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「この突き当りがお風呂と洗濯場よ。

 会議室とか事務室とかは一階に全部あって、一階の一部と二階が宿舎ね」


急な呼び出しだっただろうに、制服を着た女性騎士は、慣れた様子でシエラを案内してくれた。

騎士寮は、王宮からほど近い、軍本部の基地内にある。

軍全体の組織図から、一本はみ出しているのが、王直属の騎士団だ。

生前は、たまに立ち入るだけだった騎士寮は、貴族ばかりの団員達に合わせ、それなりに綺麗な個室だった。


「ありがとうございます」

「いいのよ、今年は新人も少なかったし、部屋は余ってるの。

 ああ、私はミナリエ・サザランドよ。

 ミナリエって呼んでちょうだい」

「あ、私、シエラです。

 よろしくお願いします」


あまり表情を出さないタイプのミナリエは、軽く頷いてから、


「まず、お風呂入る?」


と言った。

やっぱり臭いんだ……。

自分の匂いが分からないほど慣れてしまったが、さすがに恥ずかしくなる。

はい、と小さくなるシエラに、やはりミナリエは頷き、共同の風呂場に案内してくれた。


「タオルはこれ、石鹸は中にあるから。

 お湯は出せる?」

「はい、大丈夫です」

「そう、じゃあごゆっくり」


脱衣所を出て行くミナリエを見送り、シエラは駆け込む勢いで風呂を使った。

面倒くさそうではなかったが、あっさりした対応に、どんな扱いになるのかちょっと不安にはなる。

けれど、まずは久しぶりに浴びたお湯の感覚に、シエラはほうと息をついた。








「あああ、さっぱりし……た……」


全身を洗って風呂場を出たシエラは、全裸のまま、立ち尽くした。

そこには、女性騎士がずらりと10人ばかり並んでいたからだ。


「ちっちゃ!」

「14歳?

 ほんとに?」

「あーでも貴族の目だねこりゃ」

「わあ、魔力があるなんて拾い物だよぅ!」


まわりをずらりと囲まれ、硬直する。


「名前なんだっけ?」

「シエラちゃんよ」

「庶民にしちゃ雅な名前ね」

「ねえ風邪ひくわよ」


一人の騎士にタオルを渡され、ぎくしゃくと体を拭くと、すぐに数名の騎士がおのおの手に何かを持って寄ってくる。


「待って、サイズが合わない」

「年齢しか情報がなかったからね」

「至急、調達!」

「了解!」


三人ほどの騎士が走って脱衣所を出て行き、そしてシエラは、大きなタオルでくるまれた。

そのまま椅子に座らされ、タオルで髪の毛を拭かれて、乾燥機(ドライヤー)で乾かされる。


「あの、あの、あの」

「結構傷んでるわね、毛先は切ったほうがいいかも」

「はーい、やるやる!」


ケープをかぶせられ、


「髪、切っていい?」


と尋ねられる。


「あ、はい」


短髪が多い騎士たちに囲まれていて、そういうものかと受け入れる。

だが、ハサミは毛先と前髪、顔回りに入れられただけで、その後念入りにブラッシングされた。


「お待たせ!」


先ほど出て行った騎士たちが戻ってきて、シエラに下着を手渡してきた。

周りをタオルで囲まれた中で慌てて身に着けると、次に、体にワンピースが一枚、あてられる。


「ダメよ赤なんて!」

「そうね、目の色と合わないわ」

「こっちは?」

「いえ、こっちのほうがいい」

「白はさすがに汚れちゃうわよ」

「一応兵舎だしねえ」


ああだこうだの末、シエラの目の色に似た、濃いめのブルーで、ひざ下丈の一枚が選ばれた。

胸の下で切り替えがあり、裾に向かってドレープがたっぷり出るが、着心地は軽い。

生前のシエラですらほとんど来たことがない、貴族のお嬢さん向けのワンピースだ。


「ああああのう、私、客ではないのですっ!

