表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
あの日あなたは私に愛を捧げた  作者: 有沢ゆう


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

7/26



早朝。

農家の娘の朝は早い。

農家の娘じゃなくなっても、早い。


「目が覚めちゃった……」


シエラは、カーテン越しの暗さから、4時くらいかな、と推測する。

ベッドを降り、しわになったワンピースに呆然としてから、クローゼットを開けた。

支給品の下着と、色を変えた何枚かの衣服、ショール、そしてなぜか乗馬用の服が置いてある。

シエラは、シンプルな生成りのチュニックにジョッパーズを着て、革靴をはいた。


そっと抜け出した廊下は、とても静かだ。


「確か、こっち?」


目指すのは、訓練所だ。

かつてのシエラは、攻撃魔法が使えない分を、剣技で補っていた。

魔法を盾に、レイピアを武器に。


記憶通りの場所にあった訓練所に入り込み、ダミー人形が並んでいる後ろから、木刀を探し出す。

だが。


「さすがに大きいなあ」


手になじむ、とはいかなかった。

十四歳の体は、思ったよりも小さい。

いや、栄養がいきわたっていない分、体力的にも筋肉的にも、せいぜい十歳だろう。


できるだけ小さな剣を探し、構えてみる。

うでがぷるぷるした。


「だ、ダメね、体力作りからだよ」


そう呟き、シエラは、黙々とランニングを始めた。






チュニックの裾で汗をぬぐいながら部屋に戻ろうとすると、廊下の向こうから誰かが現れ、こちらに歩いてくるのが見えた。

若い、女の子だが、騎士服を着ている。

まだ新人らしく、服に着られている、とも見えた。


女の子は、シエラの前まで来ると、じっと見つめてくる。


「お、おはようございます」

「どこに行っていたの?」

「え?」


とげのあるその口調から、シエラをよく思っていないことが一発で分かる。

彼女は、じろじろとシエラを眺め、顔をゆがめた。


「偵察?

 あんたやっぱり、どっかのスパイでしょう」

「ええ?

 いえいえ、そんな」

「だっておかしいじゃない、庶民なのに魔力があるとか。

 まあ、気品も知性もなさそうだから、庶民であることは否定しないけど。

 測定の時に、なにかズルしたんでしょう、あんた」

「ズルって……」


何の根拠もなく能力を疑い、率直に馬鹿にしてくるあたり、やはり新人のようだ。

騎士としての言動が身についていないし、これでもしシエラが、秘密裏に訪問している大貴族だったらどうするのだろう。

軍も騎士団も、身分は関係ないという建前はあるものの、やはりそのしがらみからは逃れられない。

上層部しか知らない客など、いくらでもいるというのに。


いや。

さすがに、この見た目では、そんな疑いももてないか……。

シエラは自分の姿を見下ろす。

汗臭い。


「誰の差し金?

 うちをスパイして、どうしようっていうの?

