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「あああああ何泣かしてんですか大佐!」

「うわあ……。

 ってうか今日、休みだったんじゃ……」

「暇だからって来てたんだよ。

 やっぱりこっそりエリナ中尉に報告すれば良かった。

 ごめんシエラ、泣かないで」

「なっ、俺は、そんなつもりじゃ……」


うろたえているローズ大佐をしり目に、なぐさめようとセヴィランが近づいてきた。

だが、くさい、汚いと言われて自覚したが、三日三晩顔も洗っていない自分に気づいてしまったシエラは、絶対に彼に近づいてほしくない。

だから、近づくな、という意味で、とっさに自分の周りを盾の魔法で覆った。


「おっ……」

「ほう、無詠唱……」

「あっ、ちょ、シエラ……」


三人三様の反応を無視して、シエラはしばらく、盾にひきこもった。












「馬鹿か?」


情報部の小部屋、取調室になったそこに、シエラと四人の男たちがいる。

そのうちの一人、情報部の上、行政庁から呼ばれて来た壮年の男は、冷ややかにそう言い放った。


「悪いことしません、と一筆書かせて解放?

 あんたたちの頭はお花畑かなんかかね?

 王家に匹敵する量の魔力を持った少女を、監視もつけずに野に放せるわけがなかろう」


つるりと禿げた頭を、癖なのか、ひと撫でしながら周囲を睨みつける。

言われてみればその通り、というのが周囲の反応だ。

なんで思い至らなかったのだろう、という意味の沈黙がある。


それはもちろん、シエラの見た目だろう。

がりがりでやせっぽっちの、小さな子供。

十四歳には見えないし、悪いことをしそうにも見えない。


だが、見えないからと言ってやらないとは限らない。


「なにより、教皇庁が黙っておるまい」

「ぐうう……」


熊がうなる。

国王を頂に、防衛庁、行政庁と並ぶのが、教皇庁だ。

どこも魔力の強いものを引き込もうとしており、横合いから引き抜くことだって日常茶飯事。

そんな中、どこの手もついていない魔力持ちとなれば、接触がないわけがない。


しかし、魔力を軍力に、あるいは政治力に役立てようと言う2庁とは違い、教皇庁はややその趣を異にする。


神との接触。


それこそが、教皇庁の最大の目的だ。

神おろしとも、神託とも呼ばれるその行為は、決して夢物語ではない。

この世には神がおり、魔力持ちを通してその恩恵を与えてきた歴史がある。



例えば、異世界人の来訪だ。

この世界とは異なる世界から、神は時々、人を呼ぶ。

彼らは一様に、深い知識、新しい知見、異なる発想を持っていて、この世の発展に貢献してきた。

神おろしとは、むしろ、この異世界人の召喚を誘発することだ、と言える。

強い魔力を必要とする神おろしのために、教皇庁は魔力持ちの勧誘に余念がないのだ。





「家に帰して、黙っておけばいいんじゃないのか?」


ローズが、名案だ、とばかりの顔で言う。

しかし返って来たのは、二度目の、


「馬鹿か?」


である。


「ならばなぜそこの司祭を呼んだ。

 ご丁寧に魔力測定器を添えて、だ」


禿頭の男は、祭服(キャソック)を来たアーロンドを指さした。

教皇庁に所属している男は、そっと目をそらした。


「数値は測定器に記録されている。

 帰庁早々にばれるだろうよ」


セヴィランが、シエラに頭を下げた。


「ごめん、考えなしに呼んでしまった」

「いえ、それより、家に帰すのはやめてください。

 私は……家には帰りません」


きっぱりと言う。

男たちは、シエラを上から下まで眺めてから、それぞれが納得したような顔をする。


「サージェス様、彼女のために何が一番いいと思われますか?」


禿げ男はどうやらサージェスというらしい。

彼はため息をついた。


「セヴィランよ、お前は確かに、わしの友人の息子だ。

 だが、仕事としての判断を仰ぐのは、政治部のわしではなく、軍部のその男であろうよ」

「えーと、それはもちろん、はい。

 後で、聞きます」

「俺は後回しか!」

「はい、後で。

 いろんな方の意見を聞くのは、悪くないと、そう教えてくださったのはサージェス様ですし」


サージェスは苦笑した。

笑うと案外、愛嬌がある。


「出来れば行動を起こす前に聞いてほしいものだ」

「すみません、若造なもので」

「十九はもう成人済みだろう」

「人はある日急には成長しないのですよ」


二人は言葉を交わしながらも、それぞれが頭を忙しく働かせていることが分かる。

やがて、


「……最初に彼女の魔力を感じて探索に出たのは、軍部だ。

 その処置を決めるのも、軍部で、というのはおかしくない。

 だからといって、無罪放免というのは、さっき言った通り、危険が大きい。

 やつらは何をするか分からんからな」


シエラは、その言葉で、教皇庁がどういうものかを思い出してぞっとする。

生前から、教皇庁の魔力に対する異常な執着は、何度も目の当たりにしてきた。

彼らは、魔力持ちを保護すると言う建前ではあるが、その実、やっているのは人体実験に近い。


実は、召喚は神の意思であるが、たまに、人為的な術式が成功することがある。

だが、それはいつも一度きり、同じ方法で二度呼ぶことはできなかった。

ゆえに彼ら教皇庁は、新たな術式を編み出すこと、そして永続的に使える基本術式を研究することに余念がない。

魔力持ちの役割は、ほとんどが、そのためのエネルギー補給だ。

枯渇するまで搾り取られ、廃人のようになるまで使い倒される。

そんな末路はごめんだった。



「一番いいのは、行政庁か防衛庁のどちらかで彼女を保護することだ。

 名目はなんでもいい。

 孤児として、病人として、あるいは……そう、職員として雇用するとかだな」

「うーん、しかし彼女は、庶民で未成年ですから、すぐには……」

「そうだな、雇用は難しいだろう」

「では、とりあえず迷い子として保護しましょう。

 魔力量がありますから、使い方の指南をしていずれ職員に登用、というルートで」

「まあそれが無難だろうな」

「しかし保護と言っても、どこで」

「騎士寮でいいでしょう、いろんな意味で安全だ」


シエラ抜きで、どうやら結論が出たらしい。

保護というか捕獲された身としては、文句も言えない。

それに……むしろ、軍に入り込めたことは、良い方向に進んでいる気もする。


「横やりが入る前に手続きをしてしまいましょう。

 ……ということで、いいですね、大佐(カーネル)

「今から何が言えるんだ俺に」

「じゃ、決まりで」


憮然としているローズ大佐をしり目に、セヴィランはシエラに笑いかけた。


「色々話し合わなきゃいけないことはあるけど。

 とりあえず、君には休憩が必要だね」











シエラを女性騎士に託した後、情報部の小部屋では、男達四人がまだ顔を突き合わせていた。


「で?」


禿頭を撫でながら、サージェスが切り出す。


「あの子は一体、なんだと思うね?」


セヴィランは、虚空を見つめ、腕を組む。


「庶民にはありえない魔力量。

 軍馬に乗れる技量。

 指導も受けていないのに無詠唱で使う魔術」

「それだけじゃない」


ローズ大佐の言葉に、セヴィランは苦笑しながら頷く。


「無意識だったのでしょうね。

 あの子……最後に敬礼していきましたねえ……」






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