 こういう、あれでは、ないのですっ!」


セヴィランは、ミナリエにどういう指示を出したのだろうか。

絶対に何か間違っている気がして、シエラはようやく、声を上げた。


「知ってるわよ、保護されたんでしょ?」

「虐待されてたんでしょ?」

「アンナ」

「あ、ごめん、親に捨てられたっていえばよかった?」

「アンナ?」


一番若そうな、といっても、シエラより五歳は上だろう騎士が、ぺろりと舌を出す。

そのあと、屈託なく笑いかけてくる顔を見て、力が抜けた。


「ここにいれば大丈夫よ、貴族の親だって簡単に入れないんだから」


ああ、心配されているんだ。

シエラは、ようやくそう気づいた。

育ちの良い彼女たちなりの、気づかいだったのだ。

シエラは、げんこつをくらっているアンナの顔と、それから周囲の騎士たちの顔を見て、


「いえ、私が、親を捨ててきました」


と言った。

彼女たちは顔を見合わせ、それから──わっと笑った。


「いいわね、あなた、とてもいい」

「うちに向いてる」

「このまま配属でいいじゃない、ねえ?」

「賛成」


盛り上がる中、パンパン!と手が叩かれた。

音の主は、最初にシエラを連れてきてくれたミナリエだ。


「はいはい、この子は休息が必要なの、もう解散よ、持ち場に戻りなさい」

「はぁい」

「またねシエラ」

「おやすみー」


口々に騎士たちが散っていく。

残ったのは、ミナリエとシエラだけだ。


「大丈夫?」

「あ、はい」

「最近は新人も少なくてね。

 お呼びがかかることもめったにないし、みんな暇なのよ」



シエラは記憶を探った。

開戦の三年前、確かに、軍への予算、ひいては騎士団への予算もかなり減らされていたのだ。

平和が長かったこともあるが、それにしても、目に見えて少なかった覚えがある。

おかげで、あの戦いに後れをとった。

遠征の予算も、備蓄も少なく、兵たちにはかなりの負担がかかっていたはずだ。

敗因の一因として、この予算不足があったことは否めない。


誰かの意図が働いている?


あの頃は思いもしなかったが、今思えば、不自然な動きだったのではないかと感じる。

しかし、予算の多くを決めているのは、王とその直属である元老院の面々だ。

父ももちろんそこに入っていた。

誰が軍事費の縮小を言い出したのだろう──。





「どうしたの、ぼうっとして。

 ああごめん、疲れてるのよね。

 部屋に行きましょう。

 少し寝るといいわ」

「ありがとうございます……」



ベッドに倒れこみ、うとうとと寝入る前、そういえば今生で、誰かに服を選んでもらうなんて初めてだ、と思った。















「そう言われてもねえ」


市場の店主は、うんざりしながら、目の前の男にため息をついた。


「あいつがいないと困るんだよ!

 黙って見てたあんたにも責任があるだろう!」

「あのなあ、荷車を置いておいてほしい、お使いがある、って取り引き先に融通をきかせて、それで責任って言われてもこっちだって困るんだよ」


シエラの父親は、顔を真っ赤にして怒っている。

娘が帰ってこない、と、ここまで探しに来たのは、シエラが荷車を置いて行ってから三日目のことだ。

三日も放置しておいて、その辺をうろうろ歩いただけで捜索をやめ、店主を責める。

しかも理由は、シエラがいないと困るから、だ。

胸糞が悪いとはこのことだった。


あの子供が野菜を売りにくるたび、店主は心を痛めたものだ。

がりがりに痩せ、ひとりぼっちで村から一時間かけて歩いてくる子供は、どうみても栄養は足りていないし、労働をこなすだけの体力もなさそうだった。

何より、シエラ本人が、その生活をおかしいと思っていないのがなにより痛々しい。


だから、シエラが逃げたとこの男から聞いた時、店主はまず驚いたものだ。

自分の境遇にようやく気付いたのか、と。


「とにかく俺は知らん、それより荷車を早く引き取ってくれ、邪魔でかなわんぞ」

「……牛を連れてくるから、それまでおいておいてくれ」

「ふざけるな、シエラは自分で引いてたんだ、お前に出来ないわけがないだろう!」


ぐ、と詰まった父親は、なぜか急にはっとした顔をする。


「そうだ、あいつは、傭兵になるなんて馬鹿な事言ってたぞ!」

「はあ?」


あの体で?

ばかばかしい、と思う店主だが、父親はニヤリと笑い出した。


「そうかそうか、あいつ、本気だったんだな。

 説得したつもりだったが、悪い娘だ。

 探し出して連れ戻さなきゃ」

「どうやって探すつもりだよ」

「なれるわけもないが、傭兵になるには王都が一番近い。

 跡をたどっていけば見つかるだろ」

「王都に探しに行くなんて、大変じゃないか。

 放っておいて戻ってくるのを待ったらどうだ?」

「いいやそれじゃあ間に合わない。

 あいつは、来月の成人の儀のすぐあとに、嫁ぐことになってるんだからな」

「嫁ぐ、だって……?

 どこに」

「ヨーデリン様の三男だよ、玉の輿だ、幸せになれるところなのに全く」


店主は顔をしかめた。

この市場周辺の商家で、そこそこ大きいのがヨーデリン家だ。

しかしそこの三男と言えば、放蕩息子で有名だ。

女好きで、しかもすでに妻が二人もいる。


こうしちゃいられない、と去っていく父親の後姿を見ながら、店主は、どうか見つからなければいいのに、と願う。









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