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あの日あなたは私に愛を捧げた  作者: 有沢ゆう


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竜を探せ。

父のその言葉を信じる。


シエラが王都を出る理由は、その言葉ゆえだ。


今生の父……いやもう父とは呼ぶまい、ゼペットという名のあの男、あれから逃げるという意味合いがないこともない。

成人までまだ間があり、次に捕まれば、保護者としてシエラは簡単に連れていかれる。

そしてあっさりと嫁がされる。

それが可能なのが現状だ。


だから、どうあってもシエラはゼペットから身を隠さなければならないし、だったら、王都にいるべきではない。



最初は口々に反対していた人々は、シエラがそう主張すると、次第に無言になっていった。

反論のしようがない、というふうに。


「しかし、その、一人ではいかせられない、絶対に」

「大丈夫ですよ、なんとかなります」

「いやいやそういう問題ではない。

 そもそも、君の身は国の預りになっているのだぞ」


返す返すも、魔力を測定されてしまったのは失敗だった。

シエラが思わず舌打ちすると、セヴィランが目をむいた。

坊ちゃんなのかな、と思い、すました顔でやりすごす。


そうして誰もが黙り込んで、数分後。

セヴィランが口を開いた。


「俺が一緒に行こう」

「えええええっ」

「……どういう意味のええええなの?」


反射的な拒否を、半眼で聞き返された。

いえ、とかなんとかもごもご言っているうちに、大人たちは話し合いをしている。

そして、


「いいだろう」

「いいのー!?」

「逆に何が駄目だというのか。

 騎士の護衛をつけ、魔力の技術体得のため修行に出る。

 良いではないか、実に、心躍る」


エリナ中尉?


修行、という言葉を恍惚とした表情で発する彼女は、先ほどまでの凛々しい騎士の顔を忘れてしまったかのようだ。

思わず半歩さがったシエラだが、結局、なし崩しにそのように決まってしまった。






それからの動きは早かった。

さすが、遠征に慣れている騎士団だ、荷造りから馬の手配、セヴィランの届け出書類もシエラの外出許可も、漏れなく承認を得て、翌朝には出発となる。





「困ったらすぐ帰っておいでよ!?」

「困らなくても帰ってきたらいいわよ!」

「ねえこのワンピース、やっぱり持っていったら?」


寮の女性騎士たちは、両手に荷物を抱えて、シエラを取り囲んでいた。

それら餞別の品を、なんとかかんとか断って、すぐに戻りますから!と手を振って、シエラは騎士寮を出た。

名残惜しくなるから、と、玄関での見送りにしてもらい、シエラは一人で正門へと向かう。

間もなくセヴィランが迎えに来るだろう。


その時だ。





「やっと出てきやがったな、この売女(ばいた)め」



横合いからシエラの腕を強く掴み、そうののしって来たのは、ゼペットと一緒にいたヨーデリンとかいう商人だった。


「すぐに街に帰るぞ、まったく手間をかけさせやがって!

 来い!

 一から躾直してやらなきゃないな!」


強化(フォース)

「あ?

 抵抗する気か?

 この場でお仕置きが必要だというなら、そうしてやってもいいぞ」


男はニヤリと笑う。

その目は、発育途中のシエラの体を執拗に眺めまわしていて、本能的に不快になる。

シエラはそんな気分の悪さを全部込めて──叫んだ。



「きゃあああああああ!」

「黙れ、大声を出すっ……なっ……!?」


それから、開いている左手で、商人の頬を殴る。

全力ではないが、強化した拳は、相手を綺麗にぶっ飛ばした。


「なっ、なっ、何をする!」

「暴漢を撃退した」

「誰が暴漢だこのクソ(あま)、俺はお前のご主人様だぞ!」

「そうなっていたかもしれないな。

 だが、私はその不幸を逃れたのだ。

 私はお前の妻ではない。

 今も、この先もだ」

「かかかか勝手なことを言いやがって、お前みたいな忌み子は慰み者になるくらいしか生きる道がないんだぞ!

 分かってんのか!」


忌み子、と言われてカチンときたシエラは、もう一度拳を握った。


「やめ、やめろ、こんなことをしてタダで済むと思っているのか!」

「どう済まないのだ?」


シエラは、ゆるやかに、手のひらに魔力を集める。


「お前の父親の立場は、どうなる!

