味方をライフルのストックで叩くのはやめましょう
うううぅぅ...っっ!!
こ、こんな魔獣の巣窟で過ごさなければいけないなんて...。
怖いよぉぉぉぉおおおおおおっっ!!
帰りたいよぉぉぉぉおおおおおおっっ!!!
~討伐部隊“勇者”シアター=アローン隊員~
夜が明けて暗闇に包まれていた時とは打って変わって木々や緑の植物が生い茂り、パルメザンチーズ山脈の前にそびえ立つチェダーチーズ山。
ハリガネ率いる“アルマンダイト”討伐部隊“勇者”とノンスタンスのメンバーは、チェダーチーズ山に存在する洞穴の中で一夜を過ごしていた。
しかしながら、凶悪な魔獣が生息する危険区域の中とはいえ、ポンズ王国軍出身の部隊と王国とは敵対関係にある反社会的勢力集団ノンスタンスが同じ洞穴で共に過ごしているというのは何とも奇妙な事である。
そんな境遇の中、ハリガネはその洞穴から少し離れた草陰に身を潜め、夜が明けても拠点にしている基地の安全確保のため一睡もせずに周囲を見張り続けていた。
「よぉ、交代の時間だぞ。周囲の様子はどうだ? 」。
ゴリラ隊員はそう声をかけながらハリガネの下へ歩み寄ってきた。
「ここら辺は夜行性の鳥族魔獣が飛行してる程度で、夜はそんなに脅威ではないですね。ただ、朝日が昇るとほぼ同時に竜族魔獣が活動を始めてるっぽいですね~。鳴き声と飛行していた姿から考えると、あれは“タイガーアイ”と“インフィナイト”かな~? どれも大型の竜族魔獣ですよね。あと、ノンスタンスや人間の気配は感じませんでした」。
ゴリラ隊員はハリガネに周囲の状況を聞くと、厳かな表情を崩さず太陽が燦々と降り注ぐ青空を眩しそうに見上げていた。
「ふん、だからといって油断するな。俺達は凶悪な魔獣が潜む地獄と変わらぬ空間で生きているんだ」。
「そうっすね~」。
ハリガネは自身の目頭を押し当て、睡魔に耐えながらゴリラ隊員にそう答えた。
「ノンスタンスもこの先のパルメザンチーズ山脈に潜伏してるんだ。弱体化しているとはいえ、人数的にはこっちが不利だ。気を引き締め...」。
「ふあ~あ」。
ゴリラ隊員が話をしている途中に、ハリガネは堪え切れず大きな欠伸を漏らした。
ドゴォンッッ!!
ゴリラ隊員は激しい剣幕で、持っているライフルをハリガネの脳天に叩きつけた。
「ぐぉおおおおおっっ!? 」。
防具越しとはいえライフルのストックが頭頂部にクリーンヒットし、ハリガネは苦痛のあまりその場に倒れ込んでのたうち回った。
「ぐぁぁああああああああああああああっっ!! 脳が揺れるぅぅぅぅうううううううううっっ!! 脳が揺れるぅぅぅぅううううううううううううううっっ!! 」。
「何だッッ!! その腑抜けた姿勢はッッ!! そんな心構えで生き残れると思っているのかッッ!? 」。
「痛ってぇ...。先に俺が隊長に殺されそうっすよ...」。
ハリガネは苦悶の表情を浮かべ、頭を擦りながらゆっくりと立ち上がった。
「さっきので記憶が飛んじまったか? 隊長はお前だろうが」。
「い、いや...。そうすっけど...」。
「ふん、そんな調子だと隊長のお前が先に死にそうだな」。
ゴリラ隊員は首を振りながら呆れた表情でハリガネを見つめた。
「もし、くたばっちゃったら骨だけでも拾ってくれたら嬉しいっす。そしたら、あのオッサンに渡しといてください。多分、ユズポン大聖堂にある墓地に納骨してくれるだろうし。そういえば、あのオッサンは今も基地にいるんですか? 」。
ハリガネの不意な問いかけに、ゴリラ隊員は神妙な面持ちでゆっくりと口を開いた。
「ああ、今もノンスタンスのガキ共に事情聴取をしていると思う。昨日は全員が疲労や恐怖で憔悴していた事もあったから、落ち着くまで時間を置く事にしていたらしい」。
