマンダイト”を運ばせながら悠々と帰国した暁には、俺は罪人から王国の英雄として素晴らしいパーフェクトサクセス...むっ!? )。
妄想に浸っていた呑気なハリガネを現実に引き戻したのは、何の唐突もなく迫り来る気配であった。
(な、何だッ!? いきなり気配を感じ取ったぞッ!? 誰か転送魔法を使ったのかッ!? 賊団の魔法使いかッ!? それともノンスタンスの連中かッ!? )。
ハリガネがライフルを構え直して周囲を見渡すと、身を潜めていた草陰の側にある一本の立木の下から青白く光る魔法陣が出現している事に気がついた。
そして、その魔法陣から一人の男が浮かび上がってきた。
「ほ~ん、なるほどねぇ~! ここには見張りが常時スタンバってるから基地に侵入される可能性が低いし、通気口の他にも基地とすぐに連絡も取れるから便利だねぇ~! 」。
「え?? 何で?? 一体、どういう事よ?? 」。
ハリガネは多少混乱気味な様子で目をぱちくりさせ、光る魔法陣とその中から現れたジューンを交互に見た。
「そうかぁ〜! 勇者君は知らなかったよね〜! パルスさんが通路式魔法陣で基地に繋がる窓口を開設したんだよ~! ここなら基地から離れている場所だけど、常時監視がいるから基地を侵入される可能性が少ないからね~! もともと基地が洞穴だから風通しを良くしたかったらしいんだけど、これなら入口を塞いだ岩をすり抜けて基地に入る必要もないから賊団とかに居場所をバレる危険も少なくなるね~! 」。
「なるほど、隠し通路を作ったのか...。道理で料理の香りがやけに鼻をくすぐるわけだ」。
グギュルゥゥゥゥウウウウウ~!!
ハリガネがげんなりした表情で力なくそう言うと、再び腹の虫が鳴り出した。
「あ、そっかぁ~! 勇者君は夕飯まだだっけ? 」。
「一応、携帯食を食べてたけどな」。
ハリガネはそう言って懐から銀紙で包装された棒状の携帯食を取り出した。
「でも、お腹は鳴ってるね」。
ジューンは苦笑しながらハリガネの腹部を指差した。
「今日はまともに飯食ってないからな」。
ハリガネはそう答えて小さく溜息をつき、携帯食を懐の中へ戻した。
「そうだよね...あっ! ところで話は変わるんだけどさぁ~! 今日俺達“アルマンダイト”を生で見たじゃ~ん! 」。
「いや、見たというか...。ばったり遭遇してしまったって言った方が正しいだろ、この場合」。
「それで、どう? 倒せそう? 」。
「いや、まだ無理だろ(ムカつく、コイツ本ッッッ当に人の話を聞かねぇな)」。
ハリガネは内心ジューンにイラつきながらも素っ気なくそう答えた。
「まだ? ...って事は、討伐出来る可能性はあるって事かな? 」。
「...」。
ジューンが眉をひそめてそう問い続けると、ハリガネは神妙な面持ちで彼の顔を一瞥して自身の瞼を擦りながらゆっくりと口を開いた。
「現状では僅かながらに可能性があるに留まるな。どのみち長期戦は免れないだろうから、ここを拠点として物資補給と情報収集を優先にすべきだ。いずれにせよ部隊の強化は必須だし、ただでさえこの周辺の状況を把握出来てないんだ。特に山脈手前のブルーチーズ湖周辺に潜伏しているであろう賊団の行動も気になる。今は魔獣や賊団の動きを静観すべきであって、こっちは下手にアクションすべきじゃない。一応、さっきブルーチーズ川の方まで戻ってみたが、渓谷と違って川付近は平地だからトラップを仕掛けられそうだが先の事になりそうだな。ただでさえ、こっちは人数少ないんだし...」。
「ははっ...! でも、勇者君大丈夫? 」。
「何が? 」。
ハリガネはジューンを横目で見ながら問い返した。
「いやさ、俺は勇者君の隊員じゃない外部の人間だし、そんな人間に詳しく討伐内容なんか話していいのかな~って」。
ジューンが苦笑いしながらそう言うと、ハリガネはおどけた表情を浮かべて肩をすくめた。
「軍隊が大型魔獣の討伐出征でだいたいチェックするポイントだし、そんな大した事を話したわけじゃない。こっから細かく作戦を練らなきゃならないわけだからな。...それより、ちょっと聞きたい事があるんだけど」。
ハリガネがそう言うと、ジューンはジャストタイミングと言わんばかりに指を鳴らして応えた。
「おっ! 丁度良かった! 俺も勇者君に話しておきたかった事があるんだよ~! 」。
「話しておきたかった事...? 」。
怪訝な面持ちのハリガネは眉をひそめて笑顔のジューンを見つめた。