 俺がちょっと声をかければ、お前の家の野菜はあの街じゃ売れなくなるんだぞ!」


少し考えた。

この男に、そんな力があるだろうか?

セヴィランが調べたところ、父親のタカ・ヨーデリンはそれなりのやりてだが、この男はまだ店の一軒も切り回したことのない放蕩息子の三男だと言う。

おそらく、そんな発言力はない。


それに、あったとして、なんだというのだろう。


「だからなんなのだ。

 もしかして、父の窮状を慮って、私が殴るのをやめるだろうと思っているのか?

 なぜだ?」

「なぜって、お前、困るだろう!」

「いいや、困らない。

 私をこき使い、ろくに飯も与えず、挙句の果てに気持ちの悪い好色野郎に売ろうとしている家族が困ったとして、私は何も困らない」


シエラはそう言って、予定通り、男を殴り飛ばす。


「へぶっ!」

「そういえば、お前、下男は連れていないのか?

 もしかして……これらの話は、お前の父親の知らない話なのではないか?」


ふと疑問に思ったことを聞けば、男は殴られた顔を抑えながら黙り込んだ。

もう一発くらい、殴っておこうかな。

そう思った時、騎士寮から女騎士たちが走り出てきた。


「どうしたの!?」

「悲鳴あげた!?」

「なにがあったの!?」


訓練に向かっていた彼女たちは、悲鳴を聞いて裏手の森から全力で駆け付けてくれたらしい。


「はい、襲われそうになったので反撃しました!」


シエラが言うと、女騎士たちは、口々に男を罵りながら足蹴にし始める。


「そこまでにしよう」


現れたのは、セヴィランだった。

そうして、シエラに向かってこっそりウインクしてみせる。

気障か。


「やあ、君は昨日、共犯者を見捨てて逃げた暴行犯じゃないか」

「な、違う、俺はその女の夫だ!」

「婚姻の事実は認められなかったが」

「い、いずれそうなるのだから同じことだ!」

「いいや、同じではない。

 おい、連れていけ」


セヴィランの後ろには数人の騎士がおり、彼らは手際よく男を連れて行った。

残った一人の騎士に、簡単に事情を説明し、シエラとセヴィランは出発となる。

取り調べはない。

つまり、こうなることは予定通りだった、ということだ。


「父親に連絡し、身元を引き受けてもらうことになる。

 さて、息子のやっていることを、止めてくれればいいのだけど」

「目の利く商人のようですからね、きっと、放っておけば身内を食い荒らすと分かっていますよ」


二人はそう話し合いながら、関所を出た。

彼らは見誤っているのだ。

女に執着する男は、簡単には諦めない。










「で、どのくらい信ぴょう性はあるのかな、その……竜の寝台、というのは」


かつてシエラが軍人だったころのこと。

友好国である隣国、エルサンヴィリアの南領に剣山がある。

その山には竜が住んでいた。


「っていう、言い伝えだろう?」

「確かに、誰も事実は分かりませんね。

 でも、竜がいたのはほんとでしょう?

 その骨や鱗は、優れた武器や鎧として残されていますし、深い土の奥からまれに出土するときもあるんですから」

「まあね。

 要は、絶滅種の動物、ということになる。

 少なくとも、ここ百年は目撃例がないし、地名が竜の寝台(リート デ ドラゴン)だとしても、伝説と大差ない信ぴょう性だもの」


正論ではあるが、セヴィランにシエラをやりこめる意図はない。

これは単なる暇つぶしだ。

行くことは決定で、自分たちはそのために十日間をかけて移動しているところ。


「でも、お父様は無駄な言葉は使わない方です。

 お父様が竜を探せと言ったのですから、きっと何か意味があります。

 竜がいるにしても、いないにしても」



そうやって、馬を乗り継ぎ、宿を渡り、時に野宿をしながら、二人は隣国の南端イレニウス領へと到着した。

眼前には、そびえたつ剣山。

かつてその山頂は永久凍土だったというが、気候が変わり、今は真夏ならば八合目ほどまで登れるようになったらしい。


とはいえ、


「さて、無暗に山に入るのは危険と言わざるを得ない」

「愚か者のすることです」

「ではどうする?」


シエラは、にこりと笑った。


「なんのために、その騎士服を担いでらしたのです?

 さあ、権力をもって、イレニウス辺境伯をおたずねしましょう!」




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