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あの日あなたは私に愛を捧げた  作者: 有沢ゆう


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絶望するシエラに、呟くように話しかけたのは、セヴィランだった。


「この間の戦争……一体、なんのこと?」


シエラだけではなく、マツリも首を傾げた。


「ドルマンとの戦争ですよ、20年前の」


シエラの住むアラノルシアは、三国に囲まれている。

東を、現在訪れているこのエルサンビリア。

西を、三年後に敗ける運命にあるアドラノーズ。

そして南に、同盟国であるドルマンに。


現在は同盟国となっているが、実質、ドルマンはアラノルシアの属国に近い。

20年前の戦争で、ドルマンは敗戦国となり、植民地化を避ける代わりに、アラノルシアに不平等なほど有利な条約を結ばされている。

関税の優遇、通貨の交換レート、共同研究プロジェクトと言う名の資金の吸い上げ。


それもこれも、拮抗していた戦力を、大魔法使いであるアルノー侯爵が大きく傾け、正面の一角を切り崩したことで勝負は一気に片が付いたからだ。



「確かに、我が国はドルマンに勝利したが、それは純粋に作戦勝ちだよ?

 向こうが短期決戦を焦っていたのに対して、うちは長期を見据えて、敵を分断することとその都度全滅させることで降伏をもぎとったのさ。

 だから、竜の介入も、大魔法使いの登場も、劇的なことはなにもなかったんだ」


マツリはぽかんとした。


「……それ本当?」

「まあ僕も見た訳じゃないけど、両国の史実として食い違いもないし、事実だと思うよ?」


彼女は、指先をあごに当て、考え込む。


「……時が戻った、と言ったわね、シエラ」

「あ、はい。

 少なくとも30年以上は戻ったかと」

「私たちが……気づいてなかった、ってことかしら」


シエラとセヴィランは顔を見合わせる。


「どういうことです?」

「私が知っている歴史と違うわ。

 私には、違う戦争の結末の記憶がある。

 つまり、その歴史は『あった』のよ。

 なのに、史実にはない。

 歴史が変わったんだわ。

 オーレンがもし時を戻す大魔法を使ったのだとしたら、わざと私たちをその次元からはずした可能性がある」


マツリは、シエラを見て優しく笑った。


「オーレンは、私とシュヴァルツを証人にしたのよ。

 あなたが父親を信じ、戦争を止めることに疑問を差しはさむことなく行動できるように。

 オーレンは存在し、これから戦争が起こる。

 私が証言する。

 あなたに。

 いつかオーレンに会えるわ。

 きっとどこかにいるもの。

 だからあなたは迷うことなく、封印を解きに行けばいい」


ゆっくりと、マツリの言葉が落ちてくる。

シエラの心にそれが届き、じわりと安ど感がわく。

それはみるみるうちに広がり、体中を駆け巡って、涙になった。


「お父様……」


どこかにいる。

いつか会える。

シエラの迷いはすべてなくなり、やるべきことが決まった。


「赤竜様を探します」


セヴィランが頷く。


「同盟国ドルマンに手を貸した歴史が、マツリ様の記憶にあるなら、手がかりはかの国だろうね」

「はい、一度国に帰って、入国許可をとりましょう」

「そうね、そうしましょう!」


シエラはマツリを見た。

セヴィランもマツリを見た。

当の彼女は、にこにこして右手を曲げている。


「あ、これ?