 ねえ、今なら見逃してあげるわよ。

 さっさと出て行けば、見なかったことにしてあげる。

 今、すぐよ!」


腕を高々とあげ、出口を指さす彼女は、尊大で、そして自分の行動の正しさを疑いもしていないようだった。

シエラとしては、一瞬、これを口実に出て行ってしまおうか、とも思う。

そうすれば、自由に行動できる。


が、すぐに思いなおした。

自分の魔力量が、あらゆる方面に知られていることを思い出したからだ。

結局追われるなら、出て行くのも時間の無駄だろう。



「あら、おはようあなたたち」


どうしようか、と悩む間もなく、状況を救う声がした。

ミナリエの声だった。


「団長!」

「リーリア、今日は早いのね」

「いつもと同じです!」

「そう。

 シエラに声をかけてくれてありがとう。

 そのまま、食堂を案内してくれる?」

「もちろんです!」


お願いね、と微笑み、ミナリエが去っていくと、リーリアと呼ばれた彼女は舌打ちをした。

どうやら、強引にシエラを追い出すのは難しいと分かっていたらしい。

一人でいる時に無理やり出て行かせれば、上司や先輩への進言なしにシエラを排除できる。


「いい気になってあちこちうろうろするんじゃないわよ、いいわね」

「あ、はい」

「今朝は勝手に部屋を抜け出した罰に、朝食抜きよ。

 おとなしく部屋にいなさい。

 命令よ」


リーリアはそう言ってニヤニヤすると、髪の毛を颯爽と払って去っていった。












「さて、ゆっくり休めたかな?」


女子寮の談話室に現れたのは、セヴィランとその上司、ローズ大佐だった。


「はい、よくしていただいて」

「そう、良かった。

 早速なんだけど、君の今後の処遇を決めておこうと思って」


向かい合って座ると、二人並んだ威圧感がすごい。

細身のセヴィランでさえ、きちんと鍛えているのだと分かる。


「まず、来月の誕生日に成人するまで、何をするにも保護者の許可が必要だ。

 現状、ご両親の協力は得られないだろうから、まずはその日まで無事に乗り切りたい。

 そのため、君には、迷い子として預りの身分になるが、このまま騎士寮で生活してほしい」


シエラは頷く。


「実は、教皇庁にもすでに情報が回ったせいで、君の引き渡し要求が来ている。

 当然、応じるつもりはないよ」


やや身構えたシエラに、セヴィランは微笑みかけた。


「身元が分からないから取り調べ中、と言って、こちらの管轄下においてあるし、手出しは出来ないはずだ。

 そして、来月の成人の日をもって、その後の処遇を決める。

 実は、軍の上層部が君に興味を示している」

「魔力の件ですね」

「そうだ。

 君に何が出来るのかはまだ分からないが、戦力になるのではないかと」


少し言いづらそうに、彼は目をそらした。


「つまり……私はいずれ、軍に入るんですね」

「君の意思とは無関係にね。

 我々は生き方を魔力の量と質で決められる。

 それが貴族であることの責務だから、文句を言うものはいないよ。

 でも君は、庶民で、けれど、特権もなく生き方を決められようとしている。

 理不尽だとは思うけど、逃れることは出来ない。

 そう、決まっているんだ」


法のことを言っているのだろう。

けれどシエラには、それが、彼の運命論のような気がした。

抗うことのできない、大きな流れのことだ。

押し流されるように生きることに、疑問をもつ貴族のほうが少ない。

彼はその、数少ない人間なのかもしれない。


シエラは肩をすくめた。


「庶民だって同じです。

 親が農家なら農家、親が漁師なら漁師、特権はないけれど、生き方は決まっています。

 私はむしろ、そこから逃げ出してきた。

 何物にもなれないより、新たに軍人の生き方を得たほうがマシというものです」


セヴィランの感じているらしい罪悪感を、少しでも薄めようと、そう言った。

なにより、自分の計画には、軍に入るのが近道なのだから、罪悪感をもつのはこちらだというものだ。


しかし、慰められたほうは、絶句している。

代わりに、隣のローズ大佐が初めて口を開いた。


「ド田舎の小娘にしちゃ、弁が立つなあ。

 お前さん、ほんとに農家の娘か?」

「……口から先に生まれてきた、とはよく言われました」


我に返ったらしいセヴィランが、


「そうだ、ご両親のほうも、少し調査を入れることになった。

 なにより、その瞳が、貴族のものかもしれないということになれば、君の今後にも関わる。

 御母堂の……心当たりとか、あるいは、先祖返りだとしたらどこの血が入ったのか、とか」


浮気、という言葉を避けてくれたらしい。

奥歯にものの挟まったような言い方をしつつ、説明してくれた。


「実際、どっかの落としだねってことになりゃ、引き取って養子に迎える流れになるだろうな」

「まともな家門ならウェルカムだけど、中にはそうじゃない家もあるからね……慎重にやらないと」



真剣に考えてくれているのが、ありがたいやら申し訳ないやら。

そう思ったシエラが、お礼を言おうとした時。


ぐう、とおなかが鳴った。





主人公が転生してなくても、作品中に転生者が出てきたら、もしかして異世界転生カテゴリ……?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