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セヴィランは、騎士寮でシエラの外出許可を取り直すと、本部へと向かった。
シエラにとってはおなじみの、あの取り調べ室に連れ込まれ、そうして、またまたおなじみの四人に取り囲まれている。
サージェス事務次官、ローズ大佐、ロンドール司祭、そしてセヴィラン。
一人椅子に座ったシエラは、取り囲んでいる四人の視線をさけ、うつむいている。
「さて、君は、謎という謎をまとっている」
セヴィランが、穏やかに話し始める。
「庶民を名乗りながら、貴族を超える魔力量を持つ。
軍馬を乗りこなし、軍式の敬礼を身に着け、あげくのはてに──ゴロツキとはいえ、男二人を素手でつぶすときた」
素手ではない、と反論しそうになったが、それも藪蛇の気がして、口をつぐんだ。
「生い立ちから考えて、魔術教育など受けているはずがないのに、なんなく使いこなしている。
私が君を見つけたときもそうだったね。
君は、身体強化をかけた体で、風のように駆けていた」
彼の指先が、とんとんと机を打ち、シエラの視線をひきつける。
思わず顔をあげると、にっこり笑ったセヴィランがいた。
「説明、するね?
自分から」
シエラは震え上がった。
これはつまり、今ここで自白しなければ、別の手段をとるぞ、という脅しだ。
自分が軍にいたときにやらせたあれこれが思い浮かび、涙目になる。
「で、でもぉ……」
「否定の言葉から入るの?」
「い、で、だから、そのぉ」
いえもでもも封じられ、シエラは追いつめられる。
「絶対、絶対信じてもらえません!」
そう叫ぶと、四人はさっと目を合わせた。
そして、少しの沈黙の後、一番年上のサージェスが口を開く。
「信じるかどうかを君が判断する必要はない。
不測の事態に説明をつけ、対処法を考えるのが我々の仕事だからだ」
「裏取りはこちらでする、ということだよ」
これは逃げられないな、とシエラは思う。
仕方なく、これまでの経緯を話すことにした。
「にわかには信じがたい、というのが、私の感想だ」
「そうですね……これはなんとも……」
シエラの告白に、男たちはまず、いぶかるような様子を見せた。
まあそうだろうな。
自分だって、すぐには信じない。
根拠が必要だ。
だが、今のシエラに、その根拠を用意する手立てはなかった。
「アルノーと言う名をご存じですか?」
セヴィランに聞かれたサージェスは、首を振った。
わずかな希望を砕かれた気持ちで、シエラは愕然とする。
とはいえ、数限られる侯爵家の名を、セヴィランが知らないはずがない。
最初に聞いたことがないと言われた時点で、そうではないかと思ってはいた。
ダメ押しのサージェスの反応に、改めてショックを受けたのだ。
同時に、疑問もわく。
では、父はどうなった?
シエラの魔力も、この容姿も、父譲りだ。
今生の父母からは決して生まれるはずのない特徴を、シエラはちゃんと持っている。
これは、父が存在しているという証拠ではないのか?
だとすれば、一体、どこに。
「中将だと言ったね?
所属は?」
「第二師団でした。
副官はユベール・アリアンド。
連隊長はそれぞれ、ダニエル、ソネット、エヴリン、カルロス。
そうですね……422年だと、ユベールには婚約話が持ち上がっているはずです。
お相手は、オールゾワ公爵のご長女、エルエリア嬢です。
しかし、彼は断った。
いや、これから断るのかな?
ええ、今は三の月なので、これからですね」
サージェスの視線を受けて、ロンドール司祭が出て行く。
「なるほど、農家の娘なら知りえない情報だ。
だが、逆に言えば、軍人ならば誰でも手に入れられる情報だろう。
そなたが誰かに入れ知恵されたのではない、と言い切れない」
「……ユベールというのは、さっき君がゴロツキを叩きのめしたときにいた男では?
知り合いだったのか」
「私は、覚えています。
けれど彼は、私を知らないようでした」
ロンドールが戻って来た。
「各連隊長の名前、および、ユベール卿の婚約は確かに彼女の話の通りでした。
ただ、卿は副官ではなく、現中将でしたが」
「ああ……私がいないから、彼が持ち上がったのか。
妥当でしょう」
裏付けは取れたが、サージェスの言う通り、シエラの話を信じるほどの根拠にはならない。
シエラは思案し、
「では、未来のことはどうでしょう。
今から六日後──教皇がお亡くなりになります」
なんだと!と男たちが叫ぶ。
「それは本当か?」
「しかし、ご病気と言う話は聞かないが」
「さて、私の知る未来で発表された死因は、心の臓が病んでいたとのことでしたが、もちろん軍部は誰も信じてはおりませんでしたね。
嫌な、本当に嫌な予感がしたものです。
そしてその予感は当たりました。
それまで、隣国との交渉にあたっていた司祭たちは、教皇の死を境に、開戦派に転じていくのですから……」
そして六日後。
教皇逝去の一報がもたらされた。
セヴィランは、その知らせを得てすぐに、サージェスと相談をした。
シエラの話は荒唐無稽で、とても信じられなかった。
だが、教皇がこうも突然に亡くなることは、もっと信じられない。
それを彼女は知っていた。
そして、彼女は言っていたのだ。
これから、この国は三年後の開戦に向けて大きく舵を切り、そして──三年後、敗戦にて終結を迎えるのだ、と。
事実ならば、絶対に避けなければならない。
なんとしても。
すぐに、騎士寮預りになっている彼女を迎えに行った。
信じるも信じないもない。
彼女の話をもとに、未来を変えなければならないのだ。
セヴィランがシエラとの面会を申し入れると、気の強そうな顔をした新人が出てきた。
そして、やけに近い距離に立つと、優雅に礼をする。
騎士としてではない、貴族の娘としてのその仕草に、苦笑した。
まだ、騎士になり切れていないんだな。
だが、彼女の言った言葉で、セヴィランの顔はすぐにこわばった。
「シエラなら、さっき出て行きましたよ?
お迎えが来たのです。
お父上と、婚約者のお方でしたわ」
副反応で寝込んでいました。