 ガッツポーズっていうのよ。

 ガッツっていうのはね、昔のボクサーでね」

「いえ、ポーズの話ではなく。

 ご一緒に行かれるような口ぶりだったので!」

「行くけど?」


きょとん、という顔をされ、セヴィランが汗をかきだした。


「あの、しかし……」

「え、ダメ?」

「ダメというか、うちの入国許可をどうとったらいいのか」

「なんだ、いらないわよそんなもの」


マツリは、右手を仰向け、陣を立ち上げた。

そして目を閉じると――ぱふん、と音を立て、彼女の姿が小鳥に変わった。


「うーん、これはありきたりねえ、ありがちよありがち」


小鳥の口から、いまいち、という口調で言葉が出てくる。


「猫もありきたりよね、ファンタジーの王道ってかんじ。

 あっ、カラスはどうかしら。

 うーん、私はいいけど、連れて歩くシエラが中二病って感じしちゃうか」


ぽん、ぽんと姿を変えていたマツリは、最終的に白くて長い何かになった。


「いいわ、とりあえずオコジョで!」


オコジョとは何か。

シエラには分からない。

分からないがとりあえずこれでいいらしい。

白くてふわふわした毛が、首の周りにくるりと巻き付く。


「ね?」


セヴィランに、黒いつぶらな瞳が得意げに向けられる。

彼は愛想笑いをし、はい、と肯いた。

セヴィランから、なんでもいい、という声が聞こえそうだが、口に出さないだけの良識は残っているようだった。







************************






ミシェル・ヨーデリンは、ヨーデリン商会の三男だ。

甘やかされて育った自覚はないが、その人生は家族におんぶにだっこの連続だ。


多額の金を払い通った学園は、まともに学ぶ気もなく怠惰に過ごしたせいで退学になった。

学園卒という箔をつけて支店を任せるつもりだった両親は、彼が退学をたいして問題視していないことに、ここに至りようやく不安を覚えたのだ。

可愛い可愛いで甘やかしたツケが、とうに青年期を迎えた彼をして、単なる穀潰しになる可能性をうかがわせるに至り、ようやくだ。


それでも、人好きのする物おじしない性格は、商人に向いているとも言える。

だから、彼が経営のいろはを覚えるまで、実家で好きに過ごさせていた。


その末っ子が、問題を起こしたと言う。

まさか飛んでもない。

両親はそう笑ったが、ぴくりとも笑わない女性騎士が、淡々と罪状を読み上げるにしたがって、しだいに顔が青くなった。


「ほ、本当に息子が……少女に暴力を?」


まだ信じられない父親が呟くと、耐えかねたように、横から番頭が大声を出した。


「だから言っておったではないですか!

 ぼっちゃんの素行には問題があると!」

「あ、ああ、だが、私は……」

「ええ、ええ、信じなかったのでしょうよ!

 あたしは知ってるんですよ、この、あたしが、ぼっちゃんに地位を奪われるのを恐れて大げさに噂をまいてるんじゃないかって、お二人がおっしゃってらっしゃるのをね!」

「な、いや、いや!」


でっぷりと太った番頭は、本店の要だ。

顔が広く、人当たりが良く、そのくせ抜け目がない。

彼はその柔和な顔を、今は見る影もなく眉を吊り上げている。


「ひどい話じゃありませんか!

 この店にお仕えして三十と余年、結婚もせず身を捧げた結果がその評価ですか!」

「違うんだ、違うんだよ番頭さん」

「ええ、ええ、分かってますとも。

 旦那様も奥様も、私を信頼してらっしゃる。

 けれど、ただ、ぼっちゃんを甘やかしすぎているだけなんですよ!

 ぼっちゃんのことになると、判断がおかしくなる。

 ぼっちゃんを基準に物事を考えるのを、いったんおやめになってみることです。

 いいですか、これが最後のチャンスですよ。

 もし、ぼっちゃんが支店の頭になったンなら、あたしはこの店の未来がなくなったもんだと思いますね!」


夫婦はうろたえつつも、少し怒った顔をする。


「言いすぎじゃないかね、お前」


番頭は、そんな夫婦よりもさらに怒りを爆発させるのだ。


「いい加減になさい!

 冷静になるのです、いいですか、考えてごらんなさい。

 もしも、宿敵であるオールボワール商会の息子がですよ、学園を退学になり、日がな一日街をぶらぶらしては女性に声をかけ、連れ込み宿にしけこんでは騒ぎを起こし、手切れ金を両親にたかる。

 それが何度も何度も繰り返される。

 そんな息子に、店を任せようとしている。

 どう思います!?」


夫婦は、唖然とした。

商売敵として想像したその後継ぎは、もはや哀れに思えるほど、将来を悲観させるものだった。

自分の手元から離し、客観的に眺めた可愛い可愛い息子は、とんでもない不良債権だった。


「どうやら少しは思い至ったようですね。

 分かったのなら、そこの騎士様にお詫び申し上げ、ぼっちゃんにきちんと罪を償わせることです」



夫婦はがっくりとうなだれ、分かった、と言った。


しかし──。

それでも一晩が経てば、末っ子の泣き顔ばかりが浮かぶ。

牢に入れられた息子は、想像の中で怯え、寒さに震えていた。

ああ、可哀そうに。

結局、夫婦は多額の保釈金を払い、息子を引き取ってしまった。

もちろん、番頭が激怒するのは目に見えている。

それで、仕方なしに、王都に小さな家を借りた。

実家に比べれば本当に小さな家だが、暮らしやすそうなその家を、末っ子に与えたのだ。

ほとぼりが冷めるまで、ここで暮らしなさい、と。




「絶対に許さない……!

 あのガキ、本気で躾けてやらねばならんようだな!」


当の息子は、反省などかけらもしていない。

二晩も冷えた牢に入れられ、ひどい目に合ったとしか考えていない。

迎えにきた両親には、遅い!と不満をぶつけ、与えられた家が狭苦しいことに文句を言い、その反面、繁華街に繰り出すのにちょうどいい立地に留飲を下げた。


両親は、下男を一人、つけてくれた。

その男が、家とミシェルの世話をする。


そればかりでは時間が余るだろうからと、別の仕事も言いつけてあった。

女性騎士寮の見張りだ。


親を憲兵に売ったあの娘は、あの寮以外に帰る場所などない。

見張っていればいつか現れるはずだ。


その時は……その時こそ……。


ミシェルは、貴族と見まがうような格下の女を、自分の好き勝手にする場面を想像し、唇をゆがめてにやにやと笑うのだった。


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[一言] 唐揚げで釣れそう
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