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あの日あなたは私に愛を捧げた  作者: 有沢ゆう


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翌日、国境を超える。

オコジョを首に巻いたシエラと、軍服にマントのセヴィランは、異質な組み合わせだ。

それでも、呼び止められないのは、サージェスがもぎ取って来た軍の許可証のおかげだった。

正式なそれに、言いがかりをつけることになりかねないため、誰も口を挟めず、怪しまれつつも素直に入国は果たされた。



「さてじゃあ、探してみよっか」


するりと人間姿で地面に降り立ったマツリは、両手を器のようにして頭上に掲げ、目を閉じた。


「その手はおまじないかなにかですか」

「これはパラボラアンテナよ。受信するの」

「はあ……そうですか」


言っていることが一つも分からなかったが、真剣な顔で両手をあちこちに向けているマツリを邪魔するのも悪かろうと、受け流しておく。



「うーん、あっち! 匂うわ!」


また嗅覚に頼ったような発言をして、マツリはとある方向を指さした。


「さ、行きましょ!」


歩き出す彼女を慌てて止める。


「ちょちょちょっと待って下さい、ここからどのくらいの距離なのです?

 日をまたぐようだったり、入山することになるのなら、準備をしなければなりませんよ」

「……うん、そうね、ここから馬車で四日、山に入って一日ってとこかな。

 そうだよね、準備しなくちゃ。

 自分が必要じゃないからって、駄目ね、私ったら……」



人ならざる者になったマツリの気持ちは分からない。

けれど、彼女が言った通り、時間を遡行したと気づき味方が一人もいなかった当時のシエラは、ちょっとだけ状況が似ている。

500年を漂ってきた彼女は、人でありたいのだ。

急激にしょんぼりした姿から、その願いが、痛いほど伝わって来た。


「おやつ買いましょうね、マツリ様」

「そうね、300円分ね!」









御者台には、平服に着替えたセヴィランが座っている。

御者ごと馬車を借りることも考えたが、先がどうなるか分からないためだ。


ドルマンの街道は、少し寂しい。

国境の大きな街は賑やかだったが、そこから離れるにつれ、人も減り、街道の整備も手が入らなくなって久しいと思われるものに変わる。


これが敗戦の結果だ。

物資はアラノルシアに安く買い上げられ、輸入には不釣り合いに高い関税がかかる。

国内の資産が徐々に吸い上げられ、弱るばかりの国なのだ。


当代の王が変わるころには、それも終わるだろう。

同盟という名の敗戦賠償を許され、次第に条件緩和から国の回復へと向かう。

吸いつくし殺してしまうほどではないのだ。

だから今が一番苦しい

戦争責任のある王族は、内心はともあれ、生活自体はさほど変わりなく過ごしているだろう。

割を食うのはいつも国民だ。

国境から離れるほど、それは目に見えて顕著になった。




「私が死んだ未来では、アラノルシアがこうなっていたんでしょう」

「そうね」


それは、まだ回避されていない未来だ。

いずれ同じように祖国が敗けることがあるかもしれない。


「休憩しましょう」




差し掛かった小さな村で、唯一らしい雑貨屋で食料を仕入れ、ついでにお湯をもらう。

道を外れた先の丘の上で、切り株に座ってお茶にした。



「ねえシエラちゃん」

「なんでしょう」

「シエラちゃんは、前世で結婚しなかったの?」


場が凍った。

シエラは、とうとう聞かれたか、という意味で。

セヴィランは、今の今まで考えたこともなかった、という意味で。


「はい、まあ、そうですね」

「どうして?」


シエラは額に手を当て、色々と言い訳を考えてみたが、やがて、言い訳する必要もないかと思いなおした。


「婚約を解消

されたので」


マツリが、びっくりしたように目を見開いた。








