戦略的撤退は負けじゃない
魔獣と人間の混血民族はなかなか国家に受け入れられへんのや~。
理性を有した魔獣は人間に危害を与え国家を転覆させる恐れがあるっていうてな~。
なぁ~んか、しっくりこうへんなぁ~!
それで、混血民族や自分等みたいな社会から外れた人間は、ノンスタンスみたいな組織を作って協力し合って生きてるんや~。
そもそも、自分達はそれぞれの出身国で普通に生活したいんやけどなぁ~。
この偏見を何とかしたいなぁ~!
~ノンスタンス副頭領、白装束のホワイト~
「オイッ!! 川から外れた方向から一人の人間が近づいてきたぞッ!! 」。
「何だとッ!? 」。
大男達が近づいてくるジューンの存在に気づくと、攻撃を止めてジューンに銃口を向けた。
「テメェッッ!! 国家の兵士じゃねぇなッッ!? 何処のモンだコラァッッ!! 」。
「...」。
ジューンは何も言わず大男達に掌をかざしたまま、足を止める事なく歩き続けた。
「オイッッ!! コラァッッ!! 動くなテメェッッ!! 」。
「撃つぞオラァッッ!! 」。
「...」。
大声を上げてエキサイトする大男達を気にも留めず、神妙な表情を保ったままゆっくりと接近してきた。
(おいお~い、あんな無防備で大丈夫かぁ~? いや、確かにあのオッサンの魔法は強いけどさ~)。
ハリガネはジューンの行動を不審に感じながらも、岩陰に身を潜めたままその背中を見つめていた。
「チ...ッッ!! 面倒な奴だッッ!! やっちまえッッ!! 」。
「オウッッ!! 」。
大男達がジューンに向けて銃の引き金を引こうとした時...。
「なっっ...!? う、動かねぇっっ...!! 」。
「お、俺もだっっ...!! 」。
痙攣しているかの様に身体を震わせ、何故か身動きの取れない大男達の頬からは冷や汗が滴っていた。
「女の子達は魔法が使えるとはいえ、大の大人達が数に物を言わせて寄って集っていじめるのはダ~メだよ~」。
(魔法で奴等の動きを封じてるのか...ん? )。
ハリガネがジューン達の動向をうかがっている時、彼等とは別方向から気配を察知した。
「大丈夫かぁ~い? 可愛い女の子達~! 」。
ジューンが満面の笑みを女性陣に向けた時...。
ピシュッッ...!!
ピシュッッ...!!
サプレッサーで発射音を抑えられたライフルの弾丸が岩陰から飛んできた。
「ぐぁぁぁぁあああああああああああああああっっ!! 」。
「ヌオォォォォオオオオオオオオオオオオオッッ!? 」。
「...ッッ!?」。
ジューンが叫び声を聞いて辺りを見回すと、川岸の峠から三人の鎧を纏った男達が落ちてきた。
(フン、いくら人の寄り付かない地帯だからといって、フルフェイスの兜を被らずに無防備で顔晒してうろついてるからヘッドショットで死ぬんだぞ)。
ハリガネは倒れたまま微動だにしない三人の男達を鼻で笑いながら周囲を見回した。
「ありがと~う!! 勇者く~ん!! 」。
ジューンはそう言いながらハリガネのいる岩に向かって手を振った。
(チ...ッッ!! こっちに向かって手を振るんじゃねぇよっっ!! まだ敵が隠れてるかもしれねぇのにっっ!! )。
ハリガネはばつの悪い顔をしつつ、ライフルのスコープで周囲の安全を確認しながらジューンの下へ歩み寄った。
「ふざけんなよっっ!! 敵がまだ潜伏してたらどうすんだよっっ!! ただでさえ、二人しかいねぇのにっっ!! だいたい、そんな無防備で敵側に接近すんなよっっ!! 向かい側の峠で敵が死角から狙い定めてたぞっっ!! 俺が撃たなかったら死んでたんだぞっっ!? 」。
「え? 助けてくれたの!? ...嬉しいっ!! 」。
ジューンは両手を口に押えて乙女の仕草をしだした。
「オッサン、気持ちわりぃよ」。
ハリガネがジューンにそう毒づいた時...。
ヒュ...ッッ!!
ハリガネの真横を黄色い光線が通り過ぎ...。
ドガァドガァァァァアアアアアアアアアアアアアアアンッッッ!!!
断崖に衝突して大きな崖崩れが巻き起こった。
「それは...言わない約束だよね? 」。
ジューンは眉間にしわを寄せ、掌をかざしたままハリガネを睨んでいた。
「分かったっ!! 分かったっ!! 悪かったっ!! でも、こんなとこで派手な事すんなよっ!! 騒ぎで魔獣やコイツ等の仲間達が駆け付けてきたらどうすんだよっ!! 」。
ハリガネはジューンをなだめながら慌てて辺りを見回した。
「ぬぐっっ...!! そこの長剣を背負ってるチビっっ...!! お前っっ!! 恐戦士ハリボテ=ポップの息子だなっっ...!? 」。
ジューンの魔法で動きを封じられた大男の一人が、歯を食いしばりながらハリガネを睨み付けていた。
「チビは余計だが、そうだとしたらどうするつもりだったんだ? 」。
ハリガネはその大男に銃口を向けながらそう問いかけた。
「へへへ...! お前は知らないだろうが、ハンターや俺達みたいな賊の界隈ではお前の首に賞金が懸かってんだよ! 」。
「首?? 俺の?? それはどういう...」。
ハリガネは怪訝な表情を浮かべながら、大男に続けてそう問いかけようとした時...。
ピキィィィィイイイイイイイイイイイイイイイイイイン…ッッ!!
ハリガネは急激に迫りくる気配を感じ取った。
(...ッッッ!? 速いッッ...!! それでいて物凄い胸騒ぎと悪寒を感じるッッ...!! これは人間じゃないッッ...!! )。
「勇者君ッ!! 」。
そう叫びながら血相変えて空を指差すジューン。
「......ッッッ!!! 」。
ジューンの指差す方向を見たハリガネは全身の血の気が引いていくのを感じ取った。
山脈の方からハリガネ達を目掛け、一頭の大型魔獣が翼をはためかせて向かってきた。
キェェェェエエエエエエエエエエエエエエアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!!!
その魔獣の甲高い声で地響きが起こり、川は勢い良く氾濫を起こした。
ハリガネが目を凝らして魔獣を容姿を確認すると、すっかり真っ青になった顔から冷や汗が頬から顎に滴っていくのを感じた。
遠くから見える魔獣は背びれと尾びれが炎で燃え盛っており、身体の鱗はマグマの様に赤く光っている。
はためかせている両翼からは熱風を生み出し、地上にいるハリガネ達もその熱さを肌で感じ取った。
「あれが...“アルマンダイト”ッッ...!! 何て気配だッッ...!! 勇者君ッッ!!」。
狼狽した様子でジューンはハリガネに視線を向けた。
「遂に来たか...」。
険しい表情のハリガネは、迫ってくる“アルマンダイト”を睨みながら頷き...。
「...」。
ザ...ッッ!!
そして、背を向け...。
「撤退ぃぃぃぃいいいいいいいいいいいいいいいいいいいッッッ!!! 」。
この場から全速力で立ち去った。
「ち、ちょっとぉっっ!? 勇者君っっ!? 」。
「あんなバケモノ倒せるわけねぇだろぉぉぉぉおおおおおおおおおおッッッ!!! 」。
「ま、待ってよっ!! 勇者く~んっ!! 」。
ハリガネは一気にそのまま渓谷を下っていき、“アルマンダイト”から難を逃れたのであった。




