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「お嬢さんと……その男だけかな? 他には誰も?」
どうしよう、どうしたらいい?
シエラは冷や汗をかいて黙り込む。
何を答えても、言質を取られる気がした。
「ふむ、その男が何か無体を働いたのかな。君は自分を魔力で守った。そうだね?」
肯けば、魔力があることを認めることになる。
否定すれば、暴力事件だ。
やはり何も言えないままのシエラに、司祭はにんまりと笑った。
「よろしい。僕が君を保護しよう。来なさい」
「あの、私、帰らないと」
「いいとも、この事件の事情を聴いてからね。明確に、暴力が使われたわけだから」
「では軍部を!」
「いいとも、さあ、君、騎士団を呼んできたまえ。場所は、オーバル教会だ」
はい、と楽しそうに答えたリーリアは、蔑むような視線でシエラを見た。
「これで二度と私の前には現れないわね、お前。
本当に目障りだったわ。
ごきげんよう、せいぜいあちらでお役に立ちなさないな」
そして、弾むような足取りで去っていった。
事件や事故の解決には、防衛庁のいずれかの組織があたる。
だが、その被害者を保護し、必要があれば引き取り先を探すなど、環境を整えるのは教皇庁の管轄だ。
シエラは今、犯罪を犯した側か、保護される側か、どちらかに立たなければならない。
一度犯罪歴がつけば、軍には入れなくなる。
選択肢はひとつしかなかった。
「来るんだ」
腕を引かれ、シエラは大人しく頷いた。
教皇庁舎に併設された教会に連れていかれ、一般人は入れない通路から、奥の部屋に案内される。
中にいた何人もの司祭が、それを驚いたように見ていた。
座って待てと言われ、しばらくすると、老人が二人、入って来た。
「おお、おお、よくやった」
興奮につばをとばしながら、明らかに格上の白い祭服に、金糸の帯をかけた男たちが、シエラを無遠慮に眺める。
「おい、ラウル、あれを」
ラウルと呼ばれた、シエラをここに連れてきた細目の男が、見覚えのあるものを取り出した。
魔力測定器だ。
前回は、口伝えと測定器の痕跡で報告されたものが、ここではっきり数値で認知されてしまえば、シエラの処遇は複雑なものになる。
軍の保護はあくまで取り調べの一環であり、立場を明確にするものではない。
それに対して、被害者保護の名目で連れてこられた今、魔力のことが記録に残れば、それを盾に身柄を留め置かれる可能性が高い。
なんとかして拒否できないだろうか。
「あの、帰りたいのですが」
「いいともお嬢さん。どこへだね?」
にんまりと老人が笑う。
それで、彼がシエラのことを思った以上に知っているのだとぞっとする。
父親が拘束されていること、もしかしたら、家出中であることも調べられているのかもしれない。
「ローズ情報部大佐を呼んでください。
私の保護者です」
「おやおや、両親がいるのに、軍に保護者がいるのかい?」
「私は被虐待児です、軍預かりになっています」
「それは大変だ。そうした子供は、うちで面倒をみることになっているんだよ。
さあ、安心して、ここに手をのせるんだ」
何を言っても、手ごたえがない。
子供の戯言に付き合う大人のような顔で、いなされてしまう。
ラウルがシエラの手首を、やんわりと、だが有無を言わせない目つきで掴む。
その時だ。
ざわめきが近づき、何事かとみんなが入り口を見ると同時に、バァン!と扉が開いた。
「邪魔するぜ」
「ローズ大佐!」
「うちで監護されている人間が、暴力被害にあったと聞いてな。
犯人の自白の裏付けに、被害者の聞き取りをしなければならない。
うちで連れて行かせてもらう」
入って来たのは、大佐と、それからセヴィランだ。
入り口に集まり始めている司祭のなかに、アーロンドの顔がある。
最初に冷たい水を飲ませてくれた時と同じ、心配そうな、でも安心させてくれるような顔をしている。
彼が知らせてくれたのだろう。
きっと、リーリアは報告をしていないだろうから。
「何の権利があってだね?」
「そちらこそ、なんの権利がある?」
「あるとも。こちらは、事件の際に大きな魔力を測定している。
そちらが彼女を保護しておきながらこの事実を隠していたのなら、隠蔽の疑いを免れない。
まさか軍人にしようとしているのではあるまいな?
このような小さな子供を。
それは、人道的にまったく許されないことであるぞ。
なれば……当教会で保護するのだ筋というものだ」
「言いがかりもはなはだしい!」
「おやおや、幼い子供の保護が、言いがかりだと。これはこれは、軍の思想が知れますな。
なんにせよ、魔力を測定すれば済む話。
なければないで、これらの疑いも晴れましょう」
押し問答をするには、状況が悪い。
ここはすでに教皇庁の手の内で、ミシェル・ヨーデリンに関する暴行事件は事実として起こってしまった。
もし教会に取り込まれれば、赤竜を探しには行けない。
魔力を取り戻せない。
今のままでは、三年後の戦争に勝てない。
同じ未来をたどってしまうのだ。
そして、レアンドル王子もまた、まもなく死ぬ。
結局、未来は変えられないのだろうか。
「教皇様への良いお祝いになろう」
老人がニヤリと笑った。