********************









マナー、歴史、地理、音楽、刺繍、淑女と呼ばれるにふさわしい教育は、物心ついたころから受けてきた。

それに、経済学、政治学、さらには王族の儀式や礼典、祭典における役割、ふるまいかた、国際情勢と当国の立場にまで及ぶ、王妃教育が付け加えられていく。


そうして、17歳のシエラは、王太子妃としての資格を十分に備えた女性となった。



だが、その頃から、わずかな違和感はもっていたのだ。

世間も、政治部も、シエラの婚約者であるレアンドル第一王子を王太子として遇したが、実際のところ、正式に発表があったわけではないのだ。

いずれそうなるもの、という暗黙の了解はあるが、王の口からそれを拝命したわけではない。


遅いのではないか。

うすうす、そう感じていた。

シエラですらそうなのだ。

おそらく中枢では、そのずっと前から、王の真意を探る動きがあったに違いない。




ある日のこと。

その王が、衝撃とも言える声明を出した。


レアンドルを筆頭に、三人いる王子たちの、誰が一番この国を導くにふさわしいか?

それを見極める試練を与える、と。



王家には、正妃の子は二人いた。

第一王子のレアンドルと、第二王子のラインハルト。

第三王子は、その後迎えた若い側妃の子である。

よって、人々は、事実上、レアンドルとラインハルトの一騎打ちだろうとみていた。


しかしここにきて、第三王子であるエメルに、王が直々に婚約者をあてがった。

それも、現教皇の直系の孫娘である。


中枢部は混乱した。

エメルの婚約は、ともすれば国で最も高貴と考えられる少女と結ばれたのだ。


ラインハルトの婚約者は王家の遠縁の中級貴族の娘だ。

そして、レアンドルの婚約は、どこにも権力を傾けないという意味で、中立を保つ保守派の英雄、魔法師の娘だ。


いずれも決して安い相手ではないが、カードとしては弱いと言わざるを得ない。


人々は噂する。

そういえば、王は若い側妃をことのほか可愛がっているらしい。

その子である第三王子も然り。

正妃とは政略結婚で、子を成す以外に会話はないらしい──。




その状態で、王は試練を課した。

褒章を得よ。

端的なそれは、国の叙勲を受けるような功績をあげろ、という意味だ。


アラノルシアの勲章の種類は多岐に渡る。

文化、経済、武勲、とにかく国民と王に認められれば良い。


しかし、実際にそれを選定するのは、政治部だ。

そのトップは、王。

中枢部の心持ちひとつで決まるものを試練とするのは、とっくに結果が決まっているからではないのか?

そう思われるのも仕方がない試練だった。




第一候補はエメル。

それをひっくり返すためには、何か、大きな一手が必要だった。



そんな、レアンドルと側近たちが頭を悩ませているところで、さらに陣営を困惑させる出来事が起こる。



「なんでしょうね、お呼び出しなんて」


レアンドルとシエラは、一緒に御前に召された。

急な呼び出しに、身なりを整えるのもそこそこな話だった。

慌てて王宮に上がり、二人一緒に、謁見室へ向かう。


騎士が開いた扉から入ると、正面の壇上には王、そしてその正面に、もう一人誰かがいた。

一目見て、高貴と分かる佇まいだ。


ゆっくりと振り向く。

それは、シエラと同年だと思われる少女だ。


「よく来た」


王の鷹揚な歓迎に、二人そろって最上の礼をとる。


「こちら、アドラノーズ国よりの使者だ。

 ジゼル・オリオール嬢」


顔に表情が出そうなのを押し殺す。

オリオール。

ありふれた姓だが、国使であり、王に謁見がかなう身分の少女である、おそらく隣国の軍総司令部総帥、エッジ・オリオールの娘だろう。


「彼女は我が国との国交を深めるため、しばらく滞在することとなった。

 レアンドル。

 お前に彼女の案内を任せよう」

「……っ」


二人で息をのむ。

未婚の若い女性の世話を、レアンドルに任せる?

国外の、高い身分の賓客である少女の?


それは事実上、婚約の打診であった。


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