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あの日あなたは私に愛を捧げた  作者: 有沢ゆう


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老人は目覚めた。

深く長い眠りは、身体の感覚を鈍らせていたが、意識は冴えている。


その胸中は、安堵でもあり、後悔でもあった。

いずれにせよ、賽は投げられた。


老人は、はるか遠くに感じる魔力を、少しずつ取り込み始めた。






****************************






前回は一昼夜意識を失った。


「おはようシエラ、たった一時間のお昼寝だったわよ?」


今回は、ほんの一時間足らず。

その理由は、目覚めてすぐには分からなかった。


思いのほか柔らかい草地を背中に感じ、見上げる視界に一杯の、マツリの顔をやんわり手で避ける。

起き上がると少しふらりとしたが、すぐに安定した。

少し離れたところで、赤竜がゆっくり左右に揺れているのが見える。


体を起こした時、かかっていたセヴィランの上着が落ちた。

わざわざかけてくれたのか。


「ありがとうございます」


ぽんぽんと叩いて草を落とし、返却する。

彼は、ああ、うん、ともごもご言いながら、目をそらして受け取った。


「まあまずは服をなんとかしなくちゃね!

 せっかくだから可愛いワンピースにしようか!」

「旅人らしい服装でお願いします、マツリ様!」


にこにこしているマツリに、セヴィランが怒ったように言う。


「ちぇ。じゃあ、まあ、ケープ付きのチュニックにひざ下で絞るパンツ、ウエストに皮ベルト、足は断然ブーツね!」


ふわっと風に撫でられたと思うと、見下ろした自分の服装が変わっていた。

魔法って、なんでもありだな。


「ありがとうございます、でもなんでお着替えで……す……?」


立ち上がって見たマツリの顔が、なぜか少し下にある。

さっきまでほぼ同じ位置だったのに?