ゴリラ隊員がそう答えるとハリガネも神妙な表情を浮かべて両腕を組み、大岩で塞いだ洞穴に視線を移した。
(国外追放された俺達...。王国の手先とノンスタンスの残党...。ただでさえ危険な山脈近くで、様々な因果が絡み合った人間達が一か所の洞穴に集結している。あのオッサンはともかくノンスタンスは敵対関係にあるわけだし、安易に背中を預けるわけにはいかんな...)。
ゴリラ隊員は基地である洞穴に睨みを利かすハリガネの様子を察すると、表情を少し和らげてハリガネの肩を軽く叩いた。
「中にはヤマナカがいる。ノンスタンスのメンバーも常に隊員が監視しているし、山脈に潜伏しているリーダーのデイとは交信ができる方法を持ち合わせていないらしい。デイと仲違いしたとはいえ、ノンスタンスだからな。奴等の行動には常に俺達が常に目を光らせている。そこら辺は心配するな」。
「側近のホワイトや青年メンバーとかはどうなんです? 特にホワイトはある程度の魔法は熟知してますから外部と通信できる魔法が使えるかもしれませんよ? ボディチェックはしたんで通信魔術が施された道具を隠している可能性は無いとは思いますが」。
「魔法を使える奴等には使用を禁じている。魔力を放出した段階で即刻処刑すると睨みを利かせているから安心しろッ! それに王国の関係者とはいえ、ジューンとかいう遊び人も何をするか分からんからなッ! 」。
「き、極端だなぁ~」。
「何を言ってるんだッ!! 相手は敵対集団の捕虜なんだぞッ!? お前は死にたいのかッ!? 」。
ドゴォンッッ!!
ゴリラ隊員はそう言ってハリガネの頭に拳骨を見舞った。
「痛っってえぇぇぇっっ!! 」。
再びゴリラ隊員の攻撃を食らったハリガネは頭を抱えて苦悶の表情を浮かべた。
「...ったく! お前が隊長だと先が思いやられるぞッ!! ここはしばらく俺に任せて、お前はその寝ぼけた顔を洗うなり頭を冷やすなりしろッッ!! 」。
「...え?? でも基地に水が無いですよ? ...あっ!! パルスさんやシアターさんに魔法で水を出してもらうんですね? 」。
ハリガネがそう言うと、ゴリラ隊員は呆れ顔で深い溜息をついた。
「水を出すにも魔力や体力を使う事は、魔法を使わないお前でも分かる事だろうがッ! 有事が起きた時どうすんだッッ!! そもそも長官を世話役みたいに扱うんじゃないッッ!! 立場をわきまえろッッ!! 」。
「あ、すんません(ここまできて立場も何も無いだろ...)」。
「それに、お前忘れたのか? お前がここを見張る前に基地で話しただろ? この先に水流の音が聞こえるしブルーチーズ川に近いかもしれないから、夜が明けたら偵察も兼ねて周囲を探索した方が良いかもしれないって。そもそもお前から言い出した事だぞ? 」。
「あ~!! そうでしたぁ~!! はっはっは~!! 」。
ゴリラ隊員は呑気に笑うハリガネにうんざりした様子で肩をすくめた。
「...もういい。ここは俺が見張ってるから早く川を探して、その弛んだ精神を川の水で清めてこい」。
「うぃ~す」。
「お、オイッッ!! 」。
ゴリラ隊員が先を行こうとしていたハリガネをとっさに呼び止めた。
「...へ?? 」。
「『へ?? 』、じゃねえッッ!! お前、コンパスと地図は持ってるのかッッ!? 」。
「あっ...。はははっ! 忘れてましたぁ~! 」。
ハリガネは慌てて引き返し、部隊の基地である洞穴の方に歩き出した。
「アイツ、川を探索したまま戻って来ねぇんじゃねぇかな...」。
ゴリラ隊員は呆れた表情のまま、基地へ消えていくハリガネの背中を見つめていた。




