ノンスタンスに生じた軋轢
基本、俺はドライだよ。
戦場に情を持ち込むわけにはいかないからな。
ただ情を持ち込んでいるわけではないが、戦争から生き抜いた戦友はやはり特別な存在だな。
通じる部分があるってもんだ。
~討伐部隊“勇者”ハリガネ=ポップ隊長~
「君達はノンスタンスの一員であり、約一ヶ月前にそのノンスタンスは頭領デイによる指揮の下ポンズ王国の侵攻を決行した。当時はデイと共に王国を侵攻する側と、それに反対して拠点としていたソイ=ソース国の領域で潜伏していた側で分かれていたという事は聞いていたんだけど...。リーダーのデイと王国に侵入したのはホワイト君とアゲハラ君...だったね。女の子達の方は王国侵攻に参加してたのかな? 」。
ジューンが彼女達にそう問いかけると、キュンは首を振った。
「いえ、私達は参加してません...。他の女の子達の何人かはデイ様についていきましたが...」。
キュンがそう答えると、ジューンは小さく頷いた。
「なるほど....君達はポンズ王国の侵攻に参加しなかったというわけだ。それはどうしてかな? 」。
ジューンが優しい口調でそう問い続けると、キュンは表情を曇らせてうつむいた。
「えと...その...。私は...その...戦闘に適した魔法は使えませんし...。足手まといになりますし...」。
キュンが口ごもりながらそう答えると、ジューンはゆっくりと大きく頷いてキュンに微笑みかけた。
「殺し合いは...嫌い? 傷つけられたくないし、傷つくのも...ヤダ? 」。
「...」。
ジューンにそう問われたキュンはうつむき気味に大きく頷いた。
「そうか...」。
キュンの答えを聞いたジューンはそう言いながら他の三人に視線を向けた。
「まぁ~、私も攻撃魔法のバリエーション少ないしね~」。
アネックスはそう答えてグラスに入った酒を一気に飲み干した。
(この紫色の髪した奴、さっきからずっと飲んでるな...。自分は捕虜の身なのに、やけに肝が据わってやがる...。それとも、ただエゴが強いだけか? )。
空になったグラスをジューンに見せ、酒を催促するアネックスをゴリラ隊長は怪訝な面持ちで睨みながらそう思っていた。
「いやぁ~!! 良い飲みっぷりだねぇ~!! どうぞどうぞぉ~!! 」。
違和感無さげな様子でグラスに酒を注ぐジューンは、すっかりアネックスに対して下手に出ているようだ。
「えぇ~?? 私はとりあえず~、“ガキ”...子供達のお守りをするっていう役割があったんでぇ~。あと私はあんまり魔法使えないんでぇ~、戦闘とかに参加しないで“ガキ”...じゃなくて、子供達と他の仲間達と一緒に逃げて隠れてって感じっすねぇ~」。
(コイツ、子供の事“ガキ”って言った? 今、言ってたよな? 絶対“ガキ”って言ってたよな?? )。
ゴリラ隊員はヘラヘラ笑ってそう答えたマーシュを懐疑的な表情で見つめていた。
「なるほど~、君達の中では侵攻に参加しなかった理由がそれぞれあるとして...。それで、率直に聞いちゃうんだけど、ノンスタンスってリーダーのデイが中心として敵対勢力と武力で対抗する武闘派と、そうじゃない非武闘派に分かれてたんだっけ? 君達は非武闘派のメンバーっていう位置付けでいいの? 」。
ジューンが彼女達にそう問いかけると、キュンは困惑した様子で小首をかしげた。
「えと...。派閥っていう存在があったのは知りませんでした...」。
キュンはそう言いながら、助け舟を出して欲しそうにノンスタンスのメンバー達に視線を送った。
「え~と、いいですか? 」。
キュンの様子を察したホワイトが挙手しながら話に割って入ってきた。
「どうぞぉ~! そういえば、ホワイト君はノンスタンスのサブリーダーだったね~! 」。
ジューンは微笑んでホワイトの主張を受け入れた。
「いや、そんなサブリーダーってほど大それた者でもないですけど...。最近は、もうずっと諸国の兵や敵対してる賊団から逃げて隠れてを繰り返していたんです。ですから、まともに食事や就寝ができない生活の中で、全員の心身もボロボロだったので組織内の関係もギスギスしてました...。だから、ノンスタンスは派閥...というか、気の合う人間同士が固まって一緒にいるっていう感じになってましたね...。王国侵攻前後は組織として既に機能してなかったというか...」。
ホワイトが神妙な面持ちでジューンに答えた。
「じゃあ、極端に言えば戦い続けて勢力拡大していこうっていうデイ派と、武力とは違う手段で活動していこうっていうホワイト派の二分に分かれていたというわけではなかったって事だ。みんなノンスタンス内にはいるけど、固まったそれぞれのグループがバラバラに活動している感じなんだ~。じゃあ、組織内部は結構いびつな状態だったんだね~」。
「ただ、戦闘組と非戦闘組に分かれていたのは事実だったと思います」。
ノンスタンスの青年メンバーの一人はホワイトに続いてジューンにそう証言をした。
「え...と、君は...? ごめんっ!! 名前忘れちゃったっ!! 」。
「オシイチです」。
オシイチが神妙な面持ちで冷静にそう答えると、ジューンは申し訳なさそうに彼に向かって両手を合わせた。
「本当にゴメンっっ!! 俺、女の子の名前はすぐに覚えられるけど、基本的に名前を覚えるの苦手なんだよ~!! 許してっっ!! プリーズ!! 」。
