5
「あああああ何泣かしてんですか大佐!」
「うわあ……。
ってうか今日、休みだったんじゃ……」
「暇だからって来てたんだよ。
やっぱりこっそりエリナ中尉に報告すれば良かった。
ごめんシエラ、泣かないで」
「なっ、俺は、そんなつもりじゃ……」
うろたえているローズ大佐をしり目に、なぐさめようとセヴィランが近づいてきた。
だが、くさい、汚いと言われて自覚したが、三日三晩顔も洗っていない自分に気づいてしまったシエラは、絶対に彼に近づいてほしくない。
だから、近づくな、という意味で、とっさに自分の周りを盾の魔法で覆った。
「おっ……」
「ほう、無詠唱……」
「あっ、ちょ、シエラ……」
三人三様の反応を無視して、シエラはしばらく、盾にひきこもった。
「馬鹿か?」
情報部の小部屋、取調室になったそこに、シエラと四人の男たちがいる。
そのうちの一人、情報部の上、行政庁から呼ばれて来た壮年の男は、冷ややかにそう言い放った。
「悪いことしません、と一筆書かせて解放?
あんたたちの頭はお花畑かなんかかね?
王家に匹敵する量の魔力を持った少女を、監視もつけずに野に放せるわけがなかろう」
つるりと禿げた頭を、癖なのか、ひと撫でしながら周囲を睨みつける。
言われてみればその通り、というのが周囲の反応だ。
なんで思い至らなかったのだろう、という意味の沈黙がある。
それはもちろん、シエラの見た目だろう。
がりがりでやせっぽっちの、小さな子供。
十四歳には見えないし、悪いことをしそうにも見えない。
だが、見えないからと言ってやらないとは限らない。
「なにより、教皇庁が黙っておるまい」
「ぐうう……」
熊がうなる。
国王を頂に、防衛庁、行政庁と並ぶのが、教皇庁だ。
どこも魔力の強いものを引き込もうとしており、横合いから引き抜くことだって日常茶飯事。
そんな中、どこの手もついていない魔力持ちとなれば、接触がないわけがない。
しかし、魔力を軍力に、あるいは政治力に役立てようと言う2庁とは違い、教皇庁はややその趣を異にする。
神との接触。
それこそが、教皇庁の最大の目的だ。
神おろしとも、神託とも呼ばれるその行為は、決して夢物語ではない。
この世には神がおり、魔力持ちを通してその恩恵を与えてきた歴史がある。
例えば、異世界人の来訪だ。
この世界とは異なる世界から、神は時々、人を呼ぶ。
彼らは一様に、深い知識、新しい知見、異なる発想を持っていて、この世の発展に貢献してきた。
神おろしとは、むしろ、この異世界人の召喚を誘発することだ、と言える。
強い魔力を必要とする神おろしのために、教皇庁は魔力持ちの勧誘に余念がないのだ。
「家に帰して、黙っておけばいいんじゃないのか?」
ローズが、名案だ、とばかりの顔で言う。
しかし返って来たのは、二度目の、
「馬鹿か?」
である。
「ならばなぜそこの司祭を呼んだ。
ご丁寧に魔力測定器を添えて、だ」
禿頭の男は、祭服を来たアーロンドを指さした。
教皇庁に所属している男は、そっと目をそらした。
「数値は測定器に記録されている。
帰庁早々にばれるだろうよ」
セヴィランが、シエラに頭を下げた。
「ごめん、考えなしに呼んでしまった」
「いえ、それより、家に帰すのはやめてください。
私は……家には帰りません」
きっぱりと言う。
男たちは、シエラを上から下まで眺めてから、それぞれが納得したような顔をする。
「サージェス様、彼女のために何が一番いいと思われますか?」
禿げ男はどうやらサージェスというらしい。
彼はため息をついた。
「セヴィランよ、お前は確かに、わしの友人の息子だ。
だが、仕事としての判断を仰ぐのは、政治部のわしではなく、軍部のその男であろうよ」
「えーと、それはもちろん、はい。
後で、聞きます」
「俺は後回しか!」
「はい、後で。
いろんな方の意見を聞くのは、悪くないと、そう教えてくださったのはサージェス様ですし」
サージェスは苦笑した。
笑うと案外、愛嬌がある。
「出来れば行動を起こす前に聞いてほしいものだ」
「すみません、若造なもので」
「十九はもう成人済みだろう」
「人はある日急には成長しないのですよ」
二人は言葉を交わしながらも、それぞれが頭を忙しく働かせていることが分かる。
やがて、
「……最初に彼女の魔力を感じて探索に出たのは、軍部だ。
その処置を決めるのも、軍部で、というのはおかしくない。
だからといって、無罪放免というのは、さっき言った通り、危険が大きい。
やつらは何をするか分からんからな」
シエラは、その言葉で、教皇庁がどういうものかを思い出してぞっとする。
生前から、教皇庁の魔力に対する異常な執着は、何度も目の当たりにしてきた。
彼らは、魔力持ちを保護すると言う建前ではあるが、その実、やっているのは人体実験に近い。
実は、召喚は神の意思であるが、たまに、人為的な術式が成功することがある。
だが、それはいつも一度きり、同じ方法で二度呼ぶことはできなかった。
ゆえに彼ら教皇庁は、新たな術式を編み出すこと、そして永続的に使える基本術式を研究することに余念がない。
魔力持ちの役割は、ほとんどが、そのためのエネルギー補給だ。
枯渇するまで搾り取られ、廃人のようになるまで使い倒される。
そんな末路はごめんだった。
「一番いいのは、行政庁か防衛庁のどちらかで彼女を保護することだ。
名目はなんでもいい。
孤児として、病人として、あるいは……そう、職員として雇用するとかだな」
「うーん、しかし彼女は、庶民で未成年ですから、すぐには……」
「そうだな、雇用は難しいだろう」
「では、とりあえず迷い子として保護しましょう。
魔力量がありますから、使い方の指南をしていずれ職員に登用、というルートで」
「まあそれが無難だろうな」
「しかし保護と言っても、どこで」
「騎士寮でいいでしょう、いろんな意味で安全だ」
シエラ抜きで、どうやら結論が出たらしい。
保護というか捕獲された身としては、文句も言えない。
それに……むしろ、軍に入り込めたことは、良い方向に進んでいる気もする。
「横やりが入る前に手続きをしてしまいましょう。
……ということで、いいですね、大佐」
「今から何が言えるんだ俺に」
「じゃ、決まりで」
憮然としているローズ大佐をしり目に、セヴィランはシエラに笑いかけた。
「色々話し合わなきゃいけないことはあるけど。
とりあえず、君には休憩が必要だね」
シエラを女性騎士に託した後、情報部の小部屋では、男達四人がまだ顔を突き合わせていた。
「で?」
禿頭を撫でながら、サージェスが切り出す。
「あの子は一体、なんだと思うね?」
セヴィランは、虚空を見つめ、腕を組む。
「庶民にはありえない魔力量。
軍馬に乗れる技量。
指導も受けていないのに無詠唱で使う魔術」
「それだけじゃない」
ローズ大佐の言葉に、セヴィランは苦笑しながら頷く。
「無意識だったのでしょうね。
あの子……最後に敬礼していきましたねえ……」