「え?」


ぱあっと光が差し、目の前に鏡が現れた。

マツリが出した、全身を映す姿見だ。


「は?」


立っていたのは、シエラだった。

シエラ・アルノー。

金の髪、クオーツの瞳、そして、女性にしてはやや高めの身長。


「これは……どうしたことでしょう」


14歳、いや成人して15歳だったはずのシエラだったのに、鏡の中にいるのは、20歳少し前くらいの女性だった。

見覚えがある。

前世で通り過ぎた、若き日の自分だ。


「んー、多分、戻った魔力に体が耐えられないと判断したのね。

 だから、耐えうる年齢まで、成長した。

 あるいは、あなたのお父様がかけた魔法がほころびたか……。

 どちらなのかは判断がつきかねるけれど、分かっているのは、あなたは本来持つべきものを全て取り戻したってこと!」


地面に、さっきまで自分が身に着けていた子供服がある。

そうか、サイズが小さくなったのか。


「ぱつぱつだったから、ほら、ぱつぱつだったから、上着かけられちゃったのよ」

「ありがとうございます?」


我ながら豊かな胸をケープで覆いながら、セヴィランをうかがう。

彼は早くもいつもの調子を取り戻し、冷静な顔をしていた。

この話題はスルーしよう。


「さて。これからどうする?」


マツリは、交互にシエラ達の顔を見た。


「そうですね……見た目が変わったことで、私をシエラと認識する者はいなくなったでしょう。

 血縁と考える者はいるでしょうが、まさか当人だとは考えもしないはず。

 私は、新しい身分を手に入れる必要がありますね」

「そうねえ、数か月引き延ばしたところで、誤魔化せる年齢差じゃないわね」


考え考え、シエラは口を開く。


「ひとつ目の案は、このまま隣国に乗り込むこと」

「馬鹿な」

「身元も履歴も浮いている私なら、アドラノーズ国民になりすまして入り込むことができます。

 どこまで行けるか分かりませんが、直に戦力を削ることも今ならできる」


体中にみなぎる、異常なほどの量の魔力を感じながら、両手を握ってみる。


「もうひとつは、この国の中枢に入り込むことです」

「どうやって?」

「マツリ様がヒントをくれました──聖女を騙るのです」


眉を顰めるセヴィランに頷いて見せる。


「分かっています、精霊であるマツリ様ならともかく、私などがそんなことをすれば、いずれ女神様より天罰があるでしょう。

 けれど、いつか訪れる運命など、恐れている場合ではないです。

 私は未来から来ました。

 すなわち、未来の出来事を知っている。

 これを利用し、聖女として予言を行うのです」


前世のシエラは、何も知らなかった。

レアンドル第一王子が何を思い、どうして様々な行動を起こしたのか。

王宮内では何が起こっていたのか。

アラノルシアとの関係が実際のところどうだったのか。


戦地に立ち、目をそらしていた。

レアンドルの存在を忘れてしまおうとした。


けれど、それ以外のことならば知っている。

毎年の小麦の出来や、被害の大きかった災害、貴族たちの婚姻や生まれる子の性別、死、そして戦局。

貴族の子女として必要な情報は集めていたし、領地経営に携わってもいた。

他の貴族とも、細々と付き合いはあり、特に生死に関わる話はきちんと回ってきていた。


今こそ、その未来の知識を利用する時だ。


「王宮内に入り込み、現状を把握することができます。

 戦争が本当に必要なのか、戦うべき時なのか、私は兵器として立つべきなのか。

 今のままでは何も分かりません。

 知らなくちゃ。

 本当のことを」


セヴィランは、じっとシエラを見ていた。


「君は……まだレアンドル殿下のことを?」


ゆっくりと首を振る。


「いいえ。彼が私を切り捨てた時、私は傷つきました。

 その日、私の愛は死んだのです。

 生き返ることはないでしょう。

 そういうものですよね、女なんて」


冗談めかしてマツリに言えば、彼女は大まじめに、


「男は新規保存、女は上書き保存らしいわよ」

「なんの話ですか。

 とにかく……まずアラノルシアへの単独潜入は認められないよ。

 以後、シエラの存在は消えてしまうわけだから、教皇庁が騒ぎだすに決まってる。

 何かのきっかけで君が他国にいると知れることになれば、どう言い訳しても逃亡、下手すれば反逆罪だ」

「ばれっこないわよお、こんなに違うのに!」

「一瞬で姿が変わったのです、いつかまた戻らないとも限らないでしょう!」

「あらあ……限りなく低いけれど、まあ、ゼロじゃないけどー。

 心配性ねえ」

「心配はいくらしてもタダです」


シエラは少し嬉しくなる。

本気で案じていることが伝わって来た。


「ありがとうセヴィラン様。

 ではやはり、王宮へ行きましょう」

「しかし……」

「大丈夫、私は上手くやれます。

 本当の私は子どもじゃないし、31歳まで生きてさらに15年加わった元軍人です。

 でも、見た目であなどってくれるなら、それも強みになるでしょう」


国の未来のために。

そう付け加えれば、セヴィランは小さく肯いた。


「ちびシエラの時のように、教皇庁につけ入る隙を与えたくないな。

 そう……新しい身分か。

 ここドルマンから、関所を越えてエルサンヴィリアに戻った街が、トルエ。

 トルエからほど近い場所に、うちの領地がある。

 今は父が行政庁に詰めているから、兄が領主代行を務めている。

 父の薫陶を受け、政治的判断に優れた人だ。

 兄のアドバイスを聞きに行こう、きっとこれという案を出してくれるさ」


シエラは頷いた。

どうせ今の自分は何者でもない。

どうなろうと、現状以下ということはないだろう。












「馬鹿か?」

「あっ、なんだろう……すごい既視感(デ・ジャ・ヴ)


セヴィランの兄は、彼とはあまり似ていなかった。

髪と目の色は同じだが、年齢は30手前というところで、セヴィランよりも貴族的で、セヴィランよりも怖い。

眉間にしわがあり、いつも苦悩を抱えている顔だ。


「しかしですね兄上、彼女はこう見えて元……」

「駄目だ駄目だ! 何を考えているんだお前は!

 こんな……こんないたいけな少女を、王宮に潜入させるなどと馬鹿げたことを!」


あ、いい人だった。

シエラは安心して、一歩進み出た。

そして、拳を胸に当て、軍式の礼をする。


「御目通りをお許しいただきまして、感謝申し上げます」


兄──ジョエル・ルージュは、眉間の皺を一瞬だけ消して、シエラをまじまじと見た。

その顔は、やはりセヴィランに似ているなと思う。








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― 新着の感想 ―
[一言] 更新ありがとうございます!これからどうなるのか、ハラハラドキドキしてます。
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