「あ、いえ。問題無いです...」。
坊主頭で小太りな体格が特徴的なオシイチは、重苦しい雰囲気の中で空気の読めていないふざけた謝罪をするジューンに対して気を留めず話を続けた。
「ホワイト様のおっしゃる通り、ノンスタンスは諸国や賊団との戦いでボロボロでした。もう仲間達も戦死したり離脱したり諸国に捕まったりで大分減った反面、組織に新しい人間が入ってきたりで入れ替わりが激しかったんですよね。もう仲間達も失いたくないし、惨い生活をずっと続けたくなかったのでみんな半信半疑になってたというか...。そこは戦闘能力のある戦闘組とそうじゃない非戦闘組の間に温度差はありましたね...。それに、戦闘組に意見したら酷い目に遭うし...」。
オシイチがうつむき気味にそう答えると、ジューンは小さく頷きながら頬杖をついた。
「ふむ...。じゃあ、シンプルに言うと戦える人間は現場に出てて、戦えない人間は隠れ場にいるって感じか...。そういえば、さっきオシイチくんが新しい人間が入ってきたりで入れ替わりが激しいとか言ってたけど、それはリーダーのデイが諸国に侵入してスカウトとかするの? あるいは人を介して接触したりとか? 」。
「基本はデイが直接誘うんじゃなくて、デイの側近が辺境地とか兵士の目が届かない場所でちょっと縁のある人達を介して少し話をしてそれから...って感じですわ。他には賊団から抜けた奴を誘ったり、まだ戦力的に余裕がある時は賊団ごと組織に吸収したりとかありましたね」。
ホワイトがそう答えると、ジューンは眉間にしわを寄せて考える素振りを見せた。
「側近っていう事はデイと距離が近くて信頼できる幹部的な立場のメンバーだね。それじゃあ、幹部的立ち位置だったホワイト君やアゲハラ君も人材補強に協力とかしてたの? 」。
ジューンがそう問うと、アゲハラという黒いフードローブを着た瘦せ型の青年は首を小さく横に振った。
「いえ、俺達は戦闘組じゃないので関与してません。スカウトは戦闘組の役割で、リーダーの取り巻きも戦闘組で囲まれてます。俺達はもう蚊帳の外って感じですね」。
黒髪の七三分けに色白で細いつり目が特徴的なアゲハラは、小さく溜息をついて肩をすくめた。
「蚊帳の外...? でも君達はポンズ王国へ侵攻したあの日、デイと共に時計塔周辺を占拠していなかったかい? 」。
ジューンが怪訝な表情でそう言うと、アゲハラは小さく頷いた。
「確かに現地にはいましたよ。ただそれは直接戦闘に加わったというより、魔法陣でバリケードを作ったり戦闘組のサポートに徹してましたね。まぁ、仕方なくついてきたって感じですけどね」。
「...仕方なく? 」。
アゲハラの含みある言い方にジューンは眉をひそめた。
「おいっ! アゲハラっ! 」。
「...もういいだろ? 実際もう決別したようなもんだ」。
「あ~、アゲハラ君。続きを聞かせてもらえるかな? 」。
ジューンはオシイチとアゲハラの小競り合いを遮る様に問いかけた。
「先程もメンバーからの証言があったように、ノンスタンスは既に組織としては破綻していました。それでどうなったかというと、戦闘組の連中が立場が強い事を利用して組織内で好き勝手にやり始めたんですよ。今の戦闘組はほぼ他の賊団から入ってきた奴で構成されていて、リーダーには服従してますが血の気も荒いし仲間意識が無くて欲に忠実な輩達ばっかです。組織の中では奴等に理不尽な暴力は勿論、性的暴行や奴隷の様に使い走りにされるなんて日常茶飯事でしたよ。実際、奴等に逆らって殺された仲間達も結構いましたしね。俺達も奴等には散々な目に遭ってきましたし、あんな奴等と共闘するくらいならとっとと組織から抜けて勝手に生きていきたかったですが...。まぁ...。この子達もいるんで...」。
アゲハラは戦闘組に憤りを感じている様子を見せながらも、隅で寄り添っている子供達を一瞥してフンッと鼻を鳴らした。
「なるほど、それで仕方なく...ね。しかし、そんな組織の中でやりたい放題されるとリーダーのデイが黙っていないんじゃないか? 」。
「最近のデイは戦闘組と共にしてて潜伏先に戻る事もほとんど無かったんですよ。諸国先に侵入してそこで何かしていたんじゃないかと思いますけど、もう僕等もデイが何をして何を考えているのか分からなくなっていて...。実際に話もしましたよ。内部で戦闘組が好き勝手やってる事や、武装勢力の強化より食料や日常品の確保を優先しようとか。でも、聞く耳持ってくれませんでした。そっちで何とかしろみたいな。『何で他人事やねん』って正直ムカつきましたけど、あんな奴じゃなかったのに...人が完全に変わってましたわ」。
ホワイトは暗い表情でそう答えると、ジューンは神妙な表情を浮かべて頷きながら手帳にペンを走らせた。
「そうか、戦闘する側としない側の溝はそれだけ深かったというわけだ。デイはノンスタンスをコントロールできなくなっていたのか」。
「いや...」。
アゲハラはそう呟き、うつむきながら話を続けた。
「できなくなったというか...捨てたんだと思いますよ」。
「君達を…かい? 」。
厳かな表情でジューンがそう問うと、アゲハラは両目を閉じて溜息をついた。
「...」。
そして、基地内で重苦しい空気と沈黙がしばらく続いた。




