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あの日あなたは私に愛を捧げた  作者: 有沢ゆう


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サージェスは、ローズ大佐と共に執務室を出た。

セヴィラン達が戻ってきた後にどう動くべきか、二人はここ数日ずっと話し合っている。

最も大きな問題は、この秘密を、秘密のままにしていていいのかどうか、である。

教皇の死、新兵器開発の噂、さらには王太子の不可解な行動、王室の沈黙……。

シエラの話は、荒唐無稽と笑い捨てるには、様々な予兆と符合しすぎている。


上層部に話すべきか否か。

もし本当に戦争になり、彼女の話の通りになってしまうとすれば、とても一部署で対処できる話ではない。

だが、軍部の予算が削られ、中央から有力者が遠ざけられるなど、ともすれば敗戦へ向けて着々と進んでいるような動きが、身内にあるのだ。

相談するにしても、慎重に相手を選ばなければならない。


「頭の痛いことだ」


サージェスがため息をつくと、ローズはややためらったのち、言った。


「あの二人を送り出したのは、正しかったのでしょうか」


サージェスはいぶかし気な顔をしつつ、


「ほかに手はあるまい」

「ええ……おっしゃる通り。

 しかし、二人の旅は、あの小さな少女を兵器にする準備に他ならない。

 我々はそれでいいのでしょうか。

 国に忠誠を誓い、武力を以て我が国を守ると誓った身で、子どもが殺戮を犯す未来を期待している。

 私はね、サージェス様……それはあまりにも、非人道的ではないかと思うのです」


豪快なタチのローズにそう言われ、禿頭をひとつ撫でる。

しばらく考えたのち、彼はただ、同じ言葉を繰り返す、


「……ほかに、手はあるまい」


負け戦の悲惨さは身を持って知っている。

先の大戦で、交渉役を務めたのはサージェスだ。

同盟とは名ばかりの属国に、飲まざるを得ない一方的な譲歩を要求した。

それが戦争だ。

名目ばかりの同盟すら結ばぬのなら、敗戦後に受け入れなければならない条件こそ、非人道的なものになり得る。


だからサージェスは、ローズの実直な問いに、他に応える言葉を持たないのだった。









同じ頃。

サージェス達が去った部屋からごく近い場所で、ミナリエは部下であるリーリアと向かい合っていた。


彼女が何をしたか、ほぼ正確なことが分かっている。

軍部から預かりで滞在していた少女を、父親の手に戻すべく手引きをした。

これについては、親子は一緒にいるべき、という主張をされてしまえば、罪と断じる術はない。


だが、拉致未遂については、言い訳させないつもりだ。

寮に預りになった初日、シエラは暴漢に襲われている。

この二人組は当初、単なる物取りとして牢に放り込まれていた。

しかし、ある日突然、大佐(カーネル)が事件の再調査を指示したのだ。




金持ちそうな馬車を襲った、という彼らが、子ども一人が乗った馬車を襲ったこと、さらには、その子どもが食事をしている様子を外でうかがっていたことなど、不自然な状況が明らかになった。

その上で、彼らの出自を調べてみれば、王都より東のオルグ地方出身で、王都ではとある店の下働きをしていることが判明。



「リーリア。君は、君の父君が経営する店の従業員に、誘拐を指示したね?」


まだ少女とも言えるその若い騎士は、真っ赤になった目でミナリエをすがるように見た。


「知りません! 本当ですミナリエ様、私、何も知らない!」

「あの日はちょうど、君の外出日だった。行先は、父君の経営する飲食店。

 くしくも、ならず者どもの働く店だ。

 これが偶然だと、君は言うの?」

「そうです、たまたまなんです、私がそんな恐ろしいことをするはずがありません!」

「ねえリーリア、正直に自白すれば、罪は軽くなる。

 けれどこのまま否認するならば、君が本当のことを言うまで、私たちはあらゆることをするだろう。

 どうか私に、そんなひどい指示を出させないで欲しい」

「あら、ゆる、こと……?」

「そうだよリーリア。君は騎士であり、国の守護者であり、国民の良き友でなければならない。

 常に行動には規範があり、正しいことを求められる」



ミナリエは間違った。

シエラの父親と偽婚約者を手引きしたリーリアをかばったことで、反省する機会を奪った。



リーリアが教皇庁の人間に接触したことは分かっている。

だが、それを罪に問うことは出来ない。


シエラが教皇庁に強引に引き入れられようとした原因を作ったのはリーリアだが、それを追求すれば、シエラの存在が軍部になくてはならないものだと認めるに等しい。

まだその時ではない、というのが、サージェスの指示だった。




実際のところ、ミナリエは、ことの本質を何も知らされてはいない。

ただ、シエラが、ただの少女ではないということだけ、肌身で感じている。

サージェスやローズ大佐が直々に動いているのだから、分からないはずがない。


リーリアの罪は、誘拐未遂のみに絞って追及されることになった。




「騎士とはね、ただの称号ではないんだ。

 それは、常に女神に仕え、国に仕え、自身に恥じることをしないという誓いの名だ」


ふと、騎士団に配属されたばかりのリーリアを思い出す。

常に人の顔色を窺い、怯えた猫のようだった。

身分の垣根のない騎士団の中で、その触れればひっかかれそうな様子は消えていった。

彼女自身、多分、家族と幸せな関係ではないのだろう。


だからこそ、ミナリエは心痛む。

貴族の子女である彼女の処罰は、庶民のそれと同じには出来ない。

実刑に処することが出来ないということだ。




「君はその誓いを破った。もう……騎士ではいられない」


リーリアは、涙の溜まった目を限界まで見開く。


「いや……」

「君の騎士号を廃する。その身は生家であるマゼンタ子爵家預りとし、ただちに移送の手続きに入る」

「いや、いや、家には帰りたくない、お願いですミナリエ様、私、ごめんなさい、ごめんなさい!」

「罪を認めるかい、リーリア?

 きちんと償う誠意を見せれば、君は修道院に預けられる選択肢もとれる」

「ああっ……ひどいわ、私に庶民になれとおっしゃるのですか!?」


ミナリエは目を閉じる。

この温情を受け取れず、誰かを責めるばかりのこの子は、貴族としてそう育てられた犠牲者だ。

けれど、一度騎士になったからには、氏も育ちも関係がない。

なぜこの子が騎士として認められたのだろう。

選考の基準はどうなっている?


責任のありどころをすり替えようとしてみたが、それで目の前の問題が片付くわけではない。



「選ぶがいい、リーリア。これは私の精一杯の餞別だ。

 罪を認め、修道院で心穏やかに過ごすか、あるいはこのまま否認を続け、実家で軟禁されるか」


さて、軟禁で済めばいいが、とは口にしない。

彼女の父親は、冷酷非道で有名だった。


「……罪を……認めます」


そう言って、リーリアは大声をあげて泣き出した。

振り絞るようなその声も、もはやミナリエの心を動かすことはない。


「良い子だ、リーリア」


ミナリエは、後ろに居並ぶ取調官たちに合図を出した。


「自白に基づき、詳しい経緯、および動機を引き出し、正式な書面にして私に」


そう指示し、扉に向かう。

わざとらしく大きくなる泣き声に背を向け、二度と、振り返らない